正反対の似た者同士


「いい天気ねぇ」
「ええ、本当に」
晴れ渡った空の下、シルヴィアとフュリーは連れ立って街路を歩いていた。
鎧や踊り子の服を脱ぎ、町娘と変わらないいでたちをした今の彼女たちは、
とても日常を殺伐とした戦いの中で過ごしているようには見えない。
「絶好のデート日よりじゃない。ねぇ?」
「えっ…そ、そうね…」
「あら、何赤くなっちゃってるのよフュリー。今更照れることないでしょ?
ノイッシュとラブラブなくせに♪」
「ら、ラブラブって…」
「ねぇ、どこまでいったの?キスぐらいはもうしてるわよねぇ?
あ、ひょっとするとそれ以上〜!?」
「なっ…シルヴィアさん!!何言ってるのっ!」
フュリーは恥じらいのあまり、勢いよくシルヴィアを突き飛ばしてしまう。
「うわっっと!!」
シルヴィアは危うくしりもちをつきそうになったが、すんでのところで
体勢を立て直した。
「あっ…ごめんなさい…大丈夫…?」
外見上華奢で清楚なのでつい忘れがちだが、フュリーは剣や槍を
手足のように扱う扱う手練の騎士である。「でも否定はしないのね」
などともう少しばかりからかってその純情な反応を楽しみたい
気もあったが、自分の身の危険を考え、シルヴィアは思いとどまる。
「…それにしてもさ。なんだか不思議よね」
「何が…?」
唐突に、しみじみした様子で呟くシルヴィアにフュリーは首をかしげた。
「だって、アンタとはちょっと前まで恋敵同志だったのに、
結局二人とも別の男とくっついちゃったんだもん」
「あ……そう、ね…」

シルヴィアは、旅先で出会った一人の吟遊詩人に心惹かれ、その行く先に
ついていった。やがて彼女は知ることになる。吟遊詩人レヴィンの正体は
シレジア国の王子であったこと。そして、自分と同じくレヴィンに想いを
寄せる――レヴィンの幼馴染であり、家臣である…フュリーの存在を。

「…あたし、アンタにつっかかってばっかりだったわね。
今更だけど、ゴメンね」
シルヴィアはそう言うと、肩をすくめて舌を出した。

フュリーのレヴィンに対する想いの表現法はシルヴィアとはまるで異なり
決して口に出すことはなく、ひたすら胸に秘めているだけだった。
だが純真で本来嘘のつけない性分であるフュリーの態度からは、周囲――
特に同じ想いを持ったシルヴィアには容易に察することが出来た。
『アンタ、レヴィンのこと好きなんでしょ』
物怖じしないシルヴィアは、フュリーに向かってストレートに尋ねたことがある。
だが、フュリーは真っ赤になりながらも首を横に振った。
『わたしは…レヴィン様にお仕えする身。あるのは忠誠心と尊敬の気持ちだけ。
そんなこと…考えたこともありません』
正々堂々とライバル宣言をしようと思っていたのに、フュリーは
自分の感情を欺き、戦う前から逃げ出そうとしている。
シルヴィアには、それが気に入らなかった。だから、何かというと
フュリーに対してつっけんどんな態度をとるようになってしまったのだ。

「そんな、いいのよ!わたしだって心の中でシルヴィアさんに嫉妬してたんだから…」
レヴィンにいくら突き放されてもめげずについてゆき、ためらいもなく
『好き』と公言するシルヴィア。
ストレートな感情表現は自分とは正反対。
自分は一生、ああはなれない…。
その気後れが、シルヴィアに対する苦手意識を抱かせた。
それが羨望の裏返しだったことに気づいたのはつい最近のことだ。

