生きる者達と死せる者達へ祝福を 第二章・怒りと悲しみの矛先は(糸蒟蒻さん・作)

 


 クレアとの出会いから2ヶ月たった秋の深まる日……、傭兵兄弟の兄、カナメは頻繁にクレアの家に立ち寄っていた。
「別にクレアさんに会いに行っているわけではない」とは彼の弁ではある。  この弁は半分は(一応)正解である。
なぜなら彼はクレアに料理を習いに行っているからである。
 二ヶ月前に食べたクレアの手料理と、いつも食べている自分の料理の格差に半分ショックを受けていたのだ。
 そして、今日までの努力で、前以上のもの位は作れるようになっていた。
「そういえば……前から聞こうと思ってたけど……貴方、どうして料理を作りたいと思ったのかしら?」
「え?」
 その日、毎度のことながら、キッチンで料理を習っているときに、カナメはクレアの言葉を唐突に聞いた。
「あ、御免なさい……何を聞いているのかしらね。」
「……何でだろ?いつの間にか作ってたって感があるしな〜〜。」
 カナメの答えは、ある意味クレアの期待道理の答えではあった。
が、しかしそれでもため息を禁じることが出来ていないのは、彼の性格を少しは分かってきたせいではあった。
「貴方……本当は傭兵なんてやりたくないんじゃないかしら?」
「否定はしませんよ。むしろしたくないって感じかな。まぁ、俺とあいつ……テツトが生きていくための
手段だからしょうがない……ってところがあることはあるかな……」
 苦笑いと共に、そう言った彼の言葉と表情に、クレアはカナメの悲しみを感じていた。
「それじゃあ、どうしてこんなことを……?」
 思わずそう行った後、はっとして手を口に当てた。
「親に捨てられたんですよ。」
「え?」
カナメの言葉に今度はクレアが驚く番だった。
「8年位前だったかな……俺たちの国で大飢饉が起こったんだよね……んで、食い扶持減らすために
俺とあいつが半殺しの目に合って、親に捨てられた。」
 カナメのあっけらかんとした言葉にクレアは「そんな能天気に言うことじゃない」と思う反面、
「何だ、そういうことか。」とつい思ってしまう所が合った。
「捨てられた後は当然親とか村の連中に対する復讐とか考えたよ。だけど、自分が生きるために他人を捨てるって
言うのがそんとき当然の考えだったから……って考えるようになったのは傭兵になって2年ぐらい経ってからかな……」
 思い出すように呟くカナメを見て、クレアは何も言えなくなる。
「恨みが残ってないと言えば嘘になるよ。まぁ、そりゃ、親に対する恨みは……多分無いかなって思う……
上の連中に変わった……用は親にこんなことさせても何もしない国王連中に対してムカツクってのは今でもあるよ……」
「そんなことが……」
「昔のことだって。そんなに気にすること無いよ。それにさ、傭兵になっていいこともあるんだぜ。」
 右手を上下にパタパタと振りつつ、カナメはクレアに笑顔を見せる。
「え?」
 そのカナメの言葉に、クレアはまた驚いた表情をする。
「だってさ、クレアさんみたいな超美人に合えたんだもん。」
「コラ!オバサンをからかわないの!」
「嘘じゃないって。」
 表情を変えずに、さらにたたみかける。かと思えばすぐに笑い始めた。
「ど、どうしたの?」
「いや、あまりにもリアクションが……そ、その……可愛いものだから……外見とのギャップありすぎ……」
口に手を当てて、笑いを無理矢理押さえ込もうとしているのは、彼なりの気遣いだろうか……。
そう思うとクレアも笑いがこみ上げてきた。  数分笑いつづけたあと、クレアはふと思う。
(こんなに笑ったのは久しぶりね……)
 と。近所にすむ学生時代からの友人にも、「こんなときにこんなことをいうのは酷かもしれないけど、
ヤングのことを 想っていても生き返るわけじゃない。忘れることはできなくてもいいから、
あなたは前を向いてあなたの人生を歩みなさい。」と。
 今すぐは前を向いて歩くことはできないかもしれない。だけど……いつかは歩くことはできることぐらいは期待できる。
 クレアはいつのまにか、そう確信していた。

 

