2人の勇者
(アイギスさん・作)



(アスルSIDE)
アリアハンとロマリアを結ぶ旅の扉の様子がおかしい。
そんな話を聞かされたのは、ちょうどメガンテがらみのゴタゴタが終わった時だった。
「何でも、青い光を放つ筈の扉が虹色に輝いてるらしいのよ」
専門の技術者に任せればいいとも思うが、ルイーダには色々と借りもある。
そう思ったアスルは一路懐かしいいざないの洞窟を目指した。





数刻前(アレスSIDE)
「ヒューレン、これでアレフガルドと店が繋がるの?」
「話しかけるな。この理論で建造すると調整が滅茶苦茶厄介なんだよ」
技術者達と一緒に新しい旅の扉を調整していたヒューレンはアレスの声ににべもなく言い放った。
(合計で30万ピースのタイル。こいつに刻まれた記号の組み合わせと数、裏表で転送先の座標を特定する・・・
さすがに三徹は辛い・・・)
アレフガルドの某所に設置してあるものには、既にこの店の座標をはめ込んである。後はその地点の座標を
この旅の扉にはめ込むだけだった。
「因みに、成功したかどうかを確かめる術は?」
アリサが首を捻る。
「いったん試す。まあ、一か八かの賭けになるから俺がな」
相変わらず無茶なやりかたを考える魔王候補に、ランジュは小さく苦笑した。
「・・・よし、完成だ」
さすがに三日の徹夜は堪えたのか、ヒューレンの声にも元気がない。
「魔力を装填する。ルーラの術式を組め!」
控えていた術者達に指示を出し、ヒューレンは手近においてあった椅子に腰を下ろした。
「さてと・・・鬼が出るか蛇が出るか・・・?」






少し時間を進めて(アスルSIDE)
「・・・確かに変だね」
「ええ。虹色に輝く旅の扉というのは聞いたことがありません」
レオンにお手上げなのでは仕方がない。アスルはそう考えつつ旅の扉に近づいた。
「あ、アスルさん!危ないで・・・!」
エレナが叫んだ時、旅の扉が一際大きく輝いた。
「え・・・?」
引っ張り込まれる。それを阻止しようとエレナがアスルのマントを掴み、
そのエレナを助けようとランが腰にしがみ付き、レオンが最後にランを抱き抱えた。
「うわああああああああああああああ!」
そして、四人とも引きずり込まれた。





同刻(アレスSIDE)
「ヒューレン様!扉が勝手に・・・!」
「落ち着け!戦闘班前へ、転送された対象を肉眼で確認した後状況如何によっては先制攻撃をかける!
俺達で直接戦闘を行い、戦闘班は転送した対象をこの部屋から一歩も出さない事に専念!」
魔力を装填し終えた瞬間何かを運ぼうと動き始めた旅の扉を前に、ヒューレンは即座に対応を行う。
「何が来ると思う?」
吹雪の剣を構え、アレスは同じように得物を構えたヒューレンに声をかけた。
「穏やかなところなら好奇心旺盛な冒険者だろうが・・・楽観は出来ないな」
普段は店の用心棒をやっているらしい戦士や武闘家が前衛を固め、後衛で魔法使いが呪文を詠唱する。
彼らは皆ヒューレンが見込んだ選りすぐりの冒険者達。
そう信頼はしていても、ヒューレンの首には気持ちの悪い汗が浮かんだ。
「・・・来ます!」
アリサの声に、その場にいた全員が身構えた。





(アスルSIDE)
旅の扉に引っ張り込まれ、出てきたら武器を構えた人間達に取り囲まれていた。それが今の状況だった。
(何だ・・・?)
戦士や武闘家、僧侶や魔法使いはいいにしても、自分とよく似た雰囲気の少年とその傍らに立つ
眼帯をつけた同年代の少年が目についた。
(よく分からないけど、穏やかには済みそうもないか・・・)
思わず腰の剣に手が伸びた。その時だった。
「かかれ!」
眼帯の少年が槍を構えたまま指示を飛ばした。