「あのさ…あたしね、ホント言うとフュリーのことがうらやましかったんだ」
シルヴィアの唐突な言葉にフュリーは戸惑う。
それは自分の方なのに。
自分に羨ましがられる理由など何があるのだろう…
その疑問が顔に出ているフュリーを見て、シルヴィアはくすりと笑って続けた。
「アンタは、あたしなんかとっくに失くした“純粋さ”を持ってたからね」
「なっ…何を言うのシルヴィアさん、あなたはとっても純粋な人よ!
わたしなんかよりもずっと!!」
向き合った状態で身を乗り出し、いつになく強い口調でフュリーは言い切った。
気圧されながらも、その言葉にシルヴィアの胸は熱くなる。
「な、何言ってるのよ…あたしは…」
「わたしの方こそ、シルヴィアさんを羨ましく思っていたのよ。
自分の気持ちに素直で、いつも笑顔の貴方のことを…」
「…フュリー…」
「だけど…ごめんなさいね、最初は、持って生まれた性格の違いなんだろうなって、
思ってた。だから、ただ羨ましくて…少しずるいなんて、勝手なことを考えたわ。
でも…貴方は辛いことや苦しいことをたくさん乗り越えて、それでも明るく笑って
いたんだって、だからこそ貴方の踊りは見る人に力を与えていたんだって、分かって…
今はわたし、貴方のことを尊敬しているわ」
はにかみ笑いを見せるフュリーに、シルヴィアは背を向けた。
そして上を向き、手の甲で無造作にまぶたを拭う。
「なん〜だ!あたしたち、結局お互いを羨ましがってのね!アンタとあたしって
まるで正反対だと思ってたけど…案外似たとこあったりするのかもね」
少し声を上ずらせているシルヴィアの後姿に優しい眼差しを注ぎながら、
フュリーは小さく頷いた。
「うん…そうだと、嬉しいな」


レヴィンはシルヴィアに対してもフュリーに対しても、自分の真意を
明らかにすることはなかった。
シルヴィアは何としてもレヴィンの気持ちを自分に向けようと様々な
アプローチを講じた。だが、その様子を見守りながらも気軽にシルヴィアに
誘いをかけ心をほぐし、戦いの中ではさりげなく側にいて危険から守ってくれる
騎士がいた。やがて、シルヴィアの心は次第にその騎士に強く惹き付けられてゆく。
シアルフィ出身のその騎士の名は、アレク。

アレクと相愛となったシルヴィアにとって、もはやレヴィンが誰と結ばれようと
かまわなかったが、いずれはフュリーの一途な想いが通じることだろうと
疑いもなく思っていた。だから、フュリーに恋人が出来たという話を聞いた時、
その相手に驚きを隠せなかった。
フュリーが選んだのはレヴィンではなく、アレクの親友で同じくシグルドに
仕えるシアルフィの騎士・ノイッシュだったのだ。

