涙の後に降る雪
(空飛び猫さん・作)


雪の降り続くシレジア・・・わたしの生まれ育った、白銀の大地。
わたしたちは凍てつく寒さの中を進軍していた。
「フュリー、どうしたんだ?」
声をかけられ、振り向くとそこにいたのはレヴィン様だった。わたしの心臓は、早鐘のように打ち始めた。
「レヴィン様・・・」
この想いが、レヴィン様に伝わってはいけない。そう思って、わたしは気持ちを落ち着かせようとする。
レヴィン様は、風使いセティの血を引く、ここシレジアの王子だった。わたしとは・・・身分違い。
でも、わたしがその想いを抑える理由は、それだけではなかった。
レヴィン様は、わたしのお姉さま・・・マーニャ姉様と、恋仲だった。
2人は、深く愛し合っていた。マーニャ姉様は・・・両親を早くに亡くしたわたしを育ててくれた、たった1人の家族・・・。
そんなお姉さまと、レヴィン様の間に、・・・わたしが入り込むなんてことができるはずがなかった。
だから、わたしはずっと、自分の想いを隠し続けていた。
でも・・・レヴィン様の姿を見るたびに、わたしの心臓は高鳴った。長い間隠し続けてきた想いは・・・いつの間にか、
わたしの心の中で大きくなっていた。わたしは、レヴィン様にその想いを気付かれないようにしながら言った。
「・・・マーニャ姉様のことを、考えていたんです」
「そうか・・・マーニャは今頃、パメラ隊と戦っているはず・・・無事で、いるだろうか」
「そうですね。無事でいることを、わたしも祈っています」
わたしがそう言ったところに、兵士が駆けつけた。
「フュリー様、前線に進むようにとの、シグルド様のご命令です」
「わかりました」
わたしはレヴィン様のほうを振り返る。
「レヴィン様・・・それではわたしは参ります」
「ああ、気をつけて」
「レヴィン様も・・・」
そう言って、わたしは天馬の背に乗り、粉雪の舞う空に飛び立った。

戦いが終わり、白銀の大地にも夕闇が訪れる。
わたしは野営をするために、小さなテントに向かう。テントには、すでに明かりがついていた。
(・・・誰かしら・・・?)
そう思って、わたしはテントの前に舞い降りた。テントの近くでは、明るい火が焚かれている。
火の前にいたのは・・・赤い鎧を着た、長身の金髪の男性。シアルフィ三騎士の1人、ノイッシュさんだ。
ノイッシュさんはすぐわたしに気がつき、声をかけてきた。
「こんばんは、フュリー。今ちょうど、ご飯を作っているところなんだ」
言われて見てみると、火にかけられている鍋の中には、おいしそうなシチューが煮えていた。
「すごいですね、ノイッシュさん。男の人なのに、料理が作れるなんて」
「こうやって前線で野営をしているうちに、慣れたんだよ。君も食べるかい?」
「頂いていいんですか?」
「うん、そのために作ったんだから。今夜は寒い。食べて体を温めるといい」
「ありがとうございます」
わたしはお礼を言って、シチューの入ったお皿を受け取った。シチューは暖かくて、とてもおいしかった。
「おいしいです、ノイッシュさん」
わたしがそう言うと、ノイッシュさんは微笑んだ。
「ありがとう」
ノイッシュさんは、シチューを食べるわたしを、温かい目で見守っていた。
「ノイッシュさんは、食べないんですか?」
わたしが聞くと、ノイッシュさんは少し笑って、そして言った。
「私はさっき食べたからね」
「じゃあ、どうしてわたしが食べているのを見ているんですか?」
そう言うと、ノイッシュさんはあわてて言った。
「いや・・・これは・・・その・・・、私は・・・君が食べているのを見るのが好きなんだ」
「えっ?」
「ごめん、迷惑だったかな?」
「いえ!そんなことないです」
そうわたしが言ったときだ。
「フュリー様!」
早馬から下りた兵士が駆けつけてきた。兵士はかなり、急いでいる様子だった。
「どうしたのです?」
わたしが言うと、兵士は少しためらった後、続けて言った。
「申し上げにくいのですが・・・マーニャ様が、戦死されました」
「え?お姉さまが・・・。うそっ、そんなこと信じられない!あのお姉さまが戦死だなんて、まさかそんなことが・・・」
わたしは、涙が流れそうになるのを抑えながら言った。
・・・泣くわけにはいかない。だって、わたしよりもレヴィン様は、もっとつらいはず。
わたしがレヴィン様を、お慰めしなければ・・・。
「フュリー・・・大丈夫か?」
ノイッシュさんがわたしに声をかけた。
「ノイッシュさん・・・。はい、もう大丈夫です。先に休ませてもらってもいいですか?」
「ああ・・・こんな時だ・・・無理をせず、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
そう言って、わたしはテントの中に入った。