(アレスSIDE)
「前衛の二人は俺とアレスで抑える!僧侶と賢者から先に片付けろ!」
仲間に指示を出し、ヒューレンは小柄な武闘家の少女(単純に一番距離が近かった)めがけて距離をつめた。
「なめるなぁ!」
杖術の要領で振るった槍を真正面から打ち返すそのパワーとスピードは幼い少女とは思えない。
(流石に一流の武闘家相手に素の力だけで挑むのは愚策か・・・なら!)
「ニルヴァーナ!俺にメタルスライムの力を宿せ!」
《いいだろう。この娘もまた好き糧となりそうだ》
「・・・喰わせる気はねえからな!」
ヒューレンの体がメタルスライムと同等の素早さと硬度を得る。体力までは変わらないのは非常にありがたかった。
「か、かたっ!?」
「速さでも負けてないぜ!」
焦った表情を見せながらも怯まず向かってくる少女に、ヒューレンは内心自分の血が熱くなっている事に苦笑した。
(まったく・・・こういうのに出会えるから冒険はやめられないんだよな・・・!)




ヒューレンが武闘家の少女と交戦している時、アレスは自分とよく似た少年と斬り結んでいた。
(何だろう、この感じ・・・まるで魂が引き合ってるみたいだ・・・)
相手の少年も同じような感覚なのか、お互いに今一つ殺気を込めた一撃を叩き込めずにいた。
「なかなかやるもんだね」
「そっちこそ」
命のやり取りをしているにも関わらず、二人の間には笑みが浮かぶ。
「母親仕込の剣術、そうそう破られはしないよ?」
「奇遇だね。僕もだ」
そういえば随分と剣術の型が似ている気がする。
(母さんって、確か剣は父さんに習ってたんだよね・・・?)
もしや父オルテガと同門の剣士の息子なのだろうか。そんな事を考えつつ、アレスは裂帛の声をあげて斬りかかった。




「天上の神々よ、分を弁えぬ者共に轡の罰を与えよ・・・マホトーン!」
アリサが対峙するのは自分と同じ僧侶だ。恐らく年齢は同世代、ならば彼我の能力に然程の開きはないだろう。
(あっちも同時にマホトーンを唱えてくるとは・・・これでお互いに呪文は使えない。ならば・・・!)
得物を愛用している賢者の杖から接近戦用のホーリーランスに持ち替える。
元より相手を殺すつもりはないのだし、これで十分だ。
「たあっ!」
「きゃあっ!」
相手も咄嗟に手持ちの武器でガードするが、その一撃でアリサは確信した。彼女は接近戦に慣れていない。
恐らくは他の仲間がパーティの生命線である彼女を全力で守っているのだろう。ならこの勝負は自分に分がある。
「せめて、一人くらいは自分の手で倒さないとアレスに会わせる顔がありませんしね!」
「エレナ!」
先ほどのマホトーンをかわしたらしい賢者の青年がアリサめがけてメラミを放つ。
中級とはいえ、殆ど詠唱を行わずに発動させたところをみると、この青年は相当のやりてだ。
「こっちは任せて!」
ランジュの唱えたヒャダインがアリサと青年を隔てる壁となってメラミを受け止めた。
「なるほど・・・攻撃呪文をこう使うとは驚きましたね」
「こちとら史上最年少の賢者は伊達じゃないって、見せないといけないから!」
マホカンタを唱えて相手の呪文を封じ、ランジュは理力の杖を構える。杖先から伸びる魔力が光の刃を形作った。
「あたし達にテンプレ通りの戦い方は通じないわよ!」
杖を剣のように構え、ランジュは一直線に青年目掛けて挑みかかった。





