フュリーのシンデレラストーリー



昔、あるところにフュリーという美しい少女がいました。
フュリーは幼い頃母親を亡くし、しばらくは父親と二人で暮らしていましたが、数年後、
父親は二人の娘を持つ女性と再婚。それからまたしばらくは平和な日々が続いたのですが、
突然父親が亡くなってしまったのです。悲しみにくれるフュリーに追い打ちをかけるように、
義理の母と姉二人の態度が一変。フュリーに辛くあたるようになり、今では召使い同然の扱いです。
フュリーは毎日、すべての家事を一人でこなさなければなりませんでした。

そんなある日のこと。町中の娘に、お城から舞踏会の招待状が届きました。
王子レヴィンがお年頃になり、妃になる女性を捜しているというのです。
「あんたたちのどっちか、絶対王子様のハートを射止めるんだよ!」
「もちろんです、お母様!」
「おまかせください、わたしたちの美貌にかかれば王子などイチコロですわ♪」
フュリーの義理の母レイミアと、義理の姉のディートバ、パメラは色めき立ち、朝から
フュリーをフルにこき使って身支度をしています。
「フュリー!なにやってんだい、さっさとあたしの着替えを手伝いな!!」
「フュリー、早くネックレスを付けてちょうだい!」
「ったくお前はトロいんだから…ほら、わたしの髪を結うんだよ、フュリー!」
「は、はい!すみません、お義母様、お義姉様…」
フュリーは息を切らしながら、三人の間を忙しく行き来しました。
「…ねぇ、なんでお母様まで着飾ってるの?」
「気のせいか、わたしらのより豪華なドレス着てる気がするんだけど…
まさかあのトシで、密かに王子様を狙ってるんじゃ…?」
レイミアのものすごく気合の入った出で立ちと燃える瞳に、ディートバとパメラは眉をひそめていました。
「あんたたち、何ごちゃごちゃ言ってんだい!?さぁお城へ行くよ!
フュリー、あたしらが帰ってくるまでにちゃんと片付けをしておくんだよ、いいね!!」
レイミアはそう言い残すと、ディートバとパメラと共にお城へ向かう馬車へと慌ただしく乗り込みました。


「…はぁ……」
ドレスやアクセサリーや化粧品が散乱した部屋の真ん中に立ちつくし、
一人残されたフュリーは深いため息をつきました。
フュリーも若い娘、舞踏会や王子様へあこがれる気持ちがないわけではありません。
「…行けるわけがないなんて、分かってるのにね…」
薄汚れたエプロンドレスのすそをつまんで小さくつぶやき、もう一度大きなため息。
その時…
「ねーねー、舞踏会、行かせてあげよっか?」
突然、自分以外の誰もいないはずの部屋に、明るい声が響きました。
フュリーが驚いて振り向くと、そこには黒いローブに身を包んだ少女が立っていました。
「あの…貴方は?」
「アタシ、魔女っ娘ティルテュ!ティルるんって呼んでね♪」
神秘的な衣装とは対照的に能天気な口調の魔女・ティルテュはそう言ってウィンクし、
紫がかった銀髪のポニーテールを揺らしました。
「ティ、ティルるん…さん?貴方、どこから入ってきたんですか…?」
不法侵入者(しかもちょっと頭がユルそうな)にフュリーは警戒心むき出しですが、
ティルテュはそんなことはお構いなしに話を進めます。
「ね、舞踏会行きたいんでしょ?アタシの魔法で行けるようにしてあげる♪」
「え…そんな、無理だわ。わたし、ドレス持ってないし、こんなに汚れて…」
「だーかーら、魔法で変身させてあげるんだってば♪」
「魔法って…マハリクマハリタとかテクマクマヤコンとかドナルドマジックとか…?」
「(何かヘンなのが混じってる気がするけど…)んー、まぁ分かりやすく言えばそんなとこね。
あ、でも顔まで変わるわけじゃないから安心してvアナタ素材は良いみたいだし♪んじゃ、いくよ〜」
ティルテュは突然、何やら呪文のようなものを唱え始めました。
「ええっ、いきなり!?ちょっと待って、わたしまだ心の準備が…!!」
慌ててフュリーが止める間もなく、ティルテュは魔法を放ちました。
「エルサンダー!!」
「なーーっ!?」
フュリーの身体は、激しい稲妻に打たれてしまいました。
フュリーは驚いて目を堅くつぶりましたが、不思議な事に何の衝撃もありませんでした。
恐る恐る目をあけたフュリーは、鏡の中に信じられないものを見たのです。
「こ、これ…わたしなの…?」
そこには、今まで見た事の無い様な美しいドレスや宝石に身を包み、清純な魅力を損なわない
薄化粧をした自分の姿が映っていました。
「う〜ん、最高!アタシって天才♪あっ、あとはこれ履けばカンペキよ!」
ティルテュは自画自賛してから、ガラスでできた綺麗な靴を取り出してフュリーに履かせました。
「さぁて、急がなくっちゃね!」
まだ呆然としているフュリーを引きずるように外へ連れ出したティルテュは、台所にあったカボチャと、
ちょうど壁の穴から這い出てきたネズミにも先ほどと同じように魔法をかけました。
するとカボチャは馬車に、ネズミは見事な白馬へと姿を変えました。
「これでよしっ、と。んじゃ、あとはヨロシク!彼女を王子様のところに送り届けてあげてね☆」
ティルテュの言葉に、家の外で待機していたらしい金髪の青年が進み出ました。
「はい、お任せください」
青年は御者らしく、フュリーが馬車に乗り込むのを確認すると馬の手綱を取りました。
「あの…ありがとうございました、ティルるんさん」
まだキツネにつままれたような感覚の中にありながらも、フュリーはティルテュにお礼を言いました。
「どーいたしましてっ♪…あ、そうだ!言い忘れてた!!」
「え?なんですか?」
「あのね、アタシの魔法、夜中の12時までしか効かないの!
だから12時までにはお城を出ないと、王子様の前で元の姿に戻っちゃうから気をつけてね」
そんな大事なこと忘れないで下さいと心の中でツッコミを入れながらも、フュリーは強く頷きました。


