「禁呪」 第一章・1

 

アスルたち一行は深い森の中で道に迷い、途方に暮れていた。辺りは薄暗く、コウモリやフクロウの鳴く声が聞こえる。
どんなに進んでも同じ所を廻っているようにしか感じず、疲れ切った四人は、とうとうその場に座り込んでしまった。
「ふえぇぇ〜!!お腹空いたよぉ〜!!」
体は小さいが他の三人の何倍も食べる、武闘家の少女ランは半泣きだ。
「ラ、ラン、泣くなよ。食料ならまだあるから・・。・・少しは・・」
勇者であるアスルも、残り少ない食物を保存している袋をのぞき込みながら不安げな表情をしている。
「困りましたね・・ここは一体どの辺りなんでしょう・・。ルーラも効かないなんて・・まるで迷宮のような森ですね・・・」
いつも冷静な賢者レオンにも、焦りの色が見えてきていた。
その時だった。三人の体が淡い光に包まれたのだ。その光に、疲れが癒されていく。
「みなさん、頑張りましょう。きっともうすぐ出口は見つかります」
僧侶の少女、エレナが回復の呪文ベホマラーをかけたのだ。エレナは三人に優しく微笑みかけた。
「うん・・そうだね、頑張ろう」
「ええ、諦めてはいけないですね」
「うんっ!こっから出れたら、一緒にいっぱいご飯食べようね、エレナ!」
エレナのベホマラーと笑顔に元気づけられた三人は、再び立ち上がって歩き始めた。