「それじゃ、また、今度お願いします。」
「ええ。たまには酒場にも顔を出してね。」
「多分、出せませんよ。俺、酒はだめだしあいつは未成年ですからね。」  
夕刻頃、カナメは苦笑いを浮かべつつ、そう言った。
「そう……なら、しょうがないわね。」
「さーて、テツトでもからかいにいこっかね……」
 そうつぶやきながら、家の前を立ち去った。
(まったく、変わった子ね。私みたいなオバサンを相手にしなくてもいいのに……)
 そう思ってカナメの方向を見ると、当の本人は三つ編みを揺らして自宅に帰る姿であった。

 

同時刻頃、フェンネル地区のシアター付近で一つの馬車が慌てたように王城方面へと駆けていた。
「はぁっ!」
その馬車に乗っているのは、長身で170センチあるかないかの、白に近い色の髪をもち、おおよそ男勝りとしか
言えないと言った感じの女性だった。
「!フェート!止まって!」
その女性は、目の前に金色の物陰が見え、目の前で馬車を引いていたフェートと呼ばれる馬にそう合図した。
そしてその女性は、いかにも怒り心頭と言った感じで、その金色の物体を見た。
それは、西洋人風の傭兵で金色の髪を持ち、身長はその女性よりもやや高い程度であった。
その隣に、栗毛の髪の少女がいた。おそらくその二人はシアターでのデート帰りをしようとしたところであったのであろう。
「てめぇ!なんてところを歩いていやがる!危うくはねるところだったろうが!」
女性は、その金髪傭兵に、大声を上げてそう詰め寄った。普通の人間だったら真っ青になって許しを乞うような
表情と声であった。
「何だと!テメェこそ人様が歩く天下の公道で飛ばすなんて非常識もいいところだぜ!」
「ア、アランさん!」
アランと呼ばれた傭兵は、女性のそんな声にひるまず、そして一緒に居た少女の静止を聞かずにそう返した。
そのうち、取っ組み合いが始まりそうな状況の中、野次馬が次々と現れてきた。
「何!こっちは非常時なんだ!とっととどきやがれ!」
「待て待て二人とも!」
剣呑とした状況に、割り入ってきたのは、アランと呼ばれた男と同じく傭兵風で、身長は165程度の
少年と呼ぶよりは、青年と呼ぶにふさわしい年頃を感じさせた。
「アラン。熱くなるのはいいが、時と状況を考えて行動しろよ。」
「テツト……お前だったのか」
アランは、テツトの声でようやく冷静に戻る。彼の近くにはテディが居た。二人もデートの帰りのようだった。
「それに、そっちのアンタ……えーっと……」
「ジーン、ジーン・ペトロモーラだ。」
「そうか。緊急の用事だからこそ、馬車を飛ばしてたんじゃないのか?」
その言葉によって、ジーンと名乗った女性は「しまった!」という表情になる。
「怪我人か?ならここに医者見習がいる。とりあえず、応急処置、させとくか?」  
テツトはそう言いつつ、馬車の中を覗くしぐさをする。
「いや、ある程度の処置はしている。が、一応、見てもらったほうがいいかもな。ここまで飛ばしすぎたからな。」
「わかりました。」  
テディはそう言った直後、馬車の中に入っていった。
「まったく。お前、熱くなりすぎ。」  
それを確認した後、テツトはアランの顔を睨み付けた。
「すまん。お前に言われて反論できないぐらい熱くなりすぎていた。反省する。」
「まったく、そうですよ。もうちょっと冷静になってください。」  
アランの近くに居た栗毛の少女は、テツトの言葉に賛同した。
「ソフィア……すまん。」
「テツトさん!ちょっと、いいですか?」  
そのとき、馬車の中から、テディの声が聞こえた。
「どうしたの?」
「ええ。とりあえず、私はジーンさんと一緒にこの人を病院に連れて行こうと思いますのけど、馬がばてちゃってるんです。
だけどここから病院に歩いていくとなると、かなりの距離になるので……」
「ああ、そういやそうだな。」  
テツトはテディの言葉で、フェートと呼ばれる馬の方向を見る。
「で、患者さんの状態は?」
「出血こそ多いですけど、命に別状は無いです。……今のところは。」
「出血多量で死ぬ確立があるということか。」
「はい。」
「分かった。アラン!」
「何だ?」  
テディの言葉に、ソフィアと呼ばれた少女とともに野次馬の処理をしていたアランがテツトの近くにきた。
「お前の足首の強さを借りたいんだ。ちょっと宿舎まで走って俺の馬を連れてきてくれねぇか?」
「馬の代わりだな。分かった。俺が来るまで持ちこたえてくれよ!」
「ジーンって言ったな。お前さんは病院に行って事情を説明してくれ。」
「分かった。」
「おい、そっちのお嬢ちゃん!アンタはテディの手伝いを頼む!」
「あ、はい!」  
テツトは周りに指示を与えた後、フェートに近寄り、疲れ具合を手で確かめてみる。
「この状態じゃダメか。」
「どうしたんだ?」  
その時、テツトの後ろで兄・カナメの声が上がった。
「?ああ、兄貴か。まぁ、この中を見てくれ。」
「成る程。で、馬の代わりぐらい用意できる状況になるんだろうな?」  
その言葉に従った直後、カナメは状況を理解した。 その時、アランが馬を連れてきていた。
「アランか。よし、馬を取り替える。カナメはこいつを元いた場所に連れて行け!」
「わかった!」