「ねぇ、ヘンなこと聞くけどさ」
「えっ、何?」
「…アンタ、レヴィンのことはホントにもういいの?」
シルヴィアの突然の質問にフュリーは面食らったが、その真摯な瞳を見て、理解した。
シルヴィアは、自分のことを心配してくれているのだと。
「…あの方は、風みたいな人だから。誰にも捕まえることなんて
できないんじゃないかって思うの」
フュリーは苦笑しながら呟く。
「フュリー…」
「あ、でももちろんレヴィン様に愛する方ができたら、祝福するつもりよ!?
シレジアのためにも、そうなったらいいなって思ってる。
それに…誤解しないでね。レヴィン様のことを諦めるためにノイッシュの
気持ちに応えたわけじゃないわ。わたしは本当に…」
フュリーの長い髪が、風に流されて中空を踊る。
「心の底から、ノイッシュのことを好きになったの」
頬にかかる部分を手で軽く抑えながら、フュリーは続けた。
「最初はね、わたしはなんて節操のない人間なんだろうって、自分が嫌になったわ。
レヴィン様への気持ちは例え報われなくても、きっと一生変わらないと思ってたのに…
気づいたらノイッシュのことばかり考えてる自分がいたんだもの。
…だけどそのうち、そんなことも考えられないぐらい…あの人を愛していたの」
頬を少し染めながらも瞳に確かな光を宿したフュリーの横顔を、シルヴィアは
純粋に綺麗だと感じた。思わず微笑し、フュリーの肩をぽんと叩く。
「アンタ、変わったわね」
「…え、そう?」
「うん、だってずいぶん素直になったじゃない?好きだの愛してるだの連発しちゃってさ♪」
「え…あ……っ!」
にんまりと笑うシルヴィアに指摘され、フュリーは自分がどれほど恥ずかしい言葉を
口にしていたかということに気づいた。瞬間、薄桃色だった頬は、顔全体と共に見事な
赤に染まった。その様子が可笑しくて、少し可愛くて、シルヴィアは声をあげて笑った。
「シルヴィアさんの意地悪…」
フュリーは少し潤んだ目で、恨めしそうな視線をシルヴィアに向けた。
「あはは、ゴメンゴメン!…でもさ」
くるり、いつもの踊るようなステップできびすを返すと、
「あたしも、今のアンタなら好きになれそうな気がする」
シルヴィアは天真爛漫な微笑みを浮かべ、
右手をフュリーに向かってまっすぐ差し出した。
「改めてよろしく、フュリー!」
その手と笑顔を交互に見ながらフュリーはしばらく呆然としていたが、
やがて胸に熱いものがこみ上げてくる。それを飲み込み、輝くような
笑顔を返しながら、フュリーはシルヴィアの手を強く握り返した。
「ええ!ありがとう…シルヴィアさん」
「シルヴィアでいいわ。年上にさん付けされると、くすぐったくなっちゃう」
「そ、そう…?」
シルヴィアに突然言われ、フュリーは戸惑ったが、
しばらくして遠慮がちに呟いた。
「それじゃ…ええと、シルヴィア…?」
「やだ、何照れてんのよ。こっちまで恥ずかしくなるでしょ!」
二人は互いに気恥ずかしさを覚え視線をそらしたが、
やがて再び顔を見合わせて、可笑しそうに笑いあった。
「さ、さぁ急ぎましょう!アレクさんとノイッシュ、待ちくたびれてるかもしれないわ」
フュリーが促したが、シルヴィアはあくまでマイペースに歩む。
「いーのいーの!デートの時はね、女の子は男を待たせてなんぼなのよ♪」
「えっ…でも、そんなの悪いわ…」
「まーったく、頭カタイんだから!そんなんじゃねぇ……ま、でも
相手がノイッシュだからちょうどいいのかもね」
そう呟いて苦笑したシルヴィアは、
「ああっ、そーいえば!」
突然、大発見でもしたかのようにようにぽんと手を打った。
「あたしたちってさ、どっちも似たものカップルだよね!ほら、
お気楽なあたしとアレクでしょ、クソ真面目なフュリーとノイッシュ♪」
「く、クソ真面目って……」
悪気は全くないことは分かっていても、シルヴィアの無邪気な発言に
フュリーは軽くショックを受ける。
「あ、でもそれなら…」
「ん?」
「ううん、なんでもないわ」
首を横に振ると、フュリーは駆け出した。
「なによ、教えなさいったら!」
軽い足取りで追いかけてくるシルヴィアを振り向きざまに見つめながら、
フュリーは照れくさくて飲み込んだ言葉を心の中で呟いた。

―――わたしとシルヴィアも、ノイッシュとアレクさんみたいな
“親友”になれるかしら…―――

(07/5/15)


昔描いたノイフュリノートマンガの一部を抜粋、大幅に改造してみました。
フュリーとシルヴィアは、最初はあまり仲が良くなくても、最終的には一番の友達同士に
なれるはず!と思っております。(例えどちらががレヴィンとくっついたとしても!)
ノイフュリ成立時にはアレシル同時成立だと更にオイシイです、色々と♪

あ、ノイフュリがこの段階でどこまで進んでいるのかはご想像にお任せします(笑)


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