「あの…」
これからお城へ行き、王子様に会うのだと思うとフュリーはドキドキして、落ち着いて座っていられません。
気を紛らわすために、窓から身を乗り出して御者の青年に声をかけました。
「馬車がカボチャで、馬がネズミってことは…貴方は元は何なんですか?…犬、とか?」
その言葉に、真剣な表情で手綱を握っていた御者の表情が崩れました。思わず吹き出してしまったのです。
「あ、あの…わたし何かヘンなこと言いましたか?」
「い、いや、すまない。あいにくと、私は普通の人間だよ。さっきの魔女に、雇われたんだ。
君を無事に送り迎えするためにね」
「そ、そうだったんですか!?ごごごめんなさい!!」
フュリーは真っ赤になってうつむいてしまいました。御者はそんなフュリーに優しいまなざしを向けました。
(注:運転中によそ見をしてはいけません)
「…君のことは、彼女から色々聞いたよ。すごく辛い目にあってもいつも泣き言一つ言わずに頑張ってる。
だから幸せにしてあげたい…そう彼女は言っていた。…私も、そう思うよ。王子に、気に入られるといいね」
フュリーは御者の優しい言葉に、心が解きほぐされていくのを感じました。胸がジーンと熱くなります。
「あのっ、貴方のお名前はなんとおっしゃるのですか?」
「ノイッシュだ。君は…フュリー、だったね?」
「はい!ありがとうございます、ノイッシュさん…」


お城には、思い思いに着飾った若い(一部例外)女性たちが集い、かわるがわる王子様にダンスを
申し込んでいました。王子レヴィンはフェミニストなので、どの女性にも愛想よく対応していましたが、
何十人何百人を相手にし、さすがに疲労の色が見え始めていました。しかし…。
「まぁ、どこのご令嬢かしら?」
「ま、負けたわ…キレイすぎる…!」
どよめく人々の声に振り向くと、そこには美しくも清楚で可憐な娘が少しはにかんだ表情で
たたずんでいたのです。王子様の疲労は吹っ飛んでしまいました。
王子様は早足でフュリーに近づき、熱いまなざしで見つめました。
フュリーは恥ずかしさのあまり、王子様の顔をまともに見る事が出来ません。
王子様はそんな初々しさにもズキュンと胸を貫かれ、
「踊ってくれるか?」
優しく微笑んで手を差し出しました。
レイミアとディートバとパメラはその様子を見て、驚くやら戸惑うやら腹が立つやらでパニック状態。
ハンカチを噛んでキーッ!と奇声を上げるという古典的表現をかましています。

フュリーは王子様にリードされながらダンスのステップを踏みました。
憧れのお城、舞踏会、そして王子様…全てが目の前に有るのに、何故か心は華やぎません。
―――ノイッシュさん、わたしがこうしている間にもずっと待っていてくれてるんだわ…
こんな夜遅くに…寒空の下で…ずっと…―――
頭の中には、御者のノイッシュの顔が浮かんで消えないのです。
そんなフュリーの意識を現実に呼び戻したのは、大きく低く響き渡る時計の音でした。
はっとして時計の針を見ると、長針と短針が真ん中・真上でピッタリ合わさっていたのです。

