確かな始まり
(ユキぢるしさん・作)


「私もセリス様について行きます」

(ああ、とうとうこの日がきたのね)
その日、エーディンは娘、ラナから半ば予想していた、しかしできれば聞きたくなかった言葉を聞いた。

兄のレスターなら、覚悟はしていた。
しかし、戦う術のないラナまでも、戦乱の中に身を投じることになるとは…


(…あの子は父に似て、争いが嫌いなのに)

そう、必ず生きて迎えに行くといって、帰っては来なかった夫に似ていた。

そして―
守りたい人の為に、好きな人の為に、戦乱に身を投じるところも似ているのだろう。
かつて、彼が自分の為に戦ったように…

ラナはセリスの為に…

その気持ちは母として応援してやりたかった。
しかし、その為に旅立つ娘に告げなければならない事があった。


「ラナ」
「はい」
「…貴女の父様の話はあまりしたことはなかったわね」
「はい…」

「貴女の父様は…現皇帝アルヴィスの弟…アゼル公子よ。」

ラナは、母の言葉に真剣に聞き入って、そして表情に悲しみの色を滲ませた。

「…私に…火を扱う力があるのは、やっぱり本当だったのね」
「聞いていたのね」
「はい、オイフェさんから少し…」
そんな魔力を持ちながらも、争う事が嫌いなラナはプリーストの道を選んだ。
優しい母にも憧れていたからだ。

そして、火を扱う力がヴェルトマーの血を引くのではと、思った事もあった。
ただ、これほど強い血統とは思ってはいなかった。

ラナはようやく、気付いた。
オイフェやシャナンが、そして母が自分の父の事をあまり話そうとしなかった理由。

(今、世界中に争いの種をまいた人が…
セリス様のご両親を奪った人が、私の叔父だったなんて…)



「ラナ?」
不意に名を呼ばれラナは顔を上げる。
「は、はいっ。」
そこには心配そうにラナを覗き込む光の皇子セリスがいた。

「なんだか、今日のラナは元気がないね。」
幼なじみの中でも特別、セリスはラナの心の動きに敏感だ。
気付かれまいとしても、些細な変化を感じ取ってしまう。

(セリス様は優しい…。ご自分も大変な筈なのに…)
そんな人だから、側で少しでも力になりたかった。戦乱に身を置こうとする、優しい心を支えたかった。


セリスに心配かけまいと笑顔を作ってはみても、心は不安な事ばかり思ってしまう。

「ラナ」
再び名を呼ばれる。今度は怒っているかのように、強い口調で。
セリスを怒らせてしまったのかと思ったが、セリスの表情は悲しそうな、つらそうなものだった。

「私は、ラナの嘘の笑顔ぐらい…わかるよ…」

「ご、ごめんなさい」

「なんで、謝るの?」

今度は、優しい笑顔を浮かべてセリスはラナを見つめた。

「私はラナの笑顔が好きだから、笑っていてほしいんだ。だから、つらい事があったら話してほしいんだ。」

優しい言葉―

いつもなら嬉しくてたまらない言葉。

しかし、今のラナは―


「ご、ごめんなさい、セリス様。わ、わたしっ」

言葉をつむぐ事ができなかった。
涙が溢れそうになる。

ふと、優しくラナの手に触れるものがあった。

セリスの手がラナの手をそっと握ってきたのだ。

それは、二人の間ではごく、当たり前のことだった。
ラナにとって、セリスは兄のレスターよりも近くにいる存在だった。
だから、どちらかが不安になればもう一人がこうして手を繋ぎ、歩いていた。


「やっぱり、ラナは不安なのかな?」
「え?」

「これから、私達は戦う機会がもっと多くなっていくだろうし。」

圧政に苦しんでいる人達を救いたい、と正式に解放軍にセリスが身を置いたのは最近のこと。
心配するオイフェを説得し、シャナンに追い付こうと稽古をした。
そうしてセリスは『光の皇子』として、人々の期待を受けていた。

