忘れられない島



「ここはルザミ。忘れられた島ですわ」
旅の中で知り合い、親交を深めた海賊の女頭領からの情報を元に訪れた小さな島。
アスルたち一行がそこで最初に出会った女性は、微笑んではいたがどこか諦念を
感じさせる口調と表情でそう言った。

数時間もあれば一周できてしまいそうなその島・ルザミには人の姿はほとんどなかった。
たまに島民に会っても皆一様に、良く言えば悟りを開いているように、
悪く言えば無気力なように感じられた。この小さな島で細々と暮らし、
そのまま一生を終える…そんな流れに身を任せているかのようだった。
そんな中、唯一彼にだけは…コペルにだけは他の誰にもない目の輝きがあった。
「おお…ここに旅人が訪れるなんていつぶりでしょう!!」
ぼさぼさの髪に丸い眼鏡をかけ、薄汚れた白衣をまとったその青年は、
自分の部屋を訪れたアスルの手を強く握って詰め寄った。
部屋には大きな望遠鏡があり、本棚には縦横無尽に本が詰め込まれている。
「ようこそルザミへ!!どうぞゆっくりしていって下さい!」
「え、えっと…ありがとうございます。あの…ここはどういう島なんですか?」
青年の勢いに戸惑いながらもアスルが尋ねると、青年は待ってましたとばかりに言葉を継いだ。
「ここはルザミ!世間にはこの島の存在すら知らない人が多いのが現状ですが、
実にもったいない!!ここには都会の人間が求めてやまない癒しがあります!
手つかずの自然が、ゆったりと流れる時間が、潮騒が奏でるメロディーが、
海の幸があります!!認知さえされれば、観光地として、はたまた移住地として
爆発的な人気を得られるポテンシャルを秘めているのですッ!!」
青年の立て板に水を流すような熱弁に、アスルたち一行はあっけにとられていた。
「はっ…すみません、一人で盛り上がってしまって。私、ここの住人でコペルと申します。
皆さんは、どちらからいらしたんですか?」
我に返った青年・コペルに尋ねられ、アスルは仲間たちの顔を見回してから
コペルに向き直った。
「ぼくはアスルといいます。アリアハンの出身で、仲間たちと共に魔王討伐を
目指して旅をしているところです」
「なんと…魔王討伐!それはそれは…ご苦労様です」
「あ、いえ…」
コペルに頭を下げられ、アスルも反射的に頭を下げる。
「わたしはエレナです。こちらには、ある方の紹介で伺いました」
「あたし、ラン!」「私はレオンと申します」
仲間たちもそれぞれ自己紹介をする。
「ほう!ここを紹介してくださるとは、その方はなかなかお目が高いですね!!」
「ええ…とても素敵な方でした」
海賊の女頭領と特に仲良くなったエレナは、彼女を思い出して柔らかな微笑みを浮かべた。
「それで、いかがですか?この島は。楽しんでいただけていますか?」
コペルに尋ねられ、アスルは言葉を詰まらせる。
確かに自然豊かで景色はいいが、特に何か特徴があるようにも思えず、
さらに島民も目の前にいるコペル以外は気力を失っているように見える。
それをそのまま、こんなにルザミを愛しているコペルに伝えていいものか…
逡巡している間にランが歯に衣着せぬ言葉を放った。
「何もなくてつまんない。あと、みんな目が死んでる」
「ラン!!失礼でしょ!す、すみませんコペルさん…!」
エレナが慌ててたしなめ、ランに代わって謝罪した。おそるおそるコペルの反応を伺うと、
彼は特に気分を害した様子もなく、考え込んでいる様子だった。
「ふーむ…確かに、子供にしてみれば現状ではつまらなく感じるかもしれませんね。
何か改善策を…そうだな、ブランコや滑り台などの遊具を設置してみるのもいいかもな…」
「お、いーぢゃん、それ!おもしろそう!!」
「うん、お嬢ちゃん、貴重な意見をありがとう!」
盛り上がっているランとコペルのやりとりを見て、他の三人はほっと胸を
なで下ろしていた。
「目が死んでるのは…まぁ、仕方ありません。ここは世間から忘れ去られて
久しいですから。ですが、この島の魅力を世界に発信することができれば、
島の人々もきっと活気と自信を取り戻せるはずなのです!!」
拳を握って天を仰ぐコペルの背後には、ベギラマのような炎が見えるかのようだった。
アスルは気圧されながらも、その情熱に少し畏敬の念を抱きつつあった。
「そうだ…皆さん、少しお時間ありますか?
よろしければぜひご案内したい場所があるのですが」
コペルの勢いに押されるかのように、アスルたちはその後についていくことになった。

