温もりの記憶


10年以上も前のこと。
ティルナノグに、旅芸人の一座が立ち寄った。
軽快な太鼓や鈴の音に合わせ、華やかな衣装や動物を模した面を
身につけた踊り子たちが舞う。
踊り子は時に、人垣を作っている見物人の元に近づき、幾人かの
手を引いて踊りの輪の中に招き入れた。
少し照れくさそうにしながらも、彼ら彼女らは笑顔で踊り子たちの仕草を真似た。
踊り子の一人がやがて、目を輝かせて見入っていた子供たちの中でも一番小さな、
緋色がかった金髪の少女の手を取った。
とたんに少女――ラナの体がビクッとふるえる。
手を引かれるままにラナは歩みを進めるが、何度も何度も不安げに後ろを振り向く。
一緒に見物していた母エーディンも、他の子供たちも、ニコニコとその様子を見守っていた。
小さな子供の仕草は、それだけで多くの人の心を和ませる。それがとても可愛らしい少女に
よるものならなおさらだ。踊り子が繋いだ手を振りあげるのにつられるままに、踊りとも
なんともつかない動きをするラナの姿は、その場にいた誰もを笑顔にした。
だが、当のラナの表情は硬直していた。
耳元で鳴り響く太鼓や鈴の大きな音、子供には恐ろしい形相に見える面、
そして母や友人たちから一人離れたところに連れて行かれていること…
それらによって膨れ上がった恐怖と不安は、ついに涙という形で
ラナの琥珀色の瞳からあふれだした。
踊り子は慌てて動きを止め、しゃがみこんでなだめようとしたが、恐怖の対象だった
面が目前に迫ったことで、ラナは更に大きな声を上げて泣きはじめてしまう。
その時だった。
「ラナ!」
見守っていた見物人の中から、一人の子供がまっすぐラナの元へ駆けてきた。
ラナよりはいくらか年かさのようだがやはりまだ幼い、だが瞳に強い光を宿した、
整った顔立ちの少年だった。少年は泣きじゃくるラナを強く抱きしめる。
ラナも少年の胸に顔を埋め、腰にぎゅっとしがみついた。
「もう大丈夫だよ…」
少年、セリスは優しい眼差しと声でラナを包み、ふわふわした髪をやさしくなでた。
しゃくりあげながらも、ラナは次第に落ち着きを取り戻していく。
ラナが泣きやんだことが分かると、セリスはにっこり笑ってラナの手を引き、
エーディンと他の仲間たちの元へと戻っていった。
その光景は、先ほどよりも更に、人々の心を温かくさせた。

「そんなことが…あったんですか」
幼少期の愛らしさはそのままに成長したラナは、傍らに立つ青年から聞かされた昔話に
頬を染めた。その青年こそ、泣きじゃくるラナの元へまっすぐ駆け寄り抱きしめた、
セリスの成長した姿だった。
幼なじみの二人の間には、子供の頃の思い出が話題に上ることも少なくない。
セリスの方が年上であるため、セリスは覚えていてもラナの記憶には残っていない
ものもあり、今回の話もその一つだった。
「ラナは小さかったからね、覚えていないのも無理はないよ。でも、ぼくはあの時
強く思ったんだ。これからずっと、ぼくがラナを守っていこう、ってね」
少し照れくさそうにしながらも、まっすぐな言葉と笑顔をラナに向けるセリス。
「セリス様…」
ラナの頬の赤みはますます濃くなった。
「でもね、あの後ちょっとの間、レスターと険悪になってしまったんだよ」
「え…兄様と!?」
ばつが悪そうに苦笑するセリスに、ラナは驚いて問い返す。
何故、そのことが二人の対立に繋がるのか分からなかったからだ。
「うん、あの時、レスターもラナのところへ走ろうとしてたみたいなんだ。
でも、それより先にぼくが飛び出して、兄上としての役目を奪ってしまう形に
なったからね。レスター、しばらく口を聞いてくれなかったんだ」
「まぁっ」
ラナは思わず吹き出した。その拍子に、遠い記憶が一瞬、蘇る。
何があったか、どういう状況だったかまでは思い出せないけれど。
怖くて不安でたまらなかった時…母の胸とも、兄の手とも違う種類の温もりに、
突然、身も心も包み込まれた。あれは、あの温もりは……
「……」
ラナが細い記憶の糸をどうにかたぐり寄せようとしていると、
不意にセリスの手が延びて、ラナの華奢な身体を包み込んだ。
「きゃっ…セリス様…!?」
「…ぼくの気持ちは、あの時と変わっていないよ」
耳元で響く、優しい声。
ラナが今感じているのは、恐怖も不安も一瞬で取り払い、安らぎと幸せを
与えてくれたあの温もりと同じそれだった。
ラナは胸にこみ上げる愛しさをこめて、幼い頃と同じようにセリスの腰に手を回し、
抱きしめ返した。

(14/11/22)


某遊園地のショーにて、ステージに連れて行かれた小さい女の子が大泣きした時、
その子のお兄ちゃんと思われる男の子がサッと駆け寄って、抱きしめてあげていた
光景を目撃しました。とても微笑ましくて可愛かったので、それを脳内変換して
セリラナ話を作ってみました(笑)セリラナは過去妄想がし放題なのがオイシイですねっ♪


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