クルトの秘密・1

 

それを見つけたのは、我が家の倉を整理していた時でした。
大きな木箱についた大きな錠前は壊れており、簡単に蓋を開けることが出来ました。
といっても、その際巻き上がったものすごい埃で、しばらくは目があけられなかったのですが。
中には、豪華な作りの額縁に入った絵が3枚。
「勇者…ロト……」
一番上にあった一枚に描かれた人物はすぐにわかりました。
今はそのほとんどが人間の良き友で、人間を嫌うものは人間が足を踏み入れる
ような場所には姿を現さないモンスターたちが、獰猛で数も多く、人間を
襲うものばかりだった時代。この世には人々を苦しめ、世界を我が物にせんと
たくらむ『魔王』なる者が存在していたそうです。
その魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらしたのが勇者ロトなのです。
その英雄の絵が我が家の倉にあることに、疑問を感じる方もいらっしゃるでしょうか?
いえ、別に不思議なことではないのですよ。
当家はその勇者ロトの血を受け継いでいるのですから。
もっとも、それは当家ばかりではありませんし、第一それから300年も過ぎた今、ロトは
伝説の英雄として語り伝えられているものの、多くの人はよく知らない、というのが現状です。
ですから、残念ながら自慢できるほどのことではないのです。

さて、2枚目の絵には、4人の若者が描かれていました。
男女各2人ずつで、男性のうち一人はこれもまたロトでした。
そして最後の3枚目には男女が並んで描かれていました。
その男性の方はやはりロトでしたが、今度は女性の方にも見覚えがありました。
わたくしは今見た2枚目の絵をもう一度眺めました。そうです、やはり間違いありません。
この女性は、2枚目の絵に描かれた女性2人のうちの一人だったのです。
そしてわたくしは理解しました。2枚目の絵はロトとその仲間たちを描いたもので、
3枚目の絵はロトとその妻を描いたものなのだと。
「なるほど、ロトは仲間の一人と結ばれたわけですな…」
そしてわたくしは、再び3枚目の絵を見ました。そこに描かれてた2人は互いに手を取り合い、
とても幸せそうに穏やかな微笑をうかべていました。
何故だか分かりませんが、わたくしは知らぬ間にその2人の姿に心を打たれていたのです。
わたくしはしばらく、魔法にでもかかったようにその絵を眺めていました。
「おい、クルト。いつまでやっている?」
わたくしの思考を現実に引き戻したのは、上の兄の声でした。
「ああ、すみません。思わず横道にそれてしまいまして、まだ掃除、終わっていないのですよ」
「何ぃ?ったく、お前はどうしようもねー奴だな」
そう言ったのは下の兄です。しかし、そんなことは気になりません。兄たちは
きちんとした職にもつかず道化の真似事をしているわたくしを馬鹿にしておりますから、
このようなことは言われなれているのです。
「あれ、お前何持ってるんだ?」
下の兄が倉に入ってきて、わたくしが持っていた絵を取り上げました。
「これは…ロトだな。この隣の女は、ロトの嫁さんか?」
「そういえば…昔じいさんから聞いたことある」
絵を覗き込みながら、上の兄が口を開きました。
「世界に平和を取り戻した勇者にロトの称号を与えた当時の
ラダトーム王は、ついでに自分の娘とロトを結婚させようとしたらしい。
だがロトはそれをキッパリと断ったそうだ」
「へぇ?なんでまた?」
下の兄が心底不思議そうに聞き返します。
「ロトは共に旅をしていた仲間の1人と相愛だったらしいんだ。
ところがその娘というのが小さな田舎村の出にすぎず、
王族や貴族といった高貴な血など一切引いていなかったそうだ。伝説となる英雄の
称号を継ぐものがそんな娘と結ばれるのは望ましくないと、王はロトを説得しようとした…
ところがだ、彼はそれならロトの称号など要らない、と言い出したらしい」
「おいおい、正気かよ?ロトの称号を受けることがどれだけ名誉なことかわかってんのか!?」
「わたしに言われても困る。文句ならロト本人に言ってくれ」
「それで、どうなったのです!?」
続きが気になって気になって、わたくしは上の兄をせかしました。
そんなわたくしが珍しかったのか、上の兄は少し戸惑ったような表情を
見せましたが、一つ咳払いをした後続きを話し始めました。
「王はロトのその娘への強い想いに心を打たれたのか、最後には2人が結ばれることを
国をあげて祝福したという。だがある時、2人もその仲間たちも、ラダトームから忽然と
姿を消したらしい。その後の彼らの消息は一切知れなかったそうだ……」
「ふ〜ん…ん?待てよ、もしロトが王女様と結婚してたら、ロトはラダトームの王になって
たってことだよな?そしたら、オレたちも王族になってたってことじゃねーか!
か〜っ、ロトももったいねーことするぜ、子孫のことも考えてくれよな〜!」
心底悔しそうにそう言って舌打ちをする下の兄の横で、わたくしは思わず
顔がほころぶのを感じていました。ロトもなかなかやるではありませんか。
遠い存在であったはずの英雄ロトが急に身近に感じられました。
そして思ったのです。
会ってみたい、ロトに。ロトが何よりも大切に想った少女に……。