「わぁ…綺麗!」
エレナは目の前の光景に瞳を輝かせ、感嘆の言葉をもらした。
コペルが案内した小高い丘には、青、黄、赤、薄桃…海風に揺れる多彩な花たちが
一面に咲いていた。
「どうです、ちょっとしたもんでしょう?」
コペルは自慢げに鼻を鳴らしている。
色とりどりの花と、抜けるような青空。その間にキラキラと輝く透明度の高い海が加われば、
花を愛するエレナはもちろん、花への関心は人並みなアスルとレオンも、
花より団子なランでさえも思わず心躍るというものだ。
「すごーい!」
「これは見事ですね」
ランとレオンが感動を口にする横で、アスルはふと目に留まった足下の小さな青い花に
しゃがんでそっと触れた。
「エレナに似合いそうだな…」
「えっ!?」
「あ、あっ、そ、その…!!」
思わずもれた独り言がエレナ本人に届き、アスルもエレナも真っ赤になって動揺している。
その様子をめざとく見つけたランの目と八重歯がキラリと輝いた。
「アスル〜どうせこの花がエレナに似合いそうだとか言ったんだろ〜?」
「ええっ!?なんでわかったんだよ!!」
アスルは思わず叫んでから、墓穴を掘ったことに気づいて頭を抱えた。
エレナはますます赤くなっている。レオンはにこやかに見守っていた。
「ははは、この花たちは自然に咲いたものですから、少しなら摘んでいただいても
かまいませんよ」
コペルの言葉に、アスルは気持ちを立て直すかのように顔を上げた。
「…ありがとうございます、それじゃぁ…お言葉に甘えて」
そして足下の青い花を1つ、優しく丁寧に摘み取り、エレナに向き直った。
エレナは顔を赤くしたままアスルを見つめている。
「か、髪に…飾らせてもらっても良いかな?」
「は、はい…っ」
エレナは帽子をとり、アスルが花を飾りやすいように少し俯いた。
アスルはぎこちない手つきで、エレナの左のこめかみのあたりにそっと青い花を挿し込む。
上目遣いにアスルを見るエレナの表情は「どうですか?」と問いかけていた。
想像通り、いや想像以上にその花はエレナの髪に映えていて…
アスルはまるでアストロンにかかったかのように動けなくなってしまった。
「おい、アスル!なんとか言いなよっ」
ランに肘でわき腹をつつかれて、ようやく硬直が溶けたアスルはしどろもどろに
なりながらも素直な気持ちをエレナに伝えた。
「えっと…その、似合ってるよ、すごく…」
「…あ…ありがとうございます…!」
エレナの輝く笑顔は、背後で咲き誇る花々の一部のようだった。
そんな二人のやりとりを、ニヤニヤしながらのラン、ニコニコしながらのレオンと共に
見ていたコペルは、ふいに何かを思いついた様子で手を打った。
「今の時間なら…そろそろだ!もうひとつ、お勧めの場所があるんです。
一緒に来てくれませんか?」