 

30分後……  
テツトの冷静な判断が功をそうしたのか、怪我をした者は、病院の検査でもしばらく入院をする程度で十分だった。
「それで?どうやったらあんな状況になるんだ?」  
事情を知らないカナメは弟達に聞いた。
「ああ……ジョアン・エリータス……って知ってるかい?」  
カナメの言葉に口を開いたのはジーンであった。
「知ってるも何も、かなりの有名人だぜ。権力だけで威張り散らしているただのバカだよ。
俺にも兄貴にもこのアランにも 他の連中にも威張り散らしてんだけど、それにムカついてキレるってのは
空しいだけだから完全に無視してるって状況だけど。」
「そ、威張り散らしているところを頭に来たやつがあいつ…ケルンとケンカになってね……半殺し直前の所を
オレが助けたってところだ。」
「そうか。」
「すみません……」  
ジーンの説明にすまなさそうに声をあげたのはソフィアだった。
「ソフィアだっけ?なんでお前が謝るんだよ。」
「ジョアンは私と婚約していて……」
「ああ、そういや、親が決めたことだっけ?確か、借金のカタとか言ってたな。」
「借金だぁ!?……そりゃあ……ヒデェ話だな」  
アランの言葉にテツトが驚いた声をあげた直後、ここが病院だという事を思い出し、声を低くする。
「あの男ならやりそうな事だな。」  
カナメは弟の言葉に賛同を示す。
「そんなことより、軍ってのはアンタたちみたいな傭兵が必要なほど腐ってるのかい?」
「まぁ、考えたことは無かったが、そうなるよな。」  
ジーンの言葉に、やや驚いたものの、アランが答えた。
「ふん……あんなエリート面がいるから俺たちみたいのが必要なんだ……」
「兄貴?」
「カナメさん?」
「ああ、すまん。もう俺たちがここにいる必要はないだろう。それじゃ、いくぞ!」
「あ、ああ。」  
ソフィアやアランたちには、この時の悲しそうに呟いたカナメの言葉の真意を聞く勇気が、そしてその方法は無かった。  
傭兵達が戦う先に、何があるのか。これはどんな優秀な占い師であろうとも、知ることが出来ないであろう……

 

 第3章へ続く

(01/7/16)


 

後書き  
長くなったであろう第二章、いかがでしたか?  
とりあえず、主役陣とオリジナルキャラクターを紹介します。  
主人公はカナメ・カワギシ(21歳)です。  根本的に学者肌の天才ですが、一応運動能力も持ち合わせています。  
この手(天才肌)の人格らしく、やや皮肉屋な所があったり無かったりにしたいです。  
名前の由来は、物語の要(中心人物)と言う意味を込めて。  

カナメの弟、テツト(18歳)は、兄と正反対のいわゆる「熱血バカ」ですが、兄の影響でそれなりに頭はいいですね。  
漢字で書くと鉄の人の通り、ややマッチョな体格で、当然カナメより身長は大きいです。  

今回初登場のアラン・ヴェルジェ(22歳)はカワギシ兄弟がドルファンに来る頃からの親友です。  
「熱しすぎず、冷めすぎず、状況にあわせた行動を」をモットーとした、クールなお兄さんです。  
出身は現在の北アメリカで、外見もそれらしい姿をしています。  
名前の由来は、過去に書いたSSのオリジナルキャラクターの流用だったりします。  

次回からが(多分)本格的なストーリーになります。  楽しみにしていただければ、嬉しいですね。  では、これにて。


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