(アスルSIDE)
「くそぉっ!」
司令塔らしい眼帯の少年が他の冒険者を下がらせたため、何とか全員一対一の戦いに集中できている。
最初はエレナとレオンが集中攻撃を受けそうになって焦ったが、今はそれぞれ別の相手と戦っている。
「せいやっ!」
目の前の少年が振るう剣の軌跡が氷の粒を散らす。見たことのない剣だが、一瞬アスルは状況も忘れてその剣に見入った。
「ええいしつこい!」
ランと戦っていた眼帯の少年が距離をとる。途中からメタルスライムと同等のスピードで動き出した時はどうしようかと思ったが、
今は戦闘開始時の動きに戻っていた。
「来い・・・八岐大蛇!」
(っ!?)
確かに自分達が倒した筈の魔物が少年の振りかざした槍から現れた。その事実にアスルの頭は混乱していた。
「一度倒した相手なんだ!今度だって・・・父オルテガの名にかけて!」
自分を鼓舞するように叫んだ途端剣戟の音が止んだ。
(・・・・・・・・・・え?)
たった今鍔迫り合いに持ち込んでいた相手の少年も、組み付いてきたランを引き剥がすべく蹴り飛ばそうとしていた眼帯の少年も、
エレナを壁際まで追い詰めていた相手の僧侶も、レオンの呪文を防御していた賢者の少女も全員が動きを止めていた。
「オルテガ・・・?今、オルテガを父って言った?」
いったん距離を取った少年が唖然とした顔で尋ねた。
「う、うん・・・そうだよ」
「僕の父もオルテガっていうんだけど・・・」
耳を疑うような返事が耳に飛び込んだ。そのまましばし睨み合う。
「・・・出身は?」
「アリアハン」
「家の位置」
「門を通って右手の家」
「家族構成」
「両親と祖父の四人暮らし。但し父はバラモス討伐に出立して行方不明」
「旅の目的は?」
「バラモス討伐」
相手から矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えていく。
「ちょっと待て。バラモスは俺達が倒したぞ」
眼帯の少年が口を挟んできた。
「ええっ!そんな馬鹿な・・・」
「馬鹿も河馬もあるか!つーかこのご時勢にそんな不謹慎な冗談ほざけるかよ!」
ごもっともである。しかしアスル達は未だにバラモスを倒した覚えがなければ、
バラモスが倒されたという話も聞いていない。
「パラレルワールド・・・かもな」
「???」
全員の目が?になった。
「・・・ん?ああ、詳しい理論を説明しよう。こっちに来てくれ」
一応敵ではないと判断したのか、眼帯の少年は武器を下ろして八岐大蛇を消し去った。
「一応詫びは入れておくか。俺はヒューレン、さっきは事情も知らずにすまなかったな」
「あ、うん・・・」
それから、全員の自己紹介を終えて八人はその場を後にした。