『アタシの魔法、夜中の12時までしか効かないの!』

ティルテュの言葉が脳裏によみがえり、フュリーはさっと顔色を変えました。
「…すみません、王子様!さようなら!!」
フュリーは王子様の手を振りほどき、ドレスのすそをつまんで大広間を飛び出しました。
王子が制止する声にも耳をふさぎ、外へと続く階段を全速力で駆けおります。
「あっ…!!」
途中で、履いていたガラスの靴を片方落としてしまいました。
けれど取りに戻っている時間はないと判断したフュリーは、そのまま振り向きもせずに駆けました。
そして…最後の段を降り切ったと同時に12回目の鐘が鳴り、ドレスも宝石も化粧も消えてなくなり、
元の薄汚れたエプロンドレス姿に戻ってしまいました。
ただひとつ、相棒を失ったガラスの靴だけが、寂しそうに片足に残っていました。
フュリーは王子が追ってきても見つからないようにと、とっさに茂みの中へ隠れてから思いました。
――バカね…例え王子様に見つかったとしても、今のわたしを見て気づくはずないわ…――
大きなため息をついて肩を落とし、とぼとぼと帰路に就こうとしたその時。
「フュリー、大丈夫か!」
木の蔭から心配そうな表情をしたノイッシュが現れました。その足元にはカボチャが一つ転がっており、
ネズミがちょろちょろ走り回っていました。馬車と馬も、元の姿に戻ってしまったのです。
けれど、ノイッシュはそこにいてくれた……魔法で姿を変えられていたわけではないので当り前なのですが、
沈んでいたフュリーの心は安心感に温かく満たされていきます。
気がつくと、せきを切ったように涙があふれていました。
「フュリー、どうしたんだ!?どこか怪我でもしたのか?もしかして階段につまずいたとか…!?」
「そうじゃ…ないんです……ノイッシュさんが、いてくれて…よかった……
ごめんなさい、こんな遅くまで待たせてしまって…」
涙をぬぐってほほ笑むフュリーに、ノイッシュは胸が高鳴るのを感じました。
「いや、そんなこと気にしなくていいんだ、これが私の仕事なのだから」
ノイッシュはまるで自分に言い聞かせるかのように、『仕事』という言葉を強調しました。
「それでも、ごめんなさい。それから…ありがとうございます。さ、帰りましょう♪」
「あ、ああ…でも、馬車がなくなってしまったな…―――よし」
ふいに、フュリーは体が宙に浮くのを感じました。
何が起きたのか分からずキョロキョロしていると、ノイッシュの顔がすぐ真上にありました。
「あわわわっ!?」
フュリーはようやく気付きました。自分がノイッシュに、いわゆる“お姫様だっこ”されていることに。
「の、ノイッシュさん!わたし、自分で歩きます!歩けますから、降ろしてください〜!!」
フュリーは真っ赤になって叫びました。
「靴が片方ないじゃないか。そんな状態で歩くなんて危ないよ」
ノイッシュも少し赤くなりながら、でも強い口調でそう言ってフュリーを抱きかかえたまま帰路を進みます。
「で、でも…ノイッシュさんが疲れてしまいます…散々ご迷惑をおかけしたのに、これ以上は…」
フュリーはなおも遠慮がちに呟きましたが、
「君を無事に送り迎えすることが私の仕事だと言っただろう?
それに、体力には一応自信があるんだ。心配しなくていい」
爽やか笑顔を向けられて返す言葉を失い、それ以上は何も言わずノイッシュに身を任せることにしました。
―――どうしてかしら…わたし…ノイッシュさんに迷惑をかけてるのに…
なんだかこうしていられるのが嬉しい…―――
フュリーは家に着くまでの間、不思議な感情に戸惑いながらも、お城にいた時よりも幸せな気持ちに
満たされている事に気付きました。ノイッシュもまた、仕事だと何度も心の中で繰り返しながらも、
いつまでもこのまま家に着かなければいいのにと思ってしまっている自分を知ったのです。


