禁呪 第五章・3



レオンが一人戦っていた頃、アスルは相変わらず効率の悪い戦いを強いられていた。
さっきエレナに傷を回復してもらったにもかかわらず、またしても全身傷だらけになっている。
「アスルさん!」
突然、エレナの声がした。
「エレナ…?」
辺りを見回す。
「アスルさん、わたしの声が聞こえますか?」
「う、うん…」
姿は定まらないが、声が聞こえてくるのは一方向からであるため、アスルは声のした方を向いて頷いた。
「アスルさん…わたしが魔物の実体の側に行って合図をします。アスルさんはわたしの声が
聞こえたところに向かって攻撃してきてください!」
「なっ…!」
エレナの突拍子もない作戦に、アスルは戸惑った。
「そんなの…君が危険じゃないか!そんなに魔物に接近したりしたら…それに万一失敗したら、
ぼくの手で君を傷つけてしまうかもしれない…!!」
「大丈夫です」
いつもの、柔らかく微笑む時のエレナの口調。
「アスルさん…ごめんなさい。わたし、本当はさっきまた禁呪を使ってしまいそうになったんです…」
「えっ!?」
アスルは目を見開いた。
「わたしが以前禁呪を使ったのも、さっき使いそうになったのも、みんなを死なせたくないから…禁呪を
使ってでも守りたいと思うくらいみんなが大切だからです。けれど…それはみんなも同じ…なんですよね」
エレナは少し頬を染めて、ためらいがちに――こんなことを言うのはなんだか奢っているようで
抵抗があるけれど。でもきっと、いや、確かに事実なのだから。
力強い口調で続けた。
「わたしがみんなを大切に思うように、みんなもわたしを大切に思ってくれている…それなら、
わたしが禁呪を使ってみんなの命だけを救っても、本当に助けたことにはならない…むしろ、
大切なみんなを苦しめてしまうことになる。…そうですよね?」
「エレナ…そう、そうだよ!!」
アスルは思わず、エレナを抱きしめてしまいたくなった。マヌーサにかかっていることが悔やまれてならない。
ぱあっと顔を輝かせたアスルに、エレナは再び微笑んだ。
「だから、思ったんです。同じ死ぬのなら、みんなと一緒に最後まで戦って死のうって!」
「エレナ…」
「でも、大丈夫です。わたしも、みんなも死にません。わたしたちが力をあわせれば、
どんなピンチだって切り抜けられますよ。わたし、アスルさんを信じてます。
アスルさんが、わたしを信じてくれたように…」
「……!」
「アスルさん…?」
「エレナ…ぼくも、謝らなきゃいけないことがある。ぼくは君を信じるって言ったけど、
本当は…やっぱり、前みたいになるんじゃないかって、ずっと不安なままだったんだ」
俯き、申し訳なさそうに言うアスル。その言葉に、エレナはわかってます、と苦笑した。
「でもね」
「えっ…?」
「今は、本当に信じられる。君はもう禁呪を、メガンテを使ったりしないって!」
「アスルさん…!」
「ぼくも、君の気持ちに応えなきゃ、ね」
アスルは照れ笑いをしたあと、真剣な表情になり剣を握りしめた。
「――頼むよ、エレナ」
「……は、はい!」
エレナは強く頷いた。
生き残っている魔物たちは数匹。だが、どの魔物もほとんど無傷だった。
エレナはまず、ライオンヘッドのところへ向かった。
アスルは目を閉じ、耳に神経を集中させる。
「ここです、アスルさん!」
エレナの声だけを頼りに、アスルは駆けた。
――失敗するわけにはいかない…!必ず一撃で仕留めてみせる!――
高くジャンプし、剣を一気に振り下ろす。
「ギャァァァ〜!!」
血しぶきと叫び声をあげて、ライオンヘッドが倒れた。
「やりましたね、アスルさん!」
「うん、ありがとうエレナ!次も頼むよ!」
「はいっ!」

二人は協力し、その手段で次々と残っている魔物たちを倒していった。
そして、残りはトロル一匹だけとなった。
「アスルさん、これで最後です!トロルはここにいます!!」
エレナの声を聞き、アスルは駆け出した。だが、
「きゃぁっ!!」
悲鳴に足が止まる。その声は、紛れもなくエレナのもの。
「どうしたんだ、エレナ!?」
「だ、大丈夫…です…少し、油断して…攻撃されただけ…ですから。そ、それより、早く…!」
――エレナ…!!――
声の調子から、受けたダメージは決して軽いものではないことが理解できた。
今すぐ駆け寄り、抱き起こして回復呪文をかけてやりたい……
そんな思いが湧き上がり、集中力が途切れる。
「アスルさん!!今は…トロルを倒すことだけを考えてください!」
エレナの叫ぶ声に、アスルはハッとした。
――そうだ…とにかくこの場を切り抜けないと先に進めない…君を、抱きしめることも出来ないんだ…!――
再び目を閉じ、耳を研ぎ澄ませ、剣を握り締めた。切っ先に、力を集中させるように。
「アスルさん!ここです!!」
再びエレナの声が聞こえた。目を閉じていても迷うことなく、まっすぐにそこへ進んでいける。
「だぁぁぁーーっ!!」
思いを込めた剣を、力の限り振り下ろした。
確かな手応え。
「グァガァァァァ〜〜!!」
トロルの断末魔を聞いた瞬間、アスルは一気に力が抜けるのを感じた。
――や、…やった……――
トロルが倒れるのと同時に、アスルも倒れた。
「アスルさん、アスルさんっ!!」
エレナの声を遠くに聞きながら、アスルはゆっくりと意識を失った。