(アレスSIDE)
「えーっと、まずここと・・・」
ヒューレンは懐から取り出した鍵を差し込み、扉に浮かび上がった竜の紋章に右手を当てる。
「我は誓う。内に秘めたる知識、生きとし生ける全ての糧とする事を」
ガチャリと何かが外れる音がして扉が開いた。
「今のが開錠の方法?」
「ああ。俺以外がやったら扉に喰われるぞ」
アスルの質問に答えると、アスル達は一様に絶句してあたりを見回す。
(そういえばこないだ入ってきたコソ泥どもの残骸片付けてなかったな)
といっても痕跡は廊下に敷かれた絨毯についた夥しい量の血痕のみだが、それでも薄気味は悪い。
見せしめにいいか、と敢えて放置していた自分の判断を少しだけ悔いながらヒューレンは扉を開けた。
「さて・・・さっき言ったパラレルワールドとはな」
書庫の中から目当ての本を引っ張り出し、ヒューレンは中央の机に本を置いた。
「言ってしまえば『ありえたかもしれない可能性』の産物だ。その可能性の数だけ世界が存在する。
例えばオルテガの子供が息子でなく娘だった可能性、最初バラモス討伐に乗り出したのが
オルテガの妻だった可能性、更には勇者が敗北し魔王が完全に世界を制圧した可能性とかな」
「どっちが本物なのかな?」
ランが首を傾げるが、ヒューレンは軽く頭を振った。
「その存在しうる世界全てが本物であり偽物なんだ。俺達にとってはこの世界が本物だし、
アスル達にとっては元いた世界が本物・・・つまりはそういう事だ」
「じゃあ、アスルさん達は元の世界に戻れますか?」
アリサが尋ねた。アスル達も不安げな目でこちらを見ていた。
「必ず戻す。俺の意地とプライドに賭けてな」
断言し、ヒューレンはアスル達に向き直った。
「旅の扉を解析し直し、元の世界に戻れるようにする。それで、しばらくここの宿屋に滞在して貰えるか?
こちらが巻き込んだ側だし、当然宿泊料はいらない。この階にある部屋以外は安全だから好きに見て回ってくれて大丈夫だ」
「ヒューレンは絶対にこういう時嘘は言わない。信じて貰えないかな?」
「・・・わかった。お世話になるよ」
アスルが差し伸べた手を、ヒューレンとアレスはしっかりと握り締めた。





(アスルSIDE)
ヒューレンが用意させた部屋はなかなかに居心地のいいものだった。
「ふう・・・」
ベッドの寝心地も上等だし、このまま一眠りするのもいいか。などと考えていると、遠慮がちなノックが聞こえた。
「はーい」
ドアを開けると、そこにはアレスが立っていた。
「少し話がしたいんだ。いいかな?」
「あ、うん」
頷いてアレスを部屋に入れる。エレナ達は皆ヒューレンの店を見て回っているので今はアスル一人だった。
「えっと、何が聞きたいの?」
「うーん・・・今までの旅の話かな」
言われ、アスルもアリアハンを出発してからの自分の軌跡を語り始めた。話せば話す程お互いの旅には共通点が多い。
「けど、アッサラームにこんな大きな店はなかったね。それにダーマでエイミィって名前の賢者の話も聞かなかった」
「そっか」
アレスは何か考え込んでいるらしい。
「一つ質問なんだけど・・・君と一緒にいた僧侶の女の子、エレナっていったっけ?」
「うん。それが?」
「好きなのかなって」
アスルの顔が完熟トマトばりに赤くなった。
「いいじゃない。ぱっと見た限りでは良い子だと思うよ?まあアリサと比べる訳にはいかないけどさ」
その瞬間アスルの米神がピキリと音を立てた。
「へえ、面白い冗談言うね?」
「あはは。冗談って場を和ませるものだよ?事実を指すものじゃないんだけどなぁ・・・」
結局事態に気づいたランジュが両方にチョップを落とすまで、アスルとアレスの想い人談義は続いた。





一方そのころ。エレナは何とはなしにヒューレンの店を見物して回っていた。
「あ、エレナさんでしたっけ?」
先ほど戦った僧侶だ。確かアリサといっただろうか。
「よかったら、こっちの喫茶店で少し休みませんか?」
「あ、はい」
誘われるままに席についたエレナは、ウェイトレスが運んできた紅茶を手に取って一息いれた。
「えっと、それでご用件は?」
「え?特にないですよ。ただ、私と同じような立場の人と少し話をしてみたいというのはありますが」
合点がいってエレナも思わず笑みを零す。考えてみれば、二人は年も同じ。僧侶という立場からも話は多いだろう。



話が盛り上がり、他愛もない雑談のなかでアリサがパーティ内における自分達の立場を話題に出した時だった。
「仕方ないで済ませたくはありませんけど、僧侶という立場は支援に回る事しかさせてくれませんからね」
「そうかもしれません。それでも私達にしか出来ない事だって・・・」
エレナは意見を途中まで言った辺りで止めた。こちらを見つめるアリサの目が余りにも寂しげだったからだ。
「そうですね、私もそんな風に思えたら・・・」
「どうかしたんですか?」
「私は僧侶の力で相手を壊すやり方を選びましたから」
エレナがカップを落とした音が喧騒の中にこだました。