幼い頃からずっと見てきたラナは、セリスが期待に応えれる人物だということは、よくわかっていた。

自分では届かなくなるのではと思うほど…

そう、最近セリスとの距離が開いてしまうような気がして不安だったのだ。

そこへきて、母から言われた事実にラナは心を痛めた。


「セリス様、わたしはっ…わたしの叔父にあたる人は…」

優しいセリスに、黙っていることはできなかった。これ以上、心配させるのは嫌だった。

「わたしの叔父は…」


その時、ラナの手は強く握りしめられた。

続きの言葉を紡げないラナにセリスは優しく言う。

「私にとってラナはラナだよ。…たとえ、何があっても…」

「セリス様…」

「もちろん、レスターもね。」

ラナは、セリスがすでに自分の父親のことを知っていたことに気付く。
「知って…いたのですか?」

「前にレスターから聞いて、その後シャナンやオイフェにも確かめたんだ。」

セリスはそう言いながら、涙ぐんでいるラナの涙をそっと指で拭った。

「レスターが言っていたよ。『もし、妹が知ったら悩むかもしれない』って。真面目で優し過ぎるからって。」

そうして、セリスは微笑む。

「レスターの言った通りだったよ。」

「…ご、ごめんなさいっ。」

おもわず謝るラナに、セリスは更に笑顔になる。
「謝らなくてもいいんだよ。」
「でもっ!」

ラナはセリスがどういう人物なのか、よく知っている。だから、それ以上を言うのをやめた。

兄も自分もセリスは受け入れられているのだ。
これ以上悩んでセリスに心配かける必要は無くなったのだ。

「オイフェから聞いたんだけと。」
「はい。」

ラナの瞳から涙が消えたのを見て、セリスは言う。

「アゼル公子は、実の兄に逆らっても私の父に味方してくれた優しい方だったそうだよ。」
「そうなんですか…」

ラナ自身が母からわずかに聞いた話でも、とても優しい人だという事だった。

「ラナはきっと二人から優しさを受け継いだんだね。」
「そうだと嬉しいです。」

ラナは、さっきまでの気分が晴れてゆくのがわかった。
いつもそうだった。落ち込んだ時や悲しい時、不安な時、セリスはその気持ちを晴らしてくれる。
ラナは改めて強く思った。

セリスの力になりたい、と。



その夜。
ラナは再び母親と会った。

「本当に行くのね?」
「はい。少しでも近くで力になりたいんです。」

真っ直ぐなラナの表情は、やはり父親に似ていた。
エーディンはそんなラナに小さなお守りと杖を一つ手渡した。

「これは?」
「お守りは昔父様と二人、お揃いで買ったものよ。レスターにも同じ物を渡したわ。」

エーディンは、アゼルが最後に持っていた自分のお守りを幼いレスターに手渡した事を思い出し、切ない気持ちになった。
『父様が帰ってくるまで、レスターは母様を守って。』と言って手渡していたあの時。

「…母様…」
「それから、この杖は父様からもらったものよ。」

沈んだ自分を気遣うラナにエーディンは思いを振り払い、つづける。

「今のラナでは使えないけれど、いつか役に立つ日がくるはずよ。」

その杖を受け取りラナは母に向き直る。

「必ず、兄さまと帰ってきます。」

凜としたその態度を見て、エーディンはラナを強く抱きしめた。

「みんなで、帰って来なさいね。」

「はいっ。」



レスターは、ラナを心配して母の元に帰そうとしたが、最後には城にいる事を承諾した。
戦いには出ないようにと釘をさして。




その、一週間後。

救いを求めて世界は動き出す。


ラナもセリスと共に戦乱に身を投じることになるのだった。

(06/6/23)


ユキぢるしさんはアゼル×エーディン好きな方のですが、なんとアゼエディ前提のセリラナストーリーを
書いてくださいました!そう、アゼル父だとラナとアルヴィスは伯父と姪になるんですよね。それでセリラナって
なんだかドラマチックかも…(ドリーム)優しさゆえに苦しむラナ、それを優しさで包みこむセリス様…
互いを思いやる二人の姿には心を打たれるものがあります(じーん…)
深い優しさと精神的強さを持ち合わせたラナはまさしくわたしの理想!!
わたしも基本的なラナの父はアゼルなのですが、これを読んで更に
「アゼエディ前提のセリラナ」のオイシさに気付きましたv(笑)

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