生きる者達と死せる者達へ祝福を
第五章 時の流れの中で (糸蒟蒻さん・作)

 

(あの戦いからもはや一年……か。あっという間の一年だったな。)  
ベットの上で身を投げつつ、カナメは一年前の戦い……イリハ会戦の中であった出来事が走馬灯のように蘇る。
(明日を一周忌にするのか……クレアさん、辛い……だろーなー。)  
片手に持ったクレアからの一周忌の手紙に目を通しつつ、カナメはため息一つ。
「あっにっき!なぁにしてるんだ?」
「お前ね……」  
能天気そうに振舞う弟にさらにため息を付きつつもツッコミを入れる。
「お前みたいに能天気に振舞いたくても振舞えない性質なの。そんな事よりテディさんとはうまくいってんの?」
「え?あ、いや、その……」  
カナメの一言にテツトが慌てたような声になる。どうやら上手くいっていないようである。
「そんな事より、今はクレアさんでしょ?兄貴、明日なの?それとも明後日なの?大尉の一周忌。」
「明日。」  
弟の質問に一言答えてキッチンに向かう。
「悪いな。気ぃ使わせて。っと、誰か来たみてぇだな。」  
家のドアを叩くノックを聞き、カナメは一度手にとった包丁を生板に置いてそれをあける。
「あ、あの……カナメ・カワギシさんのお宅ってこちらでしょうか?」
「はぁ、そーですけど、アンタ誰ですか?」
見た目20代前半から後半の美しい女性にカナメは驚きと戸惑いの声でツッこむ。
「あ、ご、ごめんなさい。私、クレア・マジョラムの学生時代の親友で、アイリス・シーベンツと申します。」
「それで……クレアさんの親友が俺らに何の用ですか?」  
家の中に誘いつつ、カナメは用件を聞き出す。
「あの、勝手なお願いだと思いますけど、その、明日、クレアを慰めるのを手伝って欲しいんです。」
「はぁ。」  
アイリスと名乗る女性の前に紅茶を差し出しつつ、カナメは生返事をする。
その表情は、「んで……何でアンタが俺たちの事を知ってんのよ。」と言いた気である。
「あ、あの、クレアがよく貴方達の事を話していたから……」
「ああ。それで……とりあえず、どっちにしても目的は同じって訳か。」
「それじゃ……!」
「わざわざ頼みに来る必要も無いって訳ですよ。いや、来た方が良かったのかも……」  
カナメの言葉にパッと笑顔になるアイリスに、テツトが返事をする。
「まぁ……問題は、どーやって中佐さんを排除するか……だよなぁ……」
「中佐さん?」
「ああ、ヤング大尉の上官さん。」  
アイリスの言葉に弟と相談していたカナメは思い出したように付け加える。
「ああ、ヤングがよく話してたメッセニとか言う……」
「どーせあの人、軍議があるとか何とかでとっとと出ちゃうんじゃないの?」
「そういうもんかねぇ?」
「あの、そんな事より、お鍋がふいているようですが……」
「げ。」
アイリスの一言でカナメは台所に駆け足半分に止めに行っていた。
「ふぅ〜……そーだ!アイリスさんもお昼、どうですか?」
「あ、それじゃあ、頂きます!」

 