同じ頃、ヒューレンが資料室にこもっているとレオンが入ってきた。
「何だ?」
「いえ、ここの書物に興味がわいたもので。読ませて頂いても?」
ヒューレンは見えない角度で溜息をついた。生来賢者という人種が余り好きではないのだ。
それがダーマ出身であるなら尚の事。
「・・・好きにしろ」
変わった奴だとつくづく思う。ヒューレンが知ってる賢者といえば(母は別として)、常に己の知を磨く事しか頭になく
その為に信じるものは自分だけ。他人が持っている本を読ませてくれと頼むなど以ての外、必要なら殺してでも
奪い取るのが常という連中ばかりだった。
そんなヒューレンの不躾な目に気づいているのかは微妙だが、レオンは魔族について詳しく記された本を熱心に読んでいる。
「む?これは・・・」
「三つ先の棚、上から三番目の右から四番目だ。そこに辞書が置いてある」
「そうですか。ありがとうございます」
大方魔界でも古代文字扱いされている字で詰まったのだろうと声をかけると、レオンは笑って礼を言った。
(本当に分からん奴・・・)
英知を担う者としてのプライドがないのだろうかとか考え、ヒューレンは自分も大概だったと思い出した。
(ただまあ・・・)
アレス達が相手では感じる事の出来ない共感のようなものを覚え、次の瞬間自分の米神をぐりぐりと押した。
(不覚・・・何でよりにもよって母さんの顔が重なるんだよ・・!)
母エイミィもまた、レオンと同じタイプの賢者であった事にヒューレンが気づくのは・・・もう少し後である。




三時間程過ぎた。
(よく集中が続くな・・・)
既にレオンが読破した本の冊数は二桁を優に超えている。最初こそ辞書を片手に解読していたようだが、
しばらくするとほぼマスターしてしまったらしい。今では辞書を元あった棚に戻し、自力で読み進めていた。
「少しいいですか?」
「ん?ああ・・・」
呪文に関連した本(エイミィが書き残したものの一つ)を手にレオンが顔を上げた。
「この極大呪文というものが、文章では少しピンとこないもので」
「なるほどな。まあ、百聞は一見にしかず・・・付いて来な」
そう言ってヒューレンはレオンを連れて呪文訓練用の部屋へと入った。
(たまにはこういう気紛れも悪くないよな)
「この部屋の壁にはマホカンタとマホトーンの呪文を組み合わせ、応用した陣が彫られている。
つまり、ここでならどんなに派手な呪文を唱えようが部屋の外には一切被害が及ばないって事だ」
「それは素晴らしいですね」
心底感嘆したような声をあげるレオンに、ヒューレンは内心気分が良かった。
母が考案した魔法やその運用を賢者に肯定されるというのは自分でも思った以上に心が躍る。
「さて・・・極大呪文ってのは、言ってしまえば上級呪文を複数同時に唱えて発動させる呪文だ。
メラゾーマを両手に発動させて叩きつけるメラガイアー、マヒャドで同じ事をしたマヒャデドス、
バギクロスを使ったバギムーチョ・・・メラゾーマとマヒャドを組み合わせたメドローアとかな」
「それは危険ではありませんか?そもそも上級呪文を一発唱えるだけでも相当の負荷がかかりますし・・・」
レオンの懸念をヒューレンはあっさり肯定した。
「当然だ。だから複数の術者で使うって方法もあるが、これはこれで息を合わせるのが難しい。一人でやるにせよ、
複数でやるにせよ危険の伴う呪文って事は間違いがないからな。その分威力は分相応に凄まじいものだが」
そう言いながら両手にメラゾーマを詠唱する。少なくともメドローアよりは使う呪文が同じな分やり易い。
「よし・・・極大炎熱呪文・メラガイアー!」
二つの紅蓮は一つになって蒼い炎となり、轟音と共に部屋の真ん中に置かれた訓練用ダミーに命中した。
「因みにあのダミーは魔法の鎧とかの材料になる魔法金属製でな。フバーハの呪文も織り込んであるから
炎に対する耐性は相当のレベル・・・それでも結果はご覧のとおりだ」
「・・・」
珍しく驚愕を顔に貼り付けたレオンだった。訓練用ダミーは跡形もなく消し飛んでいる。
「恐ろしい呪文ですね・・・」
「あんたくらいの魔力があれば、訓練次第で使うのは簡単だと思うが・・・どうする?」
「やめておきます。この力は余りにも危険ですからね」
ヒューレンは片眉を上げた。基本的に臭い物には蓋という主義を嫌う性格のため、レオンの考えが少し気に食わなかったのだ。
「私一人でなら使うのも吝かではありませんが、もしも制御に失敗すれば他の仲間にも多大な迷惑をかけます。
それは歓迎できませんからね」
「そういう事か」
仲間の為には絶対に生きなければならない。その意思を感じ取り、ヒューレンはもう一度彼に対する評価を改めた。
「まあ、使う気になるかならないかはあんた次第だ。・・・その本はやるよ」
初めてヒューレンも笑みを見せる。彼が自分から賢者に握手を求めたのも、これが初めての事だった。





