禁呪 第二章・1

 

深い森の奥で出会った不思議な老人ユトより、僧侶エレナは禁呪と呼ばれる呪文の一つ、
「メガンテ」を授けられる。
自己の命と引き替えに敵を爆破させる破壊的な威力を持つメガンテ。
仲間たちは、エレナの自分よりも他人を思いやる深い優しさを知るが故、いつか自分達のために
彼女がそれを使ってしまうのではないか、と不安を抑えきれないのだった…。

 
それでもしばらくは何事もなく、バラモス討伐の旅は順調に進んでいった。
そして四人はついに、バラモスが直接支配する魔の島、ネクロゴンドに足を
踏み入れた――。
 

今まで戦った魔物たちとは比べものにならないほど強力で凶悪なモンスターの数々に、
四人は苦戦を強いられた。毎日毎日、激しい戦闘が続く。息をつく間もなく襲い来る
魔物たちに四人は休む間もなく、次第に疲れ果てていった。
 
「こ、これじゃ野宿もできないよ…」
「アスルが息を切らしながら言った。
「お腹減ったよ〜!!めしーーっ!!」
ランはお決まりのセリフでわめきだした。
「あ、あの…わたし、お風呂…入りたい……」
エレナは申し訳なさそうに、赤くなって呟いた。
フロストギズモの群との激戦を終えた四人はついに限界に達し、その場に座り込んでいた。
「これ以上の無理は危険ですね…」
レオンが言うと、三人とも力無く頷いた。
「…仕方ありません、一時休戦ですね」
レオンは冷静な判断を下した。魔力も限界に近づいていたが、最後の力を振り絞って
ルーラを唱える。
  次の瞬間、四人はにぎやかで大きな街の前に来ていた。
ネクロゴンドに近いところにある、アッサラームの街だ。
「とりあえず、今夜はここで休みましょう」
レオンは息を切らしながらそう言って微笑んだ。
「うわぁぁ〜いっ!!何か食べよーっ!!」
ランは疲れ切っていることも忘れ、飲食店めがけて駆け出す。
「やれやれ…元気だなぁ、ランは」
アスルは苦笑しながら人混みに消えていくランの小さな後ろ姿を見送った。
「ふふっ…それじゃあ、わたしは宿屋の手配をしてきますね」
「あ、ぼくも行くよ」
エレナとアスルは二人で宿屋に向かう。レオンは薬草や満月草を買いこむ為
道具屋へいくことにし、三人はその場で別れた。
 


「エレナ、疲れただろ?ゴメンね、いつもいつも大変な目に遭わせて……」
アスルは隣を歩きながらエレナに声をかけた。
それに対し、エレナは慌てて首を降る。
「いいえ、そんな、気にしないで下さい!確かに大変な旅だけど…でもわたし、
辛くなんかないです。アスルさんや、ランや、レオンさんがいるし…それに
この旅はバラモスを倒し、世界に平和を取り戻すための旅…わたし、それに
参加できたこと、誇りに思ってるんですよ」
そう言って微笑んだエレナを見て、アスルの顔も笑みが浮かぶ。
「……ありがとう、エレナ」
だが、すぐにその表情が真剣になった。
「エレナ…」
アスルは足を止めた。そしてエレナの、澄んだ紅玉色の瞳を見つめる。
エレナは、アスルが何を言おうとしているのかを察し、慌てて目をそらすとわざと明るい声を出した。
「え、えっと…宿の部屋は、二人部屋二つで良いですよね?あ、そ、それとも、
お金も結構余裕あるし、一人一部屋取りましょうか?」
「エレナ!」
アスルの語気が強くなる。もはやアスルの言葉を避けることはかなわないと判断した
エレナはもう何も言わず、それを聞き入れる覚悟を決め、俯いた。
「わかってるね?これからどんなに戦いが激化してこようとも、あの呪文だけは…
禁呪メガンテだけは使っちゃ駄目だよ!ぼくたちは今まで、どんなピンチだって
力を合わせて切り抜けてきたんだ。これからだって変わらない!だから…
命を粗末にするんじゃないぞ」
エレナは俯いたまま、予想通りのアスルの言葉を受け止めた。
「はい…大丈夫、です…」
やはりその声は小さく、頼りなかった。

 
実際のところ、エレナには自分がメガンテを絶対に使わないという確かな自信がなかった。
確かに今までは、毎日の戦いも何とか切り抜けてこられた。けれども、これから先は
どうなるか判らない。ネクロゴンドの強力な魔物たちを目の当たりにして、
不安はいっそう強くなりつつあった。
――本当に、みんながピンチに陥ってしまったら…使ってしまうかもしれない…――
それでは何も変わらない。みんなに心配をかけてばかりの自分を変えたくて
禁呪を受け入れたのに……。
『今のお前さんの優しさでは、他人を守ることが出来ても自分を守ることは
出来ぬじゃろう――』
ユトの言葉が脳裏に甦った。
――自分を…守る…――
心の中で反芻する。
そして、ゆっくり顔を上げると、アスルと目を合わせた。
「アスルさん…心配しないで下さい。使ったり、しませんから」
そう言って、アスルを安心させようと微笑んだ。アスルはエレナが無理しているということに
気付いていたが、自身も安心したフリをして、厳しい表情を解くといつもの温厚な表情に戻った。
「4人部屋にしようか」
「え?」
急変した話題に、エレナはなんのことだか分からず、聞き返す。
「宿の部屋。ほら、野宿の時は交替で見張りしてるし、みんな一緒に喋りながら寝ることって
なかなか無いだろ?だから、たまにはいいんじゃないかな、って」
「あ…そうですね!わぁ、そういうの、すごく楽しそう!」
エレナの顔に自然な微笑みが浮かんだのを見たアスルは、心の中でホッと息を付くと、
笑って頷いた。
「うん、じゃぁ行こう」


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