「石本殿。いくら上からの命令とはいえ……!」
「川岸殿……もう何も言わないでくれ!村の状況から判断してもこうするしか方法は無いのだ!」
満月の出ている夜、二人の男が言い争いをしている。近くには10歳程の少女が眠っていた。
「しかし……実の……」
「それ以上言うと貴公の首も落とさねばならん!」
石本誠一と呼ばれる男が川岸鉄平と呼ばれる男を払いのけ、片手に持っていた刀を眠っている少女に向ける。
「麗よ、すまん。分かってくれとは言わぬ。だが、村の為なのだ……」
そして石本は刀を振り下ろし……
「石本殿!」
「……これで、後戻りが出来なくなったな。」
川岸の悲痛な叫びを石本は涙を流しつつ、応える。
「お父さん……大声出してどうしたの?」
「!」
寝ぼけ眼で少年が入ってくる。
「要!お前……!」
「見ていたのか!」
「?俺はさっき鉄人が厠に行きたいって言うから……そしてら父さんたちの叫び声が聞こえたから……」
大人たちの言葉に応えつつも、要は地面にあったものを見つける。
「父さん……あれってもしかして……!」
「チッ!」
要の一言に、石本は舌打ちをしつつ、要に切り掛かる。
「! な、何やってんだよ!おじさん!まさか、麗を殺したのは……!」
「すまんな。だが、見られた以上は可哀想だがお前や鉄人も……」
「このッ!」
石川が刀を振り上げた瞬間、要が彼の腹に思いっきり殴り付ける。 そして石川がよろめいた隙をみて、
要は鉄人のいる厠へと走り出す。そうしなければ、自分は愚か鉄人も当然危ないからだ。
「待て!」
(何で……何でこんな事に……それにあそこにあったのは確かに麗の首だった……
叔父さんが麗を殺すなんて!嘘だ……こんなの嘘に決まってるけど……だけどここまできた以上、
鉄人を連れてどこか遠い所まで逃げなきゃ……)
「あ!兄ちゃん!」
「鉄人!行くぞ!」
目の前にいた少年の腕を掴み、引っ張っていく。
村を出てしばらくしてから、要や鉄人はついに刀や包丁を持った男たちに追い詰められてしまう。
「お父さん……?」
鉄人はまだ訳がわからないと言った感じで周りを見渡す。
「要。どちらにしてもお前達も麗と同じ運命になっていたんだ。それがただ早くなっただけなんだ。」
「クッ……この行動が息子に対する最後の愛だとでも言いたいのか!」
「すまんな。こうでもしなければやっていけないんだ。」
(どうする……?このままじゃ俺はともかく鉄人も……こんな大人に命乞いなんて御免だ。
だったら後ろの崖から落ちるか?……どっちにしても死ぬならば、自ら命を絶ったほうが
まだマシなのかな……?よし!)
「さあ、大人しくしてくれ。後味の悪さは軽い方がいいんだ。」
「悪いね。どっちにしてもアンタ達に殺されるつもりはないんだ!……ある訳がないんだよ!」
 叫ぶや否や、要は鉄人を崖に突き飛ばした後、自身の身を投げた……。

 

「!ここは?」
「おや、気がついたかい?」  
要が気がついた時、台所に立っていた女性が気がついた。
「!鉄人!」
「ああ、もう一人の子なら、もう気がついてるよ。……事情は鉄人って子から聞いたよ。
親に殺されそうになったんだってね。」
「……そうか。アイツも無事だったか。すみませんが、弟をしばらくここに置いていいでしょうか。」
「あの子だけじゃなくて、アンタも好きなだけここにいていいんだよ。あたし等は子供がいなくてね。
アンタ達を子供の様に可愛がりたいんだよ。」  
女性は微笑みながら、要の頭を優しく撫でる。
「……俺は……少なくとも俺個人は、そこまでしてもらう必要はありません。」
「どうしてだい?」
「……仇討ちをしなきゃ……やったって無意味だってことは分かってる。だけど、アイツを、麗を殺した
アイツを許すわけにはいかないんだ。だから、俺は、貴方に優しくしてもらう理由なんて、ありません。」
手を顔に当て、涙を流す要を、女性は優しく抱きしめた。
「駄目だよ。分かってるんなら、止めた方がいいじゃないか。仇討ち以上に、返り討ちに合う事をしちゃいけないよ。」
「だけど……」
「仇討ちをしたきゃ、強くなんなきゃ。返り討ちにあって死んだんじゃ、麗って子が一番不憫になるじゃないか。 
ね?どうしても仇討ちをしたきゃ、まず強くならなきゃ。そうだろう?」
「……すみません……本当にすみません……」

 

「!……何だ。夢か……」  
ベットの上で、カナメは肩で息をしながら、自分の居場所を確認する。
「……俺は、何をやってんだ。それ以上に、俺は何をやってたんだ。……俺は学者になりたかったんだろう?」
 試行錯誤しても、カナメは自身の問いに対する答えを見つけることができない。
「……利子おばさん、元気にやってるかな……」
頭に手を当て、8年前に助けてもらった女性に想いを馳せる。
そしてカナメはテツトに気がつかれないように部屋から出て行った。

 