「ヒューレン、今いいですか?」
少し休憩にしようと、レオンと術談義に花を咲かせていたヒューレンの元にアリサとエレナがやって来た。
「どうしたんだ?」
「ええ、さっきエレナから話を聞いたんですが・・・」
話を要約すると、彼女は一度メガンテを唱えた経験がある。そこに至った理由は仲間を守るためだった。
次にメガンテを唱えなくても済むような呪文(すなわちマホイミ)をエレナに教えてもらいたいという事だった。
「とは言ってもな・・・」
ヒューレンはエレナをそれとなく観察してみる。少なくともアリサのようにはなれないと確信を持って。
「無理だろ」
「何がですか?」
「少なくとも、本来人を癒すホイミを攻撃に転用できるような気性には見えないからな」
アリサは痛いところを突かれたように黙り込んだ。
「母さんの受け売りだがな。前に立つだけが守る事じゃない、後ろから支える事でも立派に守る事は出来るってな」
エレナに視線を向ける。
「あんたが何を思ってメガンテを使ったのか、俺は知らない。ただ、身を犠牲にして何かをなしえてもそれは
仲間の心に悲しみを齎すだけだ。それが分かっていれば、あんたは今のままで十分だと思うぜ」
あれははっきり言って反則技だと付け加え、ヒューレンは空気を振り払うように笑った。






