撮影依頼



「すみませ〜ん!写真、撮ってもらっていいですか?」
高校生ぐらいの少女が、手にしたコンパクトカメラを進に差し出している。
「あ、いいですよ」
進が微笑んでそれを受け取ると、少女は急いで二人の友人が立っている真ん中へ
駆け戻り、進の構えるカメラに向かってピースサインを突き出した。
ここは水族館。少女たちの背後に広がる水槽の中では、数多くの魚たちが思い思いに
泳いでいる。進は、大きなエイが少女たちの頭上を覆うように通り過ぎようとした
瞬間を狙ってシャッターを切った。
「ありがとうございました〜♪」
少女は進からカメラを受け取り、友人たちと共にはしゃぎながら奥の展示室へと向かった。

少女たちの後ろ姿を見送った進は、ふっと息をつくと隣に立つ碧に目くばせした。
「今日もまた、ずいぶんモテるわね」
碧からは、少し冷やかな視線と言葉が飛んでくる。
「はは…やっぱりコレが目立つのかな」
進は首から下げた一眼レフカメラを片手で持ち上げながら苦笑した。
「写真が趣味だってこと、一目で分かっちゃうもんな」
実は、進が写真撮影を頼まれたのは、先ほどで本日3度目だった。
そしてそういうことは、今日に限ったことではなかった。
進は出かけた先で、しょっちゅう見ず知らずの人のカメラマンになるのだ。
それは、撮影が上手そうだと判断されるからだと、進は解釈していた。
―――だが。
「…それだけじゃ、ないと思うわ」
碧が、小さく笑って呟く。

進と碧は付き合うようになってから、色々なところへ出かけた。共に写真を趣味とする二人は、
その度に思い出をたくさんの写真に刻んでいる。だが、特に写真が趣味というわけではない者でも、
家族、友人、恋人…大切な人との楽しい旅の思い出を「写真」という形に残したいと願う。
そして、大切な人と一緒に自分も写真に収まるには、時として偶然同じ時・同じ場所を共有する
赤の他人に、撮影を託す必要がある。そんな時―――
「とっつきにくそうな人には、頼まないでしょ?無意識であっても、親切そうに見える人を選んでいるのよ」
「えっ、そう…なのかな?だとしたら、光栄だな」

少し照れくさそうな進の笑顔に、碧は心をふわりと包まれるかのような感覚を覚える。
お人好しで、柔和で、他人への警戒心がまるで感じられなくて。
初対面の相手も心を許してしまうのも頷ける、彼。
―――それに比べて、わたしは…―――
ふいに碧は目を伏せた。

『天羽さんって、いつもバリア張ってる感じがするよね』
以前、クラスメイトに言われたことがある。
自覚がないわけではなかった。
よほど親しくならない限り、他人に心を許すことができない。
人前で弱さを見せたくないというプライドのようなものが、いつしか碧の心に壁を作っていたのだ。
最近はその壁を崩すべく、努力はしているつもりなのだが…
―――やっぱり、とっつきにくそうに見えるのかな…―――
一緒に出かけた先で、写真撮影を頼まれるのはいつも進の方ばかりだった。
進が恋人である以上、誇らしくもあるのだが、やはり複雑な思いは拭えない。

「碧、どうしたの?」
顔を曇らせる碧を、進が気遣う。
―――バカみたい、わたし。こんな下らないことで落ち込むなんて―――
碧は自嘲気味にため息をひとつつくと、顔を上げて笑みを作った。
「なんでもないわ。さ、次行きましょ!」
そして、早足で進の先を歩いて行く。
「う、うん…」
進は戸惑いながらも、碧に従って歩き始めた。が、数歩で止まる。
碧が足を止めたからだ。
「あの…」
少し不安そうな表情をした、小学校に上がるか上がらないかぐらいの女の子が、
碧を見上げていた。手には、デジタルカメラ。
「しゃしん、とってください」
「え…わ、わたし?」
碧は目を見開いて自分を指差した後、隣の進の方を見て、それから再び女の子の顔を見た。
女の子の視線は、間違いなく進ではなく自分に向けられている。女の子は緊張した様子では
あったが、目をそらすことなく強く頷いた。
「…ええ、いいわ!」
碧はぱぁっと顔を輝かせると、女の子の視線の高さまでしゃがみ、カメラを受取った。
女の子の顔も、碧と同じように瞬時に明るくなる。くるりと踵を返すと、水槽の前で
様子を見守っていた、父親と母親の真ん中に立って碧に向きなおった。
母親の方が、微笑みながら碧に向ってぺこりと頭を下げる。
碧は、両親と手を繋いだ女の子の幸せそうな表情にピントを合せ、シャッターボタンを押した。

「おねえちゃん、ありがとう!」
碧からカメラを受け取った女の子は、そう言って満面の笑みを浮かべていた。
「こちらこそ…ありがとう」
碧は柔らかい微笑みを返す。何故お礼を言われるのかが分からない女の子は
少し首をかしげたが、やがて手を振って両親のもとへ駆けて行った。
碧は女の子の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を優しい眼差しで包んでいた。

―――ははぁ、なるほどね―――
一連のやり取りから碧の心情を悟った進は、碧に気付かれないように笑いを噛み殺した。
親しくなるまでは、常に冷静で感情を表に出さない大人びた少女だと思っていた、碧。
だが、傍で見ていると、面白いぐらい感情が表情や態度に出ていることに気付いた。
もっとも、進が碧にとって心を許せる存在になったからというのもあるのだが…。
しかも本人はあくまでクールなつもりらしいから、なおのこと可笑しくて…
―――そして愛おしい。

「子供は、人の本質を見抜くことがあるからね」
進はそう呟くと、碧の肩に手をまわした。
「なっ、なんの話よ?」
狼狽する碧に、進はにっこり笑って続ける。
「君が本当は優しい子だってこと、あの子にはちゃんと分かったんだよ」
「…!」
その時、碧は理解した。進に、全て見抜かれていることを。
瞬間、碧の顔が真っ赤に染まる。
―――のほほんとしてるように見えて、案外鋭いんだから…!―――
拗ねたように唇を尖らせて抗議の視線を向けるが、進はそれを受け流すかのように
にこにこしている。碧はふっと表情を和らげて、小さくため息をついた。
「…行きましょうか」
そして進の腕に自分の腕をからめると、少し体重を預ける。
「うん」
進は、今度は碧の歩幅に合わせて、歩き始めた。




手先は器用そうだけど性格は不器用な碧ちゃんが好きだ〜!!
上岡くんには、そんな碧ちゃんをほんわか包み込んでいて欲しいですね♪


(08/11/7)


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