海水浴



ある日のこと。アスルたち一行とロンたち一行は久々に合流した。
ロンいわく「偶然」だが、彼がランをライバル視し、いずれ寝首をかくべく(所々で脱線しながら)
後を追っているのだということは、当のラン以外には周知の事実だった。
しかし、ロンがムキになって否定するためもう誰もツッコまず、このようにたまに合流することが
あっても「偶然」ということで話を合わせるようにしている。

と、そんな何度目かの「偶然」で合流した今回、そこはたまたま南国の海岸だった。
天気もよく、青く透き通った海は陽光を受けてキラキラと輝き、穏やかに打ち寄せる波と
海鳥の鳴き声が絶妙なハーモニーを奏でていた。
そんな中、若い(若干一名、年齢不詳の者もいるが…)男女八人が集まれば、
誰からともなく海水浴が提案されるのは当然(?)の流れだった。

「ふぅ…」
濃い桃色の水着に身を包んだレイチェは、熱った体に海水のほどよい冷たさを心地よく
感じながら、大きく息をついた。
視線を左に移せば、幼馴染みの親友であり今は共に旅をする仲間でもあるリーズが、
浮き輪をつけて波に漂っている。彼女はカナヅチなのだが、浮き輪があれば安心できる
らしく、リラックスした様子で気持よさそうに目を閉じている。
ただし、あくまで移動範囲は浅瀬内に限られているが…。

視線を沖の方に向ければ、遥か遠くに波しぶきがあがっていた。
その正体は、勢いよく泳いでいったランだった。あの小さな体のどこにあんな体力が
あるのかと、レイチェは改めて不思議に思うと同時に、ロンがどんなに躍起になろうと
ランには一生勝てないだろうという思いをますます強めたのだった。
ランほどまでとは行かなくても、少し泳ごうかしらと波に身を沈めようとした時、
ふと右側からの視線を感じてレイチェは足を止めた。





「……エレナ、どうかしたの?」
レイチェを見つめたまま呆けたように動かなかったエレナは、当人に声をかけられたことで
我に帰り、ほんのり染まった頬を更に赤くしながら慌てて両手を振った。
「ごごごごめんなさいっ!じっと見てしまって…し、失礼ですよね…本当に、すみませんっ!」
「別に、見るなってわけじゃないけど…何?」
レイチェに訪ねられたエレナはますます顔を赤くしたが、不審に思われてばつが悪かったのか、
素直に理由を口にした。
「レ、レイチェさんって、スタイル…いいですよね…」
エレナはちらちらと、レイチェの豊満な胸のふくらみに視線を向けている。
「わたしなんて…全然、だからその…うらやましいなぁって…」
そう言われてレイチェは一瞬面くらい、エレナの胸元に目を向けた。

フリルのついた青いワンピースの水着に包まれた華奢な体は、それでも女性らしい柔らかな
ラインを描いてはいるが、胸のふくらみはというと……
胸より腹の方が出ている完全幼児体型のランと比べるならばともかく、一般的に見れば、
そしてレイチェと比べるならばなおのこと、「控えめ」と評せざるを得ない。

こんな風に見てくる相手がロンやクルトなら、ためらいもなくメラゾーマの制裁を加えただろう。
しかし同性に、からかいややっかみとは違う、純粋な羨望のまなざしを向けられては、
どう対応していいか分からない。レイチェはむずがゆさを感じて、思わずエレナに背を向けた。
「あ…すみません!気を悪くさせてしまったのなら、謝ります!」
レイチェが怒ったと勘違いしたエレナが慌てるので、レイチェは大きくため息をつくと、
仕方なく再び振り向いた。
「そうじゃないわ…。スタイルいいって言われて、悪い気はしないもの。…その、ありがとう」
それを聞くと、不安げだったエレナの表情がぱっと明るくなる。
―――案外、分かりやすい子ね。
レイチェは心の中でつぶやくと、ふっと微笑した。
『それに…さっきこの子、“うらやましい”って言ったわよね…』
今更ながら、レイチェはその言葉に驚きを覚えた。

「偶然」に出会う度に、本当に嬉しそうに微笑みながら挨拶を投げかけてくるエレナ。
そんな彼女が嫌いなわけではなかったが、いつもレイチェは戸惑いを覚えていた。
―――どうして、よく知りもしない相手に、あんな風に笑いかけられるのかしら…―――
他人への警戒心が強く、愛想でも笑いかけることに抵抗を感じるレイチェにとって、
決してでしゃばりではないが誰とでもすぐに打ち解け、居心地の良い空間を作ることが
できるエレナは、理解しがたい存在だった。
いつしかそんなエレナに、あるがままを受け入れることができ、誰かを憎んだり妬んだり
することなどないのだろうと、勝手なイメージを作っていた。

だが、エレナは自分の体型を気にしており、レイチェをうらやましいと言ったのだ。

幼い頃から優秀で、更に努力家でもあるレイチェは、故郷ダーマでも一目置かれる存在だった。
だが、どんなに努力しても、兄のレオンにはかなわなかった。
どうにかしてレオンを超えたい―――その一心で努力を重ねたが、レオンは常にその数歩先を
行っているかのようで、決して追いつくことはできなかったのだ。
いつしかレイチェは、レオンに対して強い劣等感を抱くようになった。
(とはいえ当のレオンは、どんなにつっけんどんな態度をとろうとも、自分を『かわいい妹』と見ていて
いつも穏やかな笑みを向けてくるため、次第に虚しくなって、それを意識することは少なくなったのだが)

『この子も、あたしと同じ…』
そう実感した時、レイチェは一方的に感じていた、エレナとの間にあった壁のようなものが
すっと消えていくのを感じた。
「…まぁ、あたしがこんなこと言っても、慰めにもならないかもしれないけど…
胸なんてね、大きかろうと小さかろうと関係ないわよ」
「え…」
「だって…」
レイチェはちらりと浜辺に目を向けた。
そこには、真っ赤な顔をしてぼーっと立ち尽くしているアスル。
その視線の先にいるのは、スタイル抜群のレイチェではなく……

「レイチェさん?」
エレナはきょとんと首をかしげている。
―――あたしが言うことじゃないわね。
レイチェは小さく微笑むと、水面を揺らしてエレナの前に進み出た。
「少し泳がない?」
そう言って沖を指す。
「は、はい!あ…でも、わたしあまり泳いだことなくて…」
「それなら、あたしが教えてあげるわ」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ、かまわないわ。ただし、あたしのコーチは厳しいわよ」
レイチェはそう言って片目をつぶると、エレナの手をとった。
「はい…ありがとうございます!」

エレナの、無垢な笑顔。
以前はまっすぐ見ることに抵抗を覚えていたそれに、今は心地よさを覚えながら、
レイチェは自然な笑顔を返すことができていた。


彩川りんなさんから、「レイチェ&エレナ」というイラストのリクエストを頂いたのですが
(途中にあった挿絵がそれです)「どういう会話をするのかと思って…」とのことだったので、
会話もつけようと思って考えた話がコレです。りんなさん、リクありがとうございましたv

バストトークは海&温泉ネタのお約束でしょう(何)
そしてさりげなく勇僧描写も混ぜてみました〜


(08/6/1)

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