禁呪 第三章・1


「びやぁぁぁ〜〜!!!うわぁぁぁ〜〜ん!!」
ランが冷たくなったエレナにしがみついて泣きじゃくっている。
レオンも声はあげないものの、顔を伏せて唇をかみしめ…静かに涙を流していた。
そして、アスルは…――。
 


ネクロゴンドの洞窟内で繰り広げられた死闘の末、エレナは大賢者ユトから
与えられた禁呪――自分の命と引き替えに敵をうち砕く“メガンテ”を
使ってしまう。エレナの全生命力はまばゆい光となって解き放たれ、その場にいた魔物達を
跡形もなく消し去った。気絶していたレオンも、メダパニによって錯乱していたランも、
その光によって正気を取り戻した。
そして…二人がそこで目にしたものは、ガックリと膝をついて肩を震わせているアスルの姿と、
全く生気が感じられない、堅くまぶたを閉ざして横たわっているエレナの姿だったのだ……。


一行は今、洞窟の外にいた。魔物の気配が消えたとはいえ、内部にいればどんな危険が
降りかかるか分からないと、一番最初に判断力を取り戻したレオンが脱出呪文リレミトを
唱えたのだ。
「…アスル…」
震える声でリーダーの名を呼ぶレオン。だが…返事はない。
「アスル、ここも安全とは言えません…一旦近くの街へ…」
そういいながらアスルの顔をのぞき込んだレオンはハッとして言葉を飲み込んだ。
アスルの瞳はうつろで、何も映していなかった。放心状態…そう表現するのが一番だろう。
涙も枯れた様子で、その表情からは何の感情も読みとることが出来ない。まるで抜け殻だ。
「……」
レオンはそんなアスルがいたたまれなくなり、再び黙り込んだ。
「あぁぁ〜ん!!えでなのばかぁぁぁ!!!っぐ…つがわないっで…
つがわないっでいっだのにぃぃ〜〜!!」
エレナの法衣はランの涙と鼻水でぐしょぐしょにぬらされていた。
だがエレナからは何の反応もない……。

――心配しないで下さい、アスルさん…使ったりしませんから――
弱々しくではあったが微笑みながら誓ってくれた。
不安は拭えなかったけれど、それを信じようと決めた。
人と心の痛みを分かち合い、それを和らげる役目を持つ“僧侶”である彼女なら、
自分が死ねば仲間たちがどれほど悲しむかということも分かるはずだから。
だから…信じることにした。
「……のに……どう…して…」
呟きが…誰にも聞こえないほど小さな呟きがアスルの口をつく。
エレナが最期に見せた哀しい笑顔が脳裏に甦る。
「どうしてだよエレナ!?どうして…こんなバカなこと……!!」
ドン!!と地面に拳を叩きつけて叫ぶ。それが合図だったかのように
アスルの目からは再び堰を切ったように涙があふれ出した。
「ア、アスル…!」
レオンはどうして良いか分からず、ただオロオロするばかりだった。
「あ…あたしが…あたしがメダパニなんかにかかったから……ううううっ…
 あたしのせいだわぁぁぁぁ〜〜っ!!」
ランはいきなり自分を責め始め、さっきまでより更に大きな声をあげて泣き出した。
「ランまで…ああ…どうすればいいんでしょう…」
レオンには悲しみにくれる暇が与えられない。だがその時、焦る彼の頭にぱっと
ある人物の姿が思い浮かんだ。
――そうだ!もしかしたら…――
「アスル、ラン!!」
レオンは少し興奮気味に声を高揚させていた。その声に、二人とも顔を上げて
レオンの方を見る。
「ユト様の所へ行きましょう!彼なら、蘇生の術をご存知かも知れません!!」
その言葉を聞いたアスルとランの、涙に曇った瞳はとたんに輝きを取り戻す。
「そ、そっか!そーだよね!!あのじーさん大賢者だもんね!!」
「う、うん…エレナにあんな呪文を与えられたんだ、きっともっと凄い呪文も
数多く知ってるはず…それなら生き返りの呪文も……!」
アスルとランは勢いよく立ち上がった。
「行こう!ユトさんの所へ!!」
「…あ、で、でも…」
ランが急に声のトーンを落とす。
「何?ラン」
「あのじーさん…どこに住んでんのかわかるの?」
「………!」
ランの素直な疑問に、アスルもレオンも硬直してしまう。
――そう、アスル達がユトに出会ったのは全くの偶然、深い森に迷い込み、さまよって
いたところに洞穴を見つけ入ってみると、隠居生活をしていた老賢者が居た、という
わけなのだから。
その森が何処にあったのなどということは、誰一人覚えていない。
脱出できたのも、ユトの魔法のおかげだったのだから。

「行くしかない」
 沈黙を破ったのはアスルだった。ランとレオンはアスルに視線を向ける。
「アスル…で、でも、どーやって…」
「めぼしい森を見つけて、片っ端から行ってみるんだ」
強い意志の感じられる口調でそう言うと、アスルはエレナに歩み寄った。
――エレナ…このまま終わりだなんて、ぼくは絶対嫌だからね…!!――
心の中で呟くと、そのか細い体をそっと抱き上げた。元々小柄で華奢な彼女だが、
今は更に小さく…軽く感じられる。
アスルはそのまま、近くの岸にとめてある自分達の船に向かって歩き出した。
「あ、待ってよアスル!!」
「仕方ありません、わたしたちも行きましょう」
ランとレオンも、慌てて続こうとする。その時、二人の足がピタリと止まった。
「あ…あわわ…」
背の高いレオンの頭よりも更に高い位置に人が浮いていた。
しかし、二人が驚愕したのはそんなことにではなく、それがたった今探しに行こうとしていた
人物であったことだった。
「二人とも、どうし…あっ!!」
船に乗ろうとして二人がついて来ていないことに気付いて振り返ったアスルも、その姿を
見つけ声をあげた。
「ユトさん!!」
アスルはエレナを抱きかかえたまま中空に浮かぶ老人の元に駆け寄った。
「じーさん、何でここにいるの!?」
パニックに陥りかけたランの質問には答えず、ユトは怒っているようにも嘆いているようにも
見える表情をたたえていた。
「……」
ユトは駆け寄ってきたアスルの腕の中のエレナにチラと目を向ける。
アスルは反射的に、エレナをユトの視線からかばうようにエレナの体を強く抱き寄せた。
「あ、あの…ユト様、お願いが……」
 レオンは慌てて用件を告げようとしたが、
「立ち話で済むような話でもあるまい、とりあえずわしの家に来るがよい」
ユトはそう言うとアスル達に向けて手をかざした。
「――!!」
ユトと一緒に、四人の姿はフッと消えた。

(00/11/4)


2へ

戻る