「ん……」
目をあけると、そこには心配そうに自分の顔を覗き込んでいる少女の顔があった。
「エ…レナ…」
少女の名を呼ぶと、その顔がぱっと輝いた。
「アスルさん!気がついたんですね!」
「あ…」
しばらくはその輪郭がぼやけて見えていたが、徐々にはっきりとしてくる。
マヌーサの効き目はアスルが意識を失っている間に切れたようだ。
「エレナ!」
「ひゃっ…あ、アスルさん!?」
突然伸びてきたアスルの腕に抱きすくめられ、エレナは思わず素っ頓狂な声をあげた。
「ありがとう…」
アスルは様々な思いをその一言に込めて呟いた。
「…アスルさん…わたしの方こそ…」
エレナが言いかけた時、
「ったく、みせつけてくれちゃって!」
「そういうことは、洞窟を抜けてからにした方がいいと思いますがね?」
からかうような声にはっと我に帰る。
「ラン、レオン…!!」
慌てて、エレナから離れた。
「ご、ごめん、エレナ…その…」
「あ、いえ…そんな…」
お互いに顔を真っ赤にして言葉をつまらせている。そんなアスルとエレナを見て、
ランとレオンは顔を見合わせて笑い出した。
アスルとエレナも、やがて一緒になって笑った。


あの時と同じ、いや、あの時以上のピンチも、禁呪を使うことなく切り抜けることが出来た。
それによって四人はようやく、心から安心することが出来たのだ。
ピンチのときは自分ひとりでなんとかしようとせず、仲間に思い切り頼ればいい。
そのための仲間なのだから。そうすれば道は開けるのだから。
お互いを大切に思うあまりに、そんな単純なことに今まで気付けなかった。
けれどこれからは、どんなピンチが訪れても皆で切り抜けていける…
禁呪が使われることは二度とない。
そう確信出来た。アスルも、ランも、レオンも、そしてエレナ自身も――。


「にしても、メダパニがあんなに簡単にとけるもんとはね〜」
大きな息をつきながらぼやくランに、アスルが笑いながら言う。
「じゃ、これからはメダパニにかかったらショックを与えればいいんだね。呪文と打撃、どっちがいい?」
「うっ…お、お手柔らかに…」
ランはそう言ってから、
「あ、じゃぁもしエレナがメダパニにかかったらどうする気?」
「えっ…そ、それは……ら、ラリホーで眠ってもらおうかな〜?」
「おいっ!なんだよそれ!!」
そんなやりとりを、エレナとレオンは苦笑しながら見守っていた。
「あっ…見てください!出口です!!」
エレナが指した方には、外から差し込む光が見えた。まるで道のように見えるそれは、
四人を導いているかのようだった。
四人は笑顔で顔を見合わせ、一斉に駆け出した。



「やりおったのぉ、あやつら…」
千里眼で全てを見ていたユトは感慨深げに一人呟いた。
――もう、禁呪メガンテが使われることはないじゃろう…あの娘の、エレナの中にある限り…――
それからおもむろに立ち上がると、岩壁に似せて作った隠し扉を呪文で開け、
中から古びてはいるが豪華な造りの箱を取り出した。
「さて、そろそろあそこへ行っておかねばな。くくく、あやつら、ワシの姿を見たら驚くじゃろうな…」
箱を開けるとそこには、静かな輝きを放つ銀色の球体。
「まさか、シルバーオーブを守るルビスの使いがこのワシだったとは思うまいて」
ユトは瞬間移動の呪文を唱えた。その行き先は、アスルたち四人が向かおうとしている
ネクロゴンドのほこらだった。
「ルビス様…申し訳ありません。彼らには、このオーブを手にする資格があるかどうか
調べる以上の試練を強いてしまいました…」
誰に語るでもなく、呟く。言葉とは裏腹に、その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。

「すみませ〜ん!」
扉が開き、聞覚えのある声がした。
「ふふっ、きおったな…」
ユトは四人を迎え入れるために扉へ向かった。





(03/9/25)


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