コペルが花畑に続いて案内したのは、海岸から少し離れた小さな島へと繋がる、
海に浮かぶ道だった。
「あれ、ここは…」
島を散策していた時に通りかかった覚えがある場所だったが、見える景色が
少し違っていることにアスルは気づいた。
その時は、海の中に小島があったのだが、今はそこに続く道が出来ている。
その島の中央に、木で作られたアーチの先にぶら下がった小さな鐘があったので
印象に残っていたのだ。
「この道は、潮が満ちている時は海に沈んでいます。しかし、潮が引くと現れ、
あの小島までを歩いて渡ることが出来るのです」
「まぁ…なんだか不思議ですね」
エレナは自然の神秘に魅了されたかのようにその道を見つめた。
「ほら、あそこに小さな鐘があるでしょう。ここをお二人で渡って、
一緒に鳴らしてみてください。きっと良いことがありますよ」
コペルが得意げにそう言って親指を立てた。
「え、二人でって…」
「もちろんアスルさんとエレナさんのお二人です」
言われて二人は顔を見合わせる。
「ロマンチックで、なかなか良いデートスポットでしょう?」
「デッ…!!」
二人の顔が同時に紅潮した。その反応にコペルは首を傾げる。
「おや?お二人はおつき合いされているんですよね?」
「え…えええっ!?」
当然そうだと思っていたコペルにしてみればただの確認のようなものだったのだが、その言葉は
アスルとエレナの顔を軍隊ガニもかくやというほどさらに赤く染めるのに十分だった。

互いに想いを寄せ合っていて、そのことはランやレオンをはじめ周囲にはとっくに
気づかれている。初対面のコペルにさえ分かるほど分かりやすいのだ。
しかし初めての恋に戸惑う当の本人たちは片想いだと思いこんでおり、
自分の想いが相手の負担になるのではという不安、伝えて関係が壊れることへの
恐怖などからそれぞれの胸に秘めている…つもりでいる。
それが今現在のアスルとエレナの関係だった。
だが、二人は挙動不審にはなっているが否定はしなかった。
“付き合っている”という事実はないが、心の奥にある願望が否定することを拒んだのだ。
「っていうか…そう思って当然だよねぇ」
普段からそんな二人をじれったく思っているランは大げさなため息をつきながら呟く。
「まぁまぁ!アスル、エレナ、せっかくコペルさんがお勧めしてくださったのですから、行ってきたらどうですか?」
レオンがランの肩をぽんぽんと叩きながら二人に促した。
コペルに説明しようとするとややこしくなるので、そのまま二人を恋人同士だと
思っていてもらった方が早いと判断したのだ。
二人は火照った顔を見合わせながらも、決して嫌なわけではなかったので
「…行こうか」
アスルが言うとエレナは小さく「はい」と答えて頷いた。

潮が引いて間もないその道はまだ柔らかく、やや歩きにくかった。
エレナのおぼつかない足取りに気づいたアスルは、
「大丈夫?」
と、無意識にではあったが手を差し出す。
エレナは驚いて目を見張り、また頬を染めたが
「ありがとう…ございます」
ゆっくりとその手を取った。
その手の柔らかさに『ぼ、ぼくは何を…!!』と正気に戻ったアスルだったが、
今更手を振りほどくこともできず(むしろしたくはなかった)そのまま
どぎまぎしながら無言で小島を目指した。
ほどなくしてたどり着き、石で造られた短い階段を上る。鐘に下がった綱を二人で持ち、静かに引いた。
海原に溶けるように、澄んだ鐘の音が響きわたる。
振り向けば、真っ青な海の中に渡ってきた道だけが白くまっすぐ、対岸へ続いていて…
花畑とはまた違った自然の織りなす美しさに、二人はしばし目を奪われた。
「綺麗…」
「うん…」
アスルとエレナはコペルに対する気遣いからではなく、心の底からこのルザミを
素晴らしい場所だと感じていた。