寝巻きに着替えて、毛布の中にくるまっても、わたしの心は休まれなかった。
お姉さまが亡くなった・・・。わたしの、たった1人の家族・・・。
思えばわたしが天馬騎士を目指したのも、天馬に乗って賭けるマーニャ姉様に憧れたからだった。
涙が・・・あふれてきそうになる。でも、それをわたしは抑えた。
今頃、レヴィン様もつらい思いをしているはず・・・。
そう思うと、わたしの心は刺すように痛んだ。
マーニャ姉様は、レヴィン様の手に届かないところへ逝ってしまった・・・。
わたしにできるのは、レヴィン様をお慰めすることだけ・・・。
それでも、レヴィン様の心を完全に慰めることなんてできないと思う。
わたしが、お姉さまのかわりにはなれないのだから・・・。
そんな考えが、頭の中をぐるぐると回って、眠ることができなかった。
わたしの、レヴィン様への想いが、鉛のように鈍く心の中に沈んでいくのが分かった。
どうして、こんなにつらいんだろう。
それでも、レヴィン様への想いは忘れることができなかった。
わたしは起き上がり、着替えて外に出た。
わたしは槍を取り、鍛錬をする。突き刺すような寒さが、わたしを包み込む。
忘れよう・・・忘れて、明日からの戦いに備えよう・・・。
あふれそうになる涙を、必死で抑えながら、わたしが鍛錬を続けていると、後ろから声がした。
「フュリー・・・?」
それに気がつくのに、しばらく時間がかかった。わたしが振り返ると、そこにはノイッシュさんがいた。
「ノイッシュさん・・・どうしたんですか?こんな夜中に・・・」
「君こそ、どうしたんだ?外は寒い。風邪を引くぞ」
ノイッシュさんの言葉に、わたしは首を振った。
「大丈夫です。わたしはシレジアで育ちました。ここの寒さには慣れています」
「・・・無理をするな」
「え・・・?」
「顔が青ざめているぞ」
そう言われて、わたしは慌てて言いつくろった。
「ごめんなさい・・・ノイッシュさんに心配をかけてしまいましたね。すぐに・・・戻ります」
「そんな・・・ことじゃない。君は、姉さんを亡くしたのだろう?さっき、ずいぶん取り乱していたから、心配していたんだ」
「いいえ、大丈夫です。それにわたしは、レヴィン様をお慰めしなければなりません・・・」
わたしは、つらい想いを抑えながら言った。胸が・・・またズキンと痛んだ。
「フュリー・・・無理を、するな」
「・・・え?」
「泣きたいときは、・・・泣いていいんだ」
そう、ノイッシュさんに言われて、わたしの心に暖かさが広がっていった。
「ノイッシュさん・・・」
どうして彼は・・・わたしのことが、こんなに分かるのだろう。
暖かい、涙があふれて、わたしは彼の前で泣いていた。
ずっと、我慢していた。だけど、ノイッシュさんの前では、安心できる。
「やっと、笑顔になったね」
ノイッシュさんに言われて、わたしは顔をあげた。
「ありがとうございます。泣いたら少し、すっきりしました」
「よかった」
ノイッシュさんは微笑んで、わたしを見つめた。そんなわたしたちの上から、粉雪が舞い降りてきた。
「・・・雪だ」
「雪ですね・・・」
「シアルフィでは・・・めったに降らない」
「そうなんですか?」
「こうして君の故郷の雪が、見れてよかった。シグルド様に感謝しなければ」
「そうですね・・・ノイッシュさん。今日は本当にありがとうございました。あの・・・」
「どうした?」
「また、こうやってお話していいですか?」
「ああ。いつでも相談に乗るよ。君の・・・笑顔が見たいから」
「ありがとう」
わたしは笑顔を浮かべたノイッシュさんを少し見つめた後、手を振ってテントへと向かった。
白い雪の中に浮かんだ笑顔は、ずっと想い続けていたレヴィン様ではなく、なぜかノイッシュさんだった。

(07/8/5)


ついにノイフュリの小説を頂いてしまいました〜!!それだけでも感動なのに、切なさの中にも温かさと
優しさが溢れたストーリーに更に感動です!レヴィンとマーニャが既に恋仲だったという設定が新鮮でした。
個人的に、レヴィンの相手としてはマーニャが一番しっくりくるのでニヤリです。でも、そうなるとフュリーの
レヴィンへの想いはますます切ないものに…(ホロリ)健気さに胸を打たれますね。彼女は泣き虫だけど
マーニャの死に際しては、絶対泣くまいと無理をしそうな気がします。
そんな彼女のことを理解し、見守り、少し距離を置きながら支えになろうとするノイッシュがまたカッコいい!
料理上手なところもポイント高しですね(笑)フュリー視点なのでノイッシュのフュリーへの想いは直接
語られてないけど、しっかりと伝わってくるあたりお見事です!空飛び猫さん、ありがとうございました♪

戻る