禁呪 第二章・2

 

「うっほほ〜〜い!!めっちゃひさしぶりのふかふかベッドだ〜♪」
ランが自分に割り当てられたベッドの上ではしゃいでいる。
「ラン、あまり騒ぐと隣の部屋の泊まり客の方に迷惑がかかりますよ」
「わかってるって!!ねぇ、みんなで枕投げしようよ!!」
「全然分かってませんね…」
レオンは深く溜息をついた。
「だって、なんだかワクワクするんだもん!!こーやって、みんなでおんなじ部屋で
寝るなんて…お泊まり会みたいでさっ」
「お、お泊まり会って…あのねぇ…」
「どりゃぁっ!!」
「ぶはっ!!」
突然ランが投げた枕は、見事にアスルの顔面に直撃した。
「な、何するんだよっ!ラン!!」
「へっへ〜ん、油断大敵だよっ」
ランはそう言うとべぇっと舌を出した。
「こ、このっ!」
アスルも自分の枕をつかむとランに向かって投げようとした。
だがランは、ベッドに腰掛けてレオンと共に二人の様子を苦笑しながら見守っていた
エレナの後ろに素早く回り込んだ。
「こらっ!卑怯だぞ!」
誤ってエレナにぶつけては困るので手を出せないアスルが抗議すると、ランはエレナの
肩越しからひょこっと顔を覗かせて再び舌を出した。
「へっへ〜んだ、やれるもんならやってみろ〜い」
「ラン、あまりアスルさんをからかっちゃダメよ」
エレナが笑いながら軽くたしなめると、ランはてへへっと頭を掻いてアスルに謝った。
全然反省していないことは明らかだったが、そもそもランに反省を求めるのが間違いなのだ。
アスルは怒る気力もなくして溜息をついた。
「エレナ〜いーにおいー」
「え…」
ランは背後からエレナに抱きついて、まだ乾ききってない柔らかな髪の匂いを吸い込んだ。
「お風呂、入ったばかりだから…」
エレナがそういったとき、アスルの顔に一瞬戸惑いの表情が現れた。
その一瞬を、ランは見逃さなかった。
「あ〜、アスル〜〜今、エレナがお風呂に入ってるとこ想像したろ〜」
「なっ…何言ってるんだよっ!!そんなわけないだろ!!」
とっさに否定したが、アスルの声はうわずってしまった。
「にしし〜ウソだぁ〜。アスルのすけべぇ〜」
ランがはやし立てると、エレナは真っ赤になって俯く。アスルは顔中に血が集まるのを感じた。
「ランっ!!いい加減にしろーっ!!」
「ははは…まったく、これが魔王打倒を志す一行の姿とはとても思えませんね」
黙ってやりとりを見守っていたレオンだが、耐えきれなくなり声を立てて笑った。
「いーんだよっ、あたしたちのパーティーはアットホームがウリなんだから♪」
ランはエレナに抱きついたままで得意げに言う。
「そんなのいつ決めたんだよ…」
アスルはしらけ顔でランに突っ込みを入れたが、
「……でもまぁ、それもいいかもね」
すぐにふっと微笑むと、そう言ってゆっくり仲間たちの顔を見回した。
「みんな、今後ますます大変になると思うけど…これからも、よろしくね!」
「うんっ、あたぼーよっ!」
拳を握り、やる気を見せるラン。
「最大限の力を尽くします」
胸に手を当て、頷くレオン。
「わたしも…がんばります」
控えめに微笑みながら、エレナも答える。
「ありがとう…みんな」
アスルは仲間たちの存在の大切さを改めて感じていた。
自分の肩にのしかかった使命の重さ、永く果てしない旅の辛さを和らげてくれる。
ここまで来ることが出来たのも仲間たちがいてくれたおかげだ。
――この中の、誰か一人であっても失いたくない。
だからこそエレナの持つ自己犠牲呪文の存在が、アスルの心に不安の影を落とすのだ。
アスルはもう一度、エレナの方をチラリと見た。
しかし、また意志を確認したところで先程と同じ様な答えが返ってくるだけだろうし、
せっかくの和やかな雰囲気を壊すのもためらわれたため、何も言わないことにした。
「…じゃ、明日に備えてそろそろ寝よう」
アスルが気を取り直して言った言葉にエレナとレオンは頷いたが、ランは不満げだ。
「ぶ〜っ、枕投げぇ〜」
「さっき思いっきりぼくにぶつけたから満足だろ?」
アスルはジトッとした目でランを睨む。
ランはチェッと舌打ちしたが、それ以上だだをこねることはしなかった。
「しゃーない、寝るか。んじゃ、エレナ〜一緒に寝よ〜♪」
「こ、こらっ!ちゃんと自分のベッドがあるだろ!エレナに迷惑かけるんじゃない!!」
全く、この娘はどうしてこう次から次へと…アスルは心の中で溜息をつく。
「あ、わたしはいいんですよ、アスルさん」
「でも…」
「エレナがいいってんだからいーじゃん。だいじょーぶだよ、あたしちーさいから
そんなにせまくなんないよ。…あ、それとももしかしてぇ〜」
「わっ、わかったよ!!好きにすればいいだろ!!」
ランは“アスルがエレナと一緒に寝たいんじゃないの〜?”などと言うつもりだったに違いない。
そんなことを言われては先程以上に気まずくなることは間違いないので、
アスルは慌てて会話を強制終了させた。
どうしてランはやたらに自分をからかうんだろう。いや、理由は何となく分かるのだが。
――やっぱり、バレバレなんだろうか…――
自分の、エレナに対する気持ち。
エレナにはもちろん、 ランやレオンにさえも告げたことはない。
“仲間”以上の感情を抱いていること。
けれど、旅が終わるまではあくまで仲間でいようと思っている。
にもかかわらず、ランは、――時にはレオンまでもが、全てを見抜いているかのような
様子を見せることがあるのだ。やっぱり、態度に出ているのかもしれない。
――せめて、エレナにはバレないようにしなきゃ…――
アスルはフッと息を付くと、気持ちを切り替え自分のベッドに潜り込んだ。
「じゃ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみなさい…」
「おっやすみぃ〜」
明かりを消し、三人もそれぞれ、――ランはエレナと一緒に――床についた。
 