「おーい、エレナ〜アスル〜!!」
ランが小島からこちらを見ている二人に呼びかけながら手を振っているのを
にこやかに見守っていたレオンの横で、コペルがまたなにやらブツブツと言っている。
「…この道を共に歩いたカップルは、永遠に結ばれる…」
「え、そのような言い伝えがあるのですか?」
「あ、いえ、私が今考えたんです。そういう噂が広まれば、
ここを良い観光名所にできるのではないかと」
あっけらかんと答えるコペルにレオンは苦笑いを浮かべたが、
「…でも、あの二人なら…それを本当にしてくれるかもしれませんよ」
手を振り返すアスルとエレナを遠くに見ながら微笑んだ。
「それにしても…コペルさんは本当にこの島がお好きなのですね。
こちらで生まれ育ったのですか?」
レオンが尋ねると、コペルは少し気まずそうに目を伏せた。
「…実は私は、元々ここの人間じゃないんです。遠い国で、天文学の研究をしていたのですが…
発表した研究結果に異論を唱えられ、結局嘘つき呼ばわりされてこの島に流されたのです」
「えっ…!?」
意外な過去にレオンは驚き目を見張る。その表情に憐憫の色を見たコペルは
あわてて首を振った。
「あ〜いえ、お気遣いなく!もうずいぶん前のことですから!!
…確かにここに来たばかりの頃は、何もする気が起きないほど落ち込んでいましたが…」
抜けるような青空を仰ぎながらコペルは口元に笑みを浮かべる。
「ここでの生活が、そんな私の暗澹たる思いを浄化してくれたといいますか…」
ルザミに流れ着いた頃のコペルは絶望に打ちひしがれ、無気力だった。
だが、都会で寝食を惜しみながら日々研究に明け暮れていた頃とは真逆の、
ゆっくりと流れる時間。過去のことを何も詮索せず、静かに受け入れてくれた住人たち。
同じようでいて毎日違う表情を見せる空と海をはじめとした豊かな自然。
それらがコペルの心を少しずつ癒し、動かし、やがて活気を取り戻させた。
「まぁ早い話が、好きになってしまったんですよ。この島が!」
歯を見せて笑うコペルにレオンは安堵し、再び微笑んだ。
「天文学は今でも好きですよ。ここは前にいた所より、ずっと綺麗に星が見えますしね。
でも今の私には、自分の研究を世間に認めさせるよりももっと大切な夢ができました。
この島を…忘れられた島と呼ばれるこのルザミを、人々にとって忘れられない島にすることです!」
コペルの力強い宣言を、感銘を受けながら聞いていたレオンの脳裏に不意に
幼なじみの少女・リーズの顔が浮かんだ。
「そうだ…!私の友人に、商人をしている娘がいましてね。
その娘なら、きっとここをさらに発展させる良い案を出してくれると思いますよ。
よろしければ私から話しておきますが」
「おお、それはありがたい!ぜひよろしくお願いします!!」
コペルとレオンは力強い握手を交わした。


それから数年の後、ルザミは大きな発展を遂げることになる。
観光で訪れて魅了され何度も通う者も少なくなく、
そのうち移住までしてしまった者も一人や二人ではなかった。
ルザミが世間に知られるようになったその背景には、世界を救った勇者と
その仲間たちが旅の中で立ち寄って素晴らしい時間を過ごしたという触れ込みと、
後に大商人として名を残すことになるリーズによる的確な助言、
そして何より、島の代表者となったコペルの情熱があった。
中でも人気を集めたのは、アスルとエレナが手を取り合って渡ったあの海に浮かぶ道だった。
勇者と、その仲間で後に妻となった僧侶がかつて共に歩いたことがあるという話が広まり、
恋愛のパワースポットとして多くの観光客が訪れるようになったという。

忘れられた島。そう呼ばれていたルザミはコペルが望んだとおり、
人々の心に残る忘れられない島となったのだった。

 


DQ男女カップルオンリーWebイベント「心にときめきを」用に書きました。
実は何年も前からぼんやりと話は考えていたのですが、なかなかまとまらず…でもついに形にできて嬉しいです!
コペルはルザミにいる「それでも地面は回っているのです!」と主張していたあの人です。
(名前はコペルニクスからとりました。セリフ的にはガリレオ・ガリレイがモデルなのかもしれませんが…)
ゲーム中では島流しになって悔しがってる感じですが、この話ではそれを乗り越えて新たな夢を見つけた姿を描きました。
潮の満ち引きによって道が消えたり現れたりする場所は全国各地に割とあるようですが、
わたしは小豆島のエンジェルロードに実際行きまして、その素敵な風景を思い浮かべつつ書きました。
リーズは街を作り発展させた手腕が認められて、後に大商人になる予定です。
ちらっと出てきた、エレナと海賊の女頭領の交流については、以前出した同人誌「紅玉の輝き」に収録している
小説の中で書いていますので、興味おありの方はご覧いただけると嬉しいですv


(23/11/17)

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