夕食時、八人は応接用の食堂に集まっていた。
「いただきまーす!」
小さな体のどこに入るのか疑問に思う程の勢いでランが料理を平らげて行く。
「あ、そうだアレス」
アスルが食事の手を休めて言った。
「アレス達はバラモスを倒したんだよね?」
「うん。それが正しかったかは分からないけど」
「それなら、何でまだ旅を続けようとしてるの?」
思わずヒューレンは苦笑する。恐らく彼はよくも悪くも正直なのだろう。
疑問をそのままに出来ない、その点は美徳であるといえた。
「まず、これから話す出来事があんたの世界では起こらない可能性を考えて聞いておけよ?」
そう前置きし、ヒューレンは話し始めた。
「まず、この世界ではバラモスは大魔王の尖兵に過ぎない。
バラモスを倒した後、アリアハンで大魔王ゾーマの演説を聴いたからな」
「まだ敵がいるって事!?」
口の周りにソースをつけたままランが叫んだ。
「少なくともこっちではな。それと俺の身内を敵ってのはないだろ」
また空気が凍った。
「まあその話は後で話すとして、本当に世界を平和にするならギアガの大穴に飛び込んでゾーマも倒さなくちゃならんって事だな。
少なくともこっちでは」
話し終え、ヒューレンはシチューを一口掬った。
「それで、ゾーマが貴方の身内というのは?」
レオンが真剣な目つきで尋ねる。
「そっちに母さんが存在しない以上、俺も恐らく存在していない。あくまでもこっちの事だからな?」
前置きしつつ、ヒューレンはスプーンを置いて一息入れた。
「俺の親父は魔族だ。で、母は人間。その母が死んだ後、親父は大魔王ゾーマの娘と再婚した。
その結果俺は気づいたら魔族の王子になっていた・・・そういうオチだ」
「じゃあ、ヒューレンは自分の祖父と戦うんですか?」
そう言うエレナは今にも泣きそうな顔になっている。
「まあ戦うのは戦うが・・・それはあくまでも魔族の掟に則ってだ。俺が新しい魔王になれば、少なくともこっちの世界では
人と魔族が争う必要はなくなるだろ?」
先代の魔王を倒して新しい魔王が起つのが魔界の常識なのだと説明を補足しつつヒューレンは締め括った。
「だからといってあんた達が気負う必要は全くないぜ?これは俺達の問題。あんた達の世界に存在しているバラモスも、
恐らくゾーマも別人なんだ。甘い感情を出して負けたりしたら承知しないからな?」
どうにも心の優しいメンバーらしい四人に釘を刺しつつ、その日の夜は更けていった。






それから三日の間。ヒューレンは徹夜で研究を続け、ついに旅の扉を修復し終えた。
「これで帰れるぜ。テストも終わってるから安心して飛び込んでくれ」
「どうやって確認したのさ?」
「アリアハンに行ってバラモスが倒されてない事、オルテガの家を訪ねて息子の名前を確認してきた」
それなら間違いはないだろう。アレスは安心して頷いた。
「あ、そうだランジュ」
「何?」
「アスル達にこのカードを渡してきてくれ。出会えた事への感謝と、今回の騒動の詫びにな」
「了解!」




同じ頃、朝食を済ませたアスル達はヒューレンの店を見て回っていた。
「うわ、なんだか凄そうな剣だねこれ」
「竜の鱗を用いた鎧や盾ですか・・・これはまた」
とりあえず今の財政を確認していると、ランジュが駆け寄ってきた。
「いたいた!これヒューレンからね。もう修理が完了したからいつでも帰れるって」
「本当!?」
ランと二人ではしゃぎながら、ランジュは持っていたカードを一枚ずつアスル達に渡した。
「これは?」
「この店でのみ使える特別優待券。一人につき武器を一つずつ、好きなのをプレゼントしますってカードよ」
「すごっ!何でもいいの?」
「もちろんよ!ランちゃんに似合うの選んであげるね」
そう言ってランジュはランの手を引いて店の奥に駆け込んで行った。
「・・・どうしましょうか?」
「うーん・・・無理に断るのも悪いし、使わせて貰おうか?」
これから戦う相手はバラモスなのだ。それにアレス達から聞いた話がこちらにも適応されるとすれば、
その後にゾーマが控えている。装備の強化は急務といえた。




「そうですね・・・アスルにはバスタードソード、エレナとレオンさんにはゾンビキラーはどうですか?」
アリサが三人の装備を見繕う。既にランはドラゴンクロウを装備してご満悦の様子だ。
「うん、これにするよ。ありがとう」
「ありがとうございます」
アスルとエレナが礼を言うと、アリサは笑って首を振った。
「いえ、こうして出会えた友人にこれくらいはさせて下さい」
二人の僧侶は互いに笑みを浮かべて握手を交わす。
「貴女の旅に幸いあれ」
「貴女にも」
お互いに教会で挨拶に使う文句を言い、三人で地下へと向かった。