「エレナぁ…もう寝た?」
しばらくして、ランは小声でエレナに呼びかけた。
「ううん、どうしたの?」
既に寝ているであろうアスルやレオンを気遣って、エレナも声を潜め答える。
「ん…あのね…明日からまた、大変になるよね…」
「ええ…そうね」
「でも、どんなにピンチになっても、あたし頑張るよ!頑張るからね!!」
暗いので表情はよく分からないが、ランの声からはいつもの能天気さが感じられず、
どこか不安げだ。
「ラン、どうかしたの?」
エレナは不審に思って尋ねる。
「だから…エレナ、絶対メガンテ使わないでね!」
ランはそう言うと、エレナの袖をぎゅっと握った。
「ラン…」

二人の会話を、アスルもレオンも黙って聞いていた。
二人ともまだ眠ってはいなかったのである。
メガンテは、三人の仲間たちの中にある共通の不安なのだ。
それは、激しさを増す戦いを前に、より大きく、重くなり、それぞれの心を満たしている。
そしてそれは、メガンテを持つ当の本人エレナにとっても同じ事だった。
「使わないわ」
ランに、というより、自分に言い聞かせるかのようにエレナは呟いた。
「ホントに?」
「ええ。使わない。絶対に」
自分の中の迷いを、自分の言葉でかき消すように少し力を込めてもう一度繰り返す。
「うん、…信じるからねっ」
空気から、ランの表情がゆるんだのが分かった。
エレナはランの頭を優しく撫でると、おやすみ、と囁いて目を閉じた。
早く寝てしまいたかった。寝ている間は、何も考えなくて済むから。
幸いなことに、溜まった疲れが効いてエレナはやがて深い眠りに落ちていた。

 

そして、彼女は短い夢を見た。


清らかで、しかし同時に禍々しい光が、周りの全てのもの――魔物の群や仲間たちや――を
包み込む。そしてその光を発しているのは……自分自身だった。

 

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