Dear our posterity


若草の香りを含んだ柔らかな風が窓から訪れ、寝台で寝息をたてる
嬰児(みどりご)の額を優しく撫でてゆく。
傍らに腰掛け、澄んだ声で子守唄を口ずさみながら小さな天使を見守っていた
エレナは、唄を止め、微笑みを浮かべた。
まだ少女の面影を色濃く残してはいたが、その愛しさに満ちた眼差しは
紛れもなく母親のそれだった。

立ち上がり、背後を顧みたエレナは、テーブルに突っ伏して同じく
寝息をたてている人物に気づく。
かつての仲間であり恋人、今は夫として側にいるアスルだ。

くすっ、と小さく笑ってからアスルに歩み寄るエレナの表情は、
子供を見つめていた時とはまた別の種類の、深い愛情をたたえていた。
「アスルさん、こんな所で寝ては体によくないですよ…」
優しく耳元で囁きながらアスルの肩に触れ、軽くゆさぶる。
「ん…」
アスルが身じろぎをすると、テーブルの上に広げてあったものがエレナの目に入った。
紙の上になにやら文字が書かれている。よく見るとアスルは、ペンを握ったまま
眠りに落ちていたようだ。
「あ…エレナ…ごめん、ぼく寝ちゃってたんだね」
アスルはまだ半分しか開いていない目でエレナを見ると、ばつが悪そうに笑った。
「何を書いていたんですか?」
「あ…、ああ、これ?うん、ちょっと…手紙をね」
「手紙?どなたに?」
「そ、それは…」
アスルが言葉を濁すと、エレナはあわてて目の前でぶんぶんと手を振る。
「あっ…ご、ごめんなさい!言いたくないなら、言わなくてもいいんです!!」
「いや、そうじゃないんだエレナ!…その、実は…子孫に…なんだ…」
「えっ…?」
少し照れくさそうに顔を赤らめながらアスルが白状すると、
エレナは思わぬ答えに目をしばたたかせた。
「ほら、ゾーマが言ってただろ?」

アスルがエレナと二人の仲間と共に、大魔王ゾーマを打ち倒した時。

ゾーマは息絶える直前まで邪念を放ちながら不敵に笑い、吐き捨てたのだ。

―――光ある限り、闇もまたある…わしには見えるのだ、再び何者かが
闇から現れよう…だがその時はお前も年老いて、生きてはいまい…―――

「もし『その時』が来たら、ゾーマに代わる闇と戦うことになるのは、たぶん…」
アスルは生まれて間もない息子に歩み寄ると、切なげに眉間にしわを
寄せながら見つめる。
その様子からエレナもアスルの想いを汲み取り、表情を曇らせた。

もし、世界が再び闇に包まれたのなら、人々は、ロトの血を引く勇者に
救いを求めるだろう。
それが何十年、何百年先のことだったとしても。戦いへ赴くのはおそらく、
この愛し子の、さらに遠い未来の子孫たちの誰か―――。
「…そうですね…出来れば、そんな日は来なければいいと思います…。
でも、もし何かあったとしても、アスルさんの血を引く子なら、きっと…」
「違うよ、エレナ」
エレナの言葉を遮り、アスルは静かに首を振る。
「ぼくの、じゃない…ぼくとエレナの、だろ?」
「あ…」
エレナはアスルの言葉に頬を染めてうつむいた。
「そ、それは…そうなんですけど…」
手を胸の前で組みながら、口ごもる。
結婚し、子供も生まれたというのに、清らかさ、純粋さは
出会った頃から少しも変わっていない…
アスルはそんなことをぼんやり考えながら、エレナを愛おしげに見つめていた。
「でも…人々にとって大切なのはアスルさんの…ロトの血で…」
「エレナ」
アスルは再びエレナの言葉を遮り、エレナの手に自分の手を重ねた。
「ぼくは、一人では何も出来なかった。長い旅を乗り越えられたのも、
ゾーマを倒せたのも、エレナと…ランにレオン、みんながいたからなんだ」
「アスルさん…」
「他の人がどう思おうと、ロトの称号は、ぼくだけのものじゃない…
みんなを代表してぼくが受け取ったんだって、そう思ってる。
だからエレナも、ロトの一人なんだよ」
長い旅を経て、元来の優しさに強さとたくましさが備わった笑顔と言葉が、胸を打つ。
エレナはうっすら涙を浮かべながらも微笑み、強く頷いた。
「はい…!」

「…ま、そんな先のことを今考えても仕方ないか」
アスルは頭の後ろで手を組むと、ふっとため息をついて苦笑する。
「その時に子孫が困らないように、いろいろと対策とか教えて
あげたかったんだけど…正直、全然実感沸かないもんなぁ」
「ふふっ、そうですよね…ゆっくり、一緒に考えましょう」
「うん、そうだね。それより今は…」
アスルは、今度は愛しさのこもった眼差しで息子を見た。
「立派な父親になれるように、頑張らなくちゃね」
「大丈夫ですよ、アスルさんなら。だってアスルさんは
優しくて強くて、とても素敵な人ですもの!」
「え…そんな…あ、ありがと…」
「わたしの方こそ、ちゃんとした母親になれるかどうか、
まだ自信がないんですけど…」
「それこそ心配ないよ!だってエレナ、すごく優しくて面倒見がよくて、
旅をしてた頃からきっと良いお母さんになるんだろうなぁって、思ってたよ」
「ええっ!?そんな…あ、ありがとうございます…」
真っ赤になった互いの顔を見合わせて、笑う。
そして二人は寄り添って目を閉じ、あふれる愛しさと幸せに身を委ねた。

遠い子孫へかける言葉は、今はまだ思いつかないけれど。
それでも、これだけは―――エレナは、そっと手を組み、祈りを捧げた。

――どうか、愛する人や、素敵な仲間に出会えますように…――

 


イベントにて、無料本として出した小説です。いつか形にしたいと思っていた、
エンディング後の勇僧です。DQ3が25周年の年に書けて良かった♪
その後、二人で熟考の末に仕上がった手紙が、DQ1のロトの洞窟の石版に
なると思ってください。ちなみに「posterity」は「子孫」です。
子供に関しては、第一子はアスル似の男の子で、数年後にエレナ似の女の子が誕生予定です♪

(13/5/12)

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