「来たか。もう準備はいいのか?」
「うん、ありがとう」
アスルが礼を言うと、ヒューレンは決まりが悪そうに頭を?いた。
「どちらかというと、こっちが詫びを入れるのが正しいんだがな。俺のヘマに巻き込んだわけだし」
「それは気にしてないよ。寧ろ、こうやって会う事が出来たんだし」
アスルに言われ、ヒューレンの表情も少し晴れる。
「じゃあ、そろそろにしようか?別れが辛くなる前に」
まずランとランジュが向き合った。
「じゃあ、バイバイね。ランちゃんがいた間、妹が出来たみたいで嬉しかったよ」
「うん!えっと・・・ランジュお姉ちゃんも元気で!」
向日葵のような笑顔で言われ、ランジュは泣き笑いの顔になって手を振った。
「バイバイ!」
ランが旅の扉に飛び込み姿を消した。
「では、次は私が行きましょう」
レオンが進み出た。
「レオン、俺は賢者が嫌いだがあんたは別だ。次に会う事があれば俺のアレフガルドを案内しよう・・・あばよ」
「ええ、楽しみにしてますよ」
レオンとヒューレンは互いに拳を打ち合わせ、レオンも扉に入った。
「それではエレナ、貴女らしくアスルやみんなを守れるといいですね」
「はい」
アリサとエレナは二人揃って泣く寸前だった。
「また会えますか?」
「大丈夫ですよエレナ。全部終わったら私達が会いに行きますから」
エレナは何度も頷き、目を拭った。
「それじゃあ・・・!」
続きを言うよりも旅の扉が放つ光に包まれるほうが早かった。
「じゃあ、最後は僕か」
旅の扉に足をかけ、アスルは振り返った。
「何も言わなくていいよ。アリサが言ってた通り、次は僕達が会いに行く」
アレスの言葉に、アスルは大きく頷いた。
「じゃあまたねアレス!さよならは言わないよ」
「また何時か。もう一人の勇者」
その言葉を最後に、不思議な仲間は姿を消した。







「過ぎてみればあっという間だったね」
「そうだな。ま、アスル達が転移してきた時の記号は控えてあるから全部終わったらこっちから行こうぜ」
「楽しみですね。今度は平和になった世界で会いたいものです」
「そうよ!その為にも、頑張ってヒューレンを魔王にしなくちゃ!」
四人は右手を重ねあい、気合を入れて冒険を再開すべく準備に走り出した。










                           To Be Continued........?




おまけ
「ん?」
その日、アリアハンに戻ったアスルは自分の懐に覚えのない手紙が入っているのに気づいた。

アスルへ
もし次に会う時にエレナと少しは進展していたら、白い魔法布で織った光のドレスを贈ってやる。
                         ヒューレン

その時までには僕のほうも腹を括らないと駄目かな。お互い頑張ろうと言っておくよ。
                         アレス

「・・・」
それからしばらく、アスルはエレナを見る度に白い光のドレスを身に纏った姿を想像してしまい
あたふたする事となるのだが・・・。本当にヒューレンがそんなドレスを用意していたかについては余談である。


アイギスさんから、誕生日プレゼントとして頂きました!アイギスさんのDQ3長編ストーリー
「英雄伝記」のメインキャラクター達と、うめ吉のDQ3マイパーティのメンバーがまさかの共演です!!
文章でマイ設定キャラ同士を共演させるのって、絵でやるよりずっと難しいのではないかと思うのですが、
設定も自然だし、うちのキャラたちの性格を的確に捉えていてくださってビックリ&感動でした♪
みんなそれぞれ見せ場があり、特にレオンに関しては、自分では表現し切れていない魅力を
引き出してもらえたような気がして更に感激ですv アイギスさん、本当にありがとうございました!

アレスくん達の活躍は、アイギスさんのブログ「気ままにドラクエSS」の「英雄伝記」で御覧ください♪

(11/9/3)

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