それが、それまでの平凡な日常から抜け出す鍵になったのです。

倉から出ると、それまで暗いところにいたためか太陽の光がひときわまぶしく感じられました。
「すみませんが、少し出かけてきます」
「おい、どこに行く気だ?」
下の兄の問いかけに、わたくしは少し考え、そしてこう言いました。
「そうですなぁ…すぐに帰ってくるかもしれないですし、2度と帰ってこないかもしれませんな」
「はぁ?なんだそりゃ」
わたくしがいつも通り笑っていたので兄たちは冗談だと思ったのでしょう、
それ以上は何も言わず家の中に入っていきました。
わたくしはしばらくそのまま見つめていました。
もう戻ることがないかもしれない我が家を…――。


「…はて…ここは……」
わたくしは気付くと街の中にいました。
ここがロトのいた世界なのでしょうか…?
目の前には大きな建物。看板には"出会いと別れの酒場 ルイーダの店"と書かれています。
「酒場ですか…何か情報が得られるかもしれないですな」
わたくしはドアをあけて中に入りました。
そこは酒場らしく騒がしかったのですが、飲んだくればかりではなく、酒には縁のなさそうな
若者たちも多くいました。ただの酒場ではない、とわたくしは直感的に悟りました。
色々見回していますと、店主と思われる色っぽい女性と、旅人の姿をした少年が
カウンター越しに話しているのが目にとまりました。
「…!?」
その少年の顔には見覚えがありました。
そう…ロトです。絵で見た姿より幾分頼りなく、あどけない顔つきをしていますが、
間違いありません。それを裏付けるかのようにわたくしの血が熱く脈打ちました。
同じ血に共鳴しているのでしょう。全身からどっと汗がふき出してきます。
まさか、こんなに早くに会えるとは……
しかし戦いを終えた後のロトに会うつもりだったのですが、今の彼が身につけた旅人の服は
真新しく、旅の途中に立ち寄ったと言う風には見えません。
恐らく、今から旅に出ようというところなのでしょう。
う〜ん、まぁあの人の術ですから…多少のズレは仕方ないかもしれませんね。


「何?そんな理由で過去に行きたいというのでおじゃるか?」
「いけませんですか?」
「いや、お主がよいならそれでよいが…二度と帰ってこれないかもしれないんじゃぞ?
なにせロトの時代のワシのご先祖様は相当な堅物だったらしいしのぅ…
お主がどんなに頼んでも、こっちには戻してくれんかもしれん」
「それなら向こうの時代で一生を過ごしますですよ。それも悪くはないでしょう」
「相変わらず軽いのぅ、お主は…」
「お互い様ではないですか」
わたくしは我が家を後にし、知り合いの大賢者、テトを訪ねました。
ありとあらゆる呪文を身につけている大賢者……といっても彼自身の性格はいたって軽く、
わたくしの『ロトに会いたいから時空移動の秘術でロトの時代へ行かせて欲しい』という
頼みもほぼ2つ返事で承諾してくれました。
もっとも、その理由を聞いて少しあきれたようでしたが…。
「けれどわかっておろうな?歴史を変えるような事はしてはならぬでおじゃるぞ。
あまりロトに近づきすぎてお主が子孫であることを悟られでもしたら…
下手をするとお主の存在自体が無くなってしまいかねぬ」
「わかっていますとも、わたくしもそこまで馬鹿ではありませんぞ」 

 

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