「……人間は、俺は何で争うんだろうか……?争う理由なんて、人を無意味に殺す理由なんて、無い筈なのに……」
 灯台の前でカナメは一人、呟いていた。
「テツトを理由に、生き長らえて、何の意味があるんだろう……アイツを理由に生き長らえて、
アイツは喜んでるのかな……」
「少なくとも、貴方がテツト君を支えていたのは事実じゃないかしら?」
「!クレアさん!聞いてたんですか?」  
唐突に現れたクレアに、カナメは思わず手をバンザイのように上げる。
「どうしたのかしら?こんな朝早くからこんな所に来て。」
「ええ。俺だっていろいろ悩みがあるんですよ?」  
苦笑いと共にカナメはクレアに答える。
「よかったら、聞かせてもらえないかしら?力になれるかどうか分からないけど……」  
クレアの言葉に、カナメは思わず自分の胸に突っ掛かってるものを全て吐き出す事にした。
そうでもしなければ、自分がどうかなりそうだったからだ。
「そう……麗って子の事を、貴方は好きだったの?」
「え……?よく、分かんないなー。あん時は確かにそこいらのやつよりは頭はよかったけど……
恋とか愛とか語れるような年じゃなかったし……」
「……それで、貴方は今でもお父様を憎んでいるのかしら?」
 カナメの言葉にクレアは以前聞いた事を確認する様に聞く。
「……分かんない……分からなくなってる。クレアさんと会ったころは無かったかも知れないけど……
だけど、だけどもう……仇討ちなんて、もう出来ないし……」
「え?」
「ドルファンに来るちょいと前に国に戻ったんだ。そしたら、もう親父は病気でもう死んでたらしいし、
麗の親父さんも殆ど死んでるようなもんだったし。俺達や麗を殺した報いが来たとか言ってたね。
笑い話さ!俺とテツトはもうこの世にいない事になってやがる!実の親に殺されそうになった
時よりも……親憎しで傭兵になったときよりも……絶対殺してやる!って国に戻ったときよりも……
苦しかった。ものすごく空しくなった。そんなこんなで今は中途半端な気持ちで傭兵続けてんだ!」
カナメの言葉でクレアはハッとした。
「自分だけ不幸」だと思い込んでいた自分が恥ずかしくなっていた。彼は、何年もそして今でも
自分の辛い気持ちと戦い続けていたからだ。
「だーいじょーぶだって!俺はいつか、勝つって!」
「え……?」  
クレアの気持ちを読んだのか、バシバシと彼女の肩を思いっきり叩きながら笑いを上げる。
「テツトは自分の弱い心に勝ったんだ。俺だって勝てる。弟に簡単に負けるほと
年食ってるわけじゃねぇさ!まだ20代だからな!俺を助けてくれた人もいる!いつか俺を
支えてくれる人だって出来るんだ!その人のためにも自分の弱い心に勝つんだ!
クレアさんにはアイリスさんがいるでしょう?」
「……そうね。フフ……!」
(げ……)  
クレアの笑顔を見て、カナメはグッと表情を歪めてしまう。
(まずいよクレアさん。その笑顔は物凄く眩しいって……)
「どうしたの?カナメさん。」
「え、いえ、何でもないです……」
首をふるふると左右に振り、何でもないと懸命に伝えるカナメ。  
この二人はもはや、過去の傷は癒えていたのかもしれない……。


第6章へ続く  


後書き
えー、ゲーム中では最早半分のポイントに来ているであろう第5章、如何だったでしょうか?  
今回は主役兄弟の過去を書かせて貰いましたが、ヘビーだぜ……と私自身では思います(ヲイ!)
それ以上にカナメ君、12歳なのに何か賢くしすぎたかな……?って感じもしますし。  
そんなことより糸蒟蒻オリジナルキャラクターをご紹介ということで。(うまく誤魔化したな?自分)

第4章に出たランフェル・ヴェート少佐は、いわゆるエリート諜報員です。
メッセニやヤング同様良識派で妙に出世欲が無いタイプです。  
その為に普段はフザケタ態度を崩さない性格です。  
一言で言うと、「能ある鷹は爪隠す」を地で行く男です。    

今回出たアイリス・シーベンツは第2章に書いたクレアの友人とは彼女の事です。  
当然の事ながらヤングやネクセラリアとも友人で、のほほんタイプとでも表現すべき女性。  

今回は他のキャラが活躍せんかったですけど、次回に、という事で

(02/3/22)


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