その日から数日後。
街は再び色めき立っていました。王子様は舞踏会で出会った美しい娘が忘れられず、
彼女が残したガラスの靴を手掛かりに、自ら街中の家を訪ねて回って捜しているというのです。
その話は、ティルテュとの契約が切れて今日この街を出るノイッシュの耳にも届きました。
―――すぐに彼女は発見されるだろう。そうなれば、王子に連れられて城へ…
お妃になってきっとずっと幸せに暮らすんだ。良かったじゃないか…―――
そう思いながらも、ノイッシュの胸は締め付けられるかのような苦しみを訴えていました。
―――彼女の幸せを願ったはずなのに、こんな気持ちになるなんて…どうかしている。
早くこの街を出よう。そうすればきっと、全て忘れられる…―――
「ノイッシュさん」
突然背後から、今まで頭の中を占領していた少女の声が聞こえて、
ノイッシュは飛び上りそうになるほど驚きました。
「フュリー!どうしてこんなところへ…!?」
見ると彼女は、少し古びてはいるけれど清潔に洗濯されたワンピースと白い帽子を身につけ、
手には小さなボストンバックを持っています。まるで今の自分と同じ…旅立ちの服装です。
「…ティルるんさんから、聞きました。貴方が今日、この街を出ると…。
わたし、いてもたってもいられなくなって…」
フュリーは少しうつむきましたが、すぐに顔をあげてまっすぐノイッシュを見つめました。
「わたしも一緒に連れて行ってください!」
精一杯の勇気を振り絞り、はっきりとそう言いました。
ノイッシュは驚きのあまりしばらく目を丸くして硬直していましたが、
やがて我に返ると慌てて首を横に振りました。
「何を言ってるんだ!き、君は…王子とお城で暮らすんだよ。そうすれば、何不自由ない生活ができる。
やっと幸せになれるのに、どうしてそれを捨てるようなことを言うんだ…」
「お城も、王子様も、わたしみたいな田舎者には似合いません!……ううん、それは言い訳だわ。
わたし、あの日貴方と別れてからも、貴方のことばかり思い出していた…その後、お義母様やお義姉様たちに
辛くあたられても、貴方のことを思い出すと笑顔になれたんです」
フュリーは赤くなりながらも、にっこり微笑みました。
「気づいたんです。本当の気持ちに…。わたしが一緒にいたいのは、貴方です」
「フュリー!」
ノイッシュももう本心を抑えられず、フュリーを強く抱きしめました。
「…私には、何もないぞ…」
「…貴方がいるわ。それだけで幸せ……」
「ありがとう…本当は、私も……君とずっと一緒にいたいと思っていた…」
道の真ん中で二人は強く抱き合いました。周囲の人々の視線を浴びている事に気づいて慌てて離れ、
それから顔を見合わせて笑うと、どちらからともなく手をつなぎ、ゆっくりと歩いて街を出たのでした……。
「ま、ちょっと筋書きからはズレちゃったけど…素敵なハッピーエンドになったみたいね♪
えへへ、アタシ偉い!」
二人の後ろ姿が見えなくなるまで密かに見守っていたティルテュは、
再び自画自賛すると青空にピースサインを向けました。


そんなこととは知らないレヴィン王子は、フュリーの家を訪れていました。
「ホラ、入ったわ!王子様、わたしが貴方のプリンセスよ!」
「ちょっとディートバ、かかとがはみ出してるじゃないの、厚かましい!!貸しな!」
「何すんのさ、パメラ!」
「ほ〜ら、わたしにピッタリ!!王子様、わたしと結婚して下さいますよね!?」
「おやめ見苦しい!!パメラ、あんた何足の指曲げてんだい!!さっさとあたしによこすんだよ!!」
「お、お母様!わたしらのどっちかが妃になればいいって言ってたじゃないの!!
やっぱりお母様もお妃の座を狙ってたのねー!?」
「お黙りっ!あたしだってまだまだ若いんだよ、いつまでも未亡人なんてやってられるかってんだ。
さぁ、入ったよ!王子様、あたし年下も大丈夫だから安心しとくれよ!」
「キーッ、見苦しいのはどっちよお母様!!靴にヒビ入ってるじゃないの、ヒビ!!」
見るに堪えない親子喧嘩を繰り広げる三人。
「…こ、ここにはいないみたいだな…じゃぁ、オレ帰るわ…」
ドン引きしたレヴィン王子は後ずさりで家を出ようとしたのですが、三人は鋭くそれに気づいてしまいました。
「王子様、わたしと結婚するんだよ!!」
「いいや、大人しくわたしを妃にしな!!」
「王子、あたしがオトナの味をたっぷり教えてやるよ!!」
王子様の襟首やら脚やら腰やらをがしっとつかんで口々に叫びます。
「ぎゃあああ!!だ、誰か助けてくれ〜!!」

「うーん、さすがにちょっとカワイソウかも。よし、次は王子様を幸せにしてあげるとするか!」
王子の絶叫を聞いたティルテュは苦笑しながら呟いたのでした。


めでたし、めでたし(?)



(07/10/17)


突然思いついたネタを勢いでまとめてみました。
レヴィンに恨みがあるわけではないんです、スミマセン…;このあと魔女と仲良くなるというのもアリです!(何)
フュリーに対応するってことで魔女役はシルヴィアにすることも考えたのですが、
「餅は餅屋」でティルテュにやっていただきました〜。
ディートバとパメラはともかく、レイミアを引っ張り出してくるのはマニアックすぎるかと思ったんですが、
仲間キャラから意地悪役を選びたくなかったもので(笑) まぁ、一応シレジアにいたということで大目に見て下さいな。


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