禁呪 第二章・4


「ラン!!」
「うっ…うわぁぁぁ!!」
ランは頭を抱えて地べたに倒れた。
「い、いけない!!錯乱呪文メダパニです!ラン、しっかりなさい!!」
レオンが血相を変えて倒れたランに駆け寄り、その体を揺さぶった。
ランがゆっくりと顔を上げる。
「ギヒヒヒ…」
「……ラン!?ラン!!」
鋭い光を放つ目はつり上がり、レオンに対するその眼差しは決して味方に対して向けられる
それではなかった。
「キシャー!!」
「うわぁっ!!」
さっきまで敵をなぎ倒していたランの拳がレオンに向けられた。
レオンは慌てて避けたが、ランの素早さにはかなわず頬をかすめられた。
「っつ…!」
それだけで赤くなった頬が、ランの力がどれだけ恐ろしいかを示していた。
味方にいればこれほど頼もしい存在はいないであろう攻撃力と素早さの持ち主であるランだから、
敵に回ればこれまたこれほどやっかいな存在はいないのだ。
「ランが、メダパニにかかった…!?」
「そんな……!」
アスルもエレナも絶望的な心境に陥った。後少し、というところで主戦力が敵となった……
それは体力、気力共に限界に達しかけていた三人に大きな精神的ダメージを与えた。
――もう、だめかもしれない……。 そんな思いが渦巻くのを抑えきれなかった。

「きへへへッ!」
「ラン、ランしっかりして!!」
ランの攻撃を必死にかわしながらエレナが叫ぶ。けれど、ランの耳にその声は届かなかった。
「うぅっ!!」
「エレナ!!」
ランの蹴りが、エレナの腹部に炸裂した。それをみたアスルの顔色が変わる。
「くっ…うう…」
「エレナ!!大丈夫!?」
慌ててアスルはエレナに駆け寄ってその肩を支えた。
「ッ…だ、大丈夫…です…。だから…ラン…を、たすけて…下さい…っ」
エレナは涙を堪えながら訴えた。
「そ、そんなこと言ったって……っあッ!!」
アスルの背中に激痛が走る。
「ギケケ〜」
鮮血が飛び散った。いつの間にか背後に回っていた地獄の騎士に斬りつけられたのだ。
「アスル!!」
「アスルさん!!」
レオンとエレナが同時に叫ぶ。アスルは苦痛と、油断した自分に対するふがいなさで唇を噛み、
その場に膝をついた。
「しっかり!!今、ベホマを…」
「ウガッ!!」
レオンはアスルに駆け寄ろうとしたが、ランが行く手を阻みそれを許さない。
「くっ……!」
さっきまではアスル達の方が優勢だったが、ランの混乱により一気に形勢は逆転して
しまったようだ。
先程の踊る宝石は、長い舌を出してアスル達をあざけるような笑いを残しいずこかへ逃げ去った。
 

「キシャー!」
「うっ…!」
「グゲー!!」
「ぐあぁっ!!」
レオンは素早いランからの連続攻撃を避けることが出来ず、パンチを受けて壁に叩きつけられ、
そのまま気を失ってしまった。
アスルは傷を負いながらもなんとかエレナを守ろうと剣を振るったが、次第に意識が朦朧としてくる。
その為、地獄の騎士を斬りつけたつもりの剣は空を切り、逆に反撃を受けてしまった。
「……み、みんな…」
エレナはまだ痛む腹部を押さえつつ、よろめきながら立ち上がった。
敵味方の区別無く暴れているラン、気絶しているレオン、そして、息を切らし傷の痛みに耐えながら
戦い続けるアスルをゆっくり見回した。
 ――どう考えても…もうこれ以外ない……――
確信し、そして一つの決意をする。しかし…と、エレナはユトや仲間たちの言葉を思い出した。
 
使っちゃダメ、いけない、止めろ……――!!

エレナは首を横に振った。迷いを振り払うように。
――仕方ないわ…このままじゃ、みんなやられてしまうもの……!――
そして、きゅっと唇をかみしめ、再びアスルの方を見た。
――アスルさん、貴方を死なせるわけにはいきません…貴方は世界中の人々の希望……どうか、
どうか使命を全うして下さい……――
ス……と目を閉じると、一筋の涙が頬を伝った。エレナはそれを拭うこともせず、呟くように
何か唱え始めた。
「神よ……我の全てを掛けて願う……我が命と引き替えに、仲間を救い、邪悪なるものどもを
うち砕け――!!」
「……!?」
アスルはエレナの方を振り返った。詠唱が聞こえたわけではないが、何か、力のようなものが
エレナへ向けて集まっているのを感じとったのだ。
瞬間、アスルの表情が凍り付く。解ったのだ。エレナがしようとしていることが。
エレナが唱えようとしている呪文が何なのか。
「駄目だ!!エレナ、止めるんだ!!」
――さようなら、アスルさん……ごめんなさい、約束…破ってしまって……――
エレナは最後に消え入りそうな微笑みを浮かべ……それを唱えた。
「メガンテ!!」
「止めろぉぉーーっ!!」
アスルの叫びは、強い光に飲み込まれた。その光はエレナを中心に広がり……
その場にいる者全員を包み込んだ。邪悪な波動を持つ魔物達は跡形もなくかき消され、
ランを操っていた魔の力も消え去った。ランはそのまま意識を失い、…そして……エレナはゆっくりと、
崩れ落ちるように倒れた……。


「…エ……レナ…」
アスルは倒れた少女の身体に、震える手でそっと触れた。
「嘘だ…こんなの……」
まだ暖かい。けれど息はなく、かたく閉ざされた瞼はピクリとも動かなかった。
「言ったのに…使うなって言ったのに…約束、したのに……!!」
アスルは一人うわごとのように呟き、その声は次第に大きくなっていった。
「約束したじゃないか!絶対使わないって!!どうして…どうしてだよ、エレナ!?答えてよ!!」
何の反応もなかった。アスルはその場にがっくりと膝をつき拳を固め、それを地面に叩きつけた。
「エレナ!!答えろ、エレナーーっ!!」
魔物の気配の無くなった洞窟にはアスルの叫び声だけがこだました。
アスルは涙があふれ出していることにも気付かず、エレナの名を呼び続けた。
何も応えないエレナに対し、何度も、何度も……――。


あとがき

かなり間が空いてしまいましたが、ようやく二章が終わりました…こんなオリジナルに近い話
楽しみにしている方はいないと思いますが(笑)、さぼってすいません(汗)

はい、エレナ…やっぱり使ってしまいましたね(苦笑)でもこういう話だと使わなきゃ話が進まないので(?)
仕方ありません。しか〜し、このままで終わったら尻切れトンボになるのでもちろん救いはあります。
ええ、想像付くと思うので先に言っときます(笑)(わたしはそんなに頭が回らないので、
あっと驚くような意外な展開には出来ませんから…)
この先、お約束を地でいくような展開になりそうな気がしてきましたが、それでもゆっくりぼちぼちと
書いていくつもりです。それでも読んでやっても良い、というお方は今後もよろしくお願いします。

(2000/9/14)

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