「エレナぁ、大丈夫?さっきのベホマラーで、疲れたんじゃない?」
隣を歩きながら、ランが心配そうにエレナをみつめる。
「え・・ううん。わたしは平気よ。心配しないで」
ランを安心させるように、エレナは明るい声で答えた。だが、実際、呪文を唱えるには力を消費する。
しかもベホマラーは一度に複数の者の体力を回復させる高度な呪文で、その消耗も大きい。ただでさえ
疲れていたのだ。大丈夫なはずはなかった。
「あ・・・見て下さい、あれ!!」
レオンが突然声を上げた。見るとその先は岩山で、行き止まりになっていた。だが、そこには明らかに
人の手が加えられたと思われる洞穴がぽっかり空いていた。
「・・・ど、どなたか・・住んでるのでしょうか・・?」
「行って、みようか・・?」
アスルたちは用心深くその洞穴に近づいていき、中をのぞき込んでみた。
「すいませ〜ん、誰かいますか〜!?」
アスルが恐る恐る穴の中に向かって叫んだ。だが、こだまがかえってくるだけで、返事はない。
「入ってみようよ!!」
言うが早いか、ランは何の警戒心も抱かずにその洞穴に入っていった。
「ち、ちょっと、ラン!危ないよ!!」
「アスルたちは慌てて後を追う。
「ま、待って・・・・あ・・っ・・」
エレナも続いて走り出そうとしたが、足がもつれ、そしてそのまま倒れてしまった。意識がふっと遠くなる・・・・。
「エレナ!?」
アスルはその音に振り返り、驚いてエレナに駆け寄った。
「エレナ!!エレナ、しっかりして!!」
アスルが肩を揺さぶってもエレナは目を開けない。しかし、口からはひゅうひゅうと荒い息が漏れている。どうやら気を失っているようだ。
レオンが冷静に跪くと、エレナの額に手を当てた。熱い。かなりの高熱だ。レオンは、くっ、と唇を噛んだ。
「・・疲れがたまっていたんですよ・・わたしたちに心配をかけまいとして何も言わなかったんですね・・
さっきのベホマラーだって、無理をして・・・・」
「エレナ・・」
アスルの顔には後悔の色が浮かんでいた。分かっていたはずなのに、どうして気付いてやれなかったのだろう。
エレナはいつもこうなのだ。他人のことには常に気を配っているが、自分のことは二の次、三の次だ。それは
彼女が深い慈愛の心の持ち主であるからなのだが、アスルたちにしてみれば心配でならなかった。無理は
しないで、自分のこともちゃんと考えるようにね、と何度も言って聞かせるのだが、やはり彼女は自分の身を
削って仲間たちを助けようとする。だから・・エレナが、大丈夫などと口で言っていてもそれを頭から信じては
ならず、ちゃんと様子をうかがわなければならない。それはもう長い間一緒に冒険してきた中で三人が導き
出した結論だった。だが、今回は彼ら自身も疲れ切っていたために、エレナの様子を見極める余裕が
なかったのである。
「・・とにかく、中に運びましょう。ここよりは涼しいでしょうから・・・」
レオンの言葉に頷くと、アスルはエレナを抱きかかえ、洞穴の中に急いで入っていった。
「ランは何処へ行ったんだろ?」
穴は思ったより深く、しばらく歩いて振り返るともう入り口は見えなくなっていた。アスルたちは先に入っていったランを探しつつ奥へ奥へと進んでいった。その時・・・。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!!!!」
奥の方からもの凄い叫び声が聞こえた。そして、何かがゴムまりのように跳ねながらアスルたちの方に
向かってきた。
「ばばばばばばばばばばばけもの〜〜〜っ!!!」
ゴムまりのように跳ねてきたのはランだった。その血相を変えたランの様子に、アスルとレオンはただならぬ
ものを感じる。
「ラン、どうしたんだ!?」
アスルが尋ねるとランは泣きながらまくし立てた。
「むむむむむ・・むこーに!!ばきゃものがぁぁぁ〜!!」
すっかり気が動転しているらしい。呂律が回っていなかった。
「ば、化け物・・だって!?」
「うん!!アスル!早くこっから出よーよ!!ここ、バケモノのすみかだよ!!・・・あれ?」
ランはようやく、アスルに抱きかかえられているエレナに気づいたようだ。
 「エレナ・・ど、どーしたの!?寝てるの?」
「・・・気を失っているんだ。多分・・疲れが溜まって・・・。熱もある、だから、
ここで看病しようと思ったんだけど・・・」
「こ、ここはヤバイよ!だってバケモノが・・・」
ランがそう言いかけた時・・・
「こりゃ、誰が化け物じゃぁ〜」
 怪しい声が響いた。アスルたちは驚き、思わず身を固くする。
「人の家に勝手に上がり込んで、おまけにわしを化け物呼ばわりするとはええ根性じゃ
のう。勇者様のご一行とは思えぬわい」
ヒタヒタという足音が奥から近づいてきた。そして・・・
「ああっ!!さっきのバケモノ!!」
暗闇から姿を現した声の主に、ランは再び恐怖に顔を引きつらせて、さっとアスルの
後ろに隠れる。
「これ、まだ言うか」
アスルたちの目の前に現れ出たのは、確かに鬼面導師のような顔をしているが、紛れも
ない人間の老人だった。
「あ・・す、すいません・・・この子がご無礼を・・・ほら、ラン!よく見てみなよ、
化け物なんかじゃないよ」
「え・・・・」
ランは恐る恐る、アスルの後ろに隠れたままでその老人をのぞき見る。
「ほ、ホントだ・・バケモノみたいな顔してるけど、バケモノじゃないや!」
「こ、こら!!ランっ!!・・あ、あの、すいません、すいませんっ!!この子も、
悪気があって言ってるんじゃないんですっ!!」
アスルは自分が失礼なことを言っているという自覚が全くないランに変わり、必死に
なって老人に頭を下げた。
「ふぉふぉふぉ・・よいわ。所詮子供の言う事じゃ」
老人は半ば諦めた様子で笑う。
「あの!ご老人!」
その時、さっきからじっと何かを考えていた様子だったレオンが、老人の前に進み出た。
「何かな?」
老人の目がわずかに鋭く光ったように見えた。
「先程、貴方は我々を“勇者様のご一行”とおっしゃいました・・・。言っても
いないのに、なぜそのことがお分かりになったのですか・・?」
「あ、そういえば・・・」
「うん、どーして?じーさん」
アスルとランも、さりげなく聞き流していたことが考えてみると不思議なことだと
気付き、レオンと一緒に老人の返事を待った。
しかし老人はそれには答えず、手にした杖でエレナを指して言った。
「その娘を奥へ運ぶのじゃ。早く看病してやらねばなるまい?高熱が出ておるからのう。無理をして
お前たちのために回復呪文を使ったばかりに・・・」
「!?」
老人は不敵に笑うときびすを返し、再び奥の闇へ消えていった。
「・・・あそこまで分かるなんて・・あの老人、一体何者だ・・・?」
「どうしますか・・・アスル」
レオンが尋ねる。アスルは少し迷ったが、すぐに顔を上げた。
「行こう。とりあえず、エレナの看病をしなきゃ!」
「だ、大丈夫かなぁ?あのじーさん、なんかあやしいよ・・」
ランは不安そうだ。
「大丈夫さ・・悪い人じゃないよ。・・・・多分・・」
アスルも不安だったが、自分に言い聞かせるようにそう呟くと、奥へと進んでいった。

 

 

 
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