女神のお小言


合戦が一段落した。自軍に大きな被害がなかったことにひとまず安堵したセリスは、負傷兵が治療を受けるための
テントへと向かった。セリスも傷を負ってはいたが、自分の足で歩けるし痛みも大したことはない。
セリスは自身の傷の回復を一人の少女に任せている。仲間たちはそれを知っているので、気遣いの言葉や
視線を向けることはあれど、よほどの重傷ではない限り回復の杖を使える者であっても治療を申し出ることはない。
声をかけてくる仲間たちと軽く挨拶やねぎらいを交わしているうちに目的地に到着した。
セリスは夕日を映したような髪を捜す。その髪の持ち主こそが、セリスが回復を任せている少女…
幼なじみのシスター・ラナだった。

ラナはちょうど一人の兵士の手当を終え、仕上げに回復の魔法をかけているところだった。
彼女の邪魔をしないように静かに近づく。杖から放たれる柔らかい光に包まれた傷は見る間にふさがってゆく。
何度見ても神秘的な光景だとセリスは思う。この杖とそれを扱う彼女に、自分も仲間たちも何度も命を救われている。
時々、女神なのではないかと本気で思ってしまう。
「はい…終わりました。もう大丈夫ですよ」
まさに女神を思わせる微笑みを、ラナは兵士に向けている。セリスは少しだけ胸がもやつくのを感じた。
「ありがとうございます!いやぁ、ラナ様の回復魔法は最高ですね!」
すっかり元気になった兵士は顔を輝かせ、ラナに接近した。
ラナの手をとらんばかりの勢いに、セリスは思わず間に入りそうになって思いとどまる。
「そんな…お大事になさってくださいね」
ラナはにこやかに微笑むが、一歩引いて兵士とは適切な距離を取っていた。セリスはほっと息をつく。
「いやぁ、でも…こうしてラナ様に回復してもらえるなら、怪我をするのも悪くはないですねぇ〜!」
兵士は鼻の下をのばしながらそんなことを言い放った。セリスの胸のもやつきはさらに強くなった。
「まぁ!そんなことを言ってはいけません!!」
だがラナは照れるでもなく、少し眉を寄せながら強めの口調で兵士をたしなめた。
「怪我はしない方がいいに決まっています。貴方が傷を負えば貴方の大切な方々も、セリス様も悲しまれます。
もちろんわたしも、貴方に傷ついてほしくありません…どうか無茶な戦いはなさいませんよう」
「…は、はい…すみません」
兵士はばつが悪そうに頭を掻きながら謝罪した。少ししょげているのは、叱咤されたからというよりは
ラナへのさりげないアプローチが全く気づかれなかったからというのが大きいだろう。
兵士の言動にラナへの下心を敏感に感じ取っていたセリスは、内心胸をなで下ろしていた。
基本的には慎ましやかなラナだが、時に相手の年齢や身分が上だろうと自分の意見をはっきりと告げることがある。
だが大抵、その言葉には説得力があり、相手を思いやっての発言であると伝わるものだった。
だからこそ、自身も時折お小言を頂戴する身ではあるが、セリスはそんなラナの気質を好ましく思っていた。
「ラナ。私の回復も、お願いしていいかな?」
セリスは少し間をおいて話しかけた。
「セリス様…!まぁ、大変!すぐ手当しますのでこちらに」
ラナはセリスの怪我を確認すると、急いで傷口を洗う準備を始めた。
「ご苦労だったね。これからも気をつけて、よろしく頼むよ」
セリスは頭を下げて立ち去ろうとする兵士に笑顔で声をかけたが、その目の奥は笑っていなかった。
兵士はセリスからただならぬ圧を感じ、そそくさと逃げるように駆けていった。

「終わりました。セリス様、どこか痛むところはありませんか?」
セリスにライブをかけ終わったラナは心配を顔ににじませながら問いかけた。
「ありがとう、ラナ。大丈夫だよ」
セリスはラナが自分の身を案じてくれる喜びを噛みしめながら、安心させるように微笑みかける。だが…
「…ちなみに、さ」
決してラナが悪いわけではないが、先ほど少々もやもやとさせられたことへのささやかなお返しとばかりに、
少し意地悪な表情になったセリスは言った。
「ぼくもラナに回復してもらえるなら、怪我するのも悪くないって思ってたりするんだけど」
「…!!」
ラナはセリスが兵士とのやりとりを聞いていたことを理解し、まず驚きに目を見開いた。
「そ、そんなことを…言われては困ります…」
それから見る間に顔を紅く染め、目をそらしてやや俯いた。
先ほどの兵士とは明らかに違う反応は、ラナにとって自分が『特別』である証。
それがセリスにはとても嬉しく、思わず頬がゆるんでしまう。
「でもセリス様」
ラナは気を取り直すかのように顔を上げ、少し拗ねたような目でセリスを見た。
「立ち聞きは感心しませんよ」
「…うん…ごめん」
結局、お小言を頂戴してしまったセリスだった。


サイト25周年記念企画で書いたものです。いつぞやの「FEサイファ」のカードでラナがモブキャラを回復させている
絵柄があったので、そこからセリラナ妄想を膨らませてみました。モブ兵士には当て馬になって頂きました(笑)
控えめだけど時に芯の強さを感じさせるラナが好きなんですv(「わたしにはわたしの戦い方があります!」とか)
セリス様はラナに小言を言われても喜んでそうです(何)

(25/3/13)


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