禁呪 第三章・2

なるほどな…この娘を甦らせるべく、わしを探していたという訳か…」
ユトは既に全てを見抜いていたのだが、それを確認するかのようにアスルから事の
いきさつを一通りききだした。
「ねぇ、じいさん!!早くエレナを生き返らせてよ!!じいさんなら出来るんでしょ!?」
ランがユトにつかみかからんばかりに身を乗り出してわめく。
「……確かに、わしは古代呪文にも通じておる故、メガンテの他にもいくつかの
禁呪を知っておる。そしてその中には、寿命以外で命を落としたものを蘇生させる
ことが可能なものもある……」
「や、やっぱり出来るんですね!?」
顔を輝かせ、アスルがラン以上に身を乗り出す。だが、ユトはきっとその目を見据えると
強い口調で言葉を続けた。
「じゃが、それを使うわけにはいかぬ。禁呪の存在自体は世界の均衡を保つのに
必要じゃが、その使用は世界の均衡を崩す…余程のことがない限り使っては
ならぬのじゃ……」
「そんな、でも…!」
「こんのじじぃ〜〜!!」
更に食い下がろうとするアスルを押しのけ、ランはユトにつかみかかった。
「な、なにをするのじゃ!放せ!!」
「じじい!!ごちゃごちゃぬかすなっ!!エレナを生き返らせるのは十分
“余程のこと”だぁぁ〜っ!!」
「ラ、ラン!落ち着きなさい!!」
レオンは押し寄せる絶望感に目の前が暗くなるのを感じながらも、白目をむいてしまった
ユトを見て慌ててランを止めた。
「お前達にとってこの娘を生き返らせることが重要なことであっても、世界単位で見れば
人一人の死など取るに足らぬ事だ。そんなことのために禁呪を用いることは出来ぬ」
ランをなんとか引き剥がしたユトは、激しく咳払いをして肩で何度か大きく息をした後、
襟元を正しながらさっきと少しも変わらない冷たい口調で言い放った。
「そ…そんなぁ…」
ランはペタンとその場に座り込んだ。レオンも何も言えずうなだれている。
「それじゃぁ…エレナは…もう……」
ランは寝台に横たえられたエレナを見た。その目に見る間に涙がにじみ…滝のように
あふれ出して来る。
「びぎゃぁぁぁぁぁッ〜〜!!エレナ〜エレナぁぁぁ〜〜!!」
耳をつんざくようなもの凄い大声をあげて再びランが泣き出した。
それを慌ててなだめようとするレオン、無表情のまま遠くを見つめるユト、
その中でアスルはうつむき、ぎゅっと拳を固めていた。
諦められない、忘れられない…強い思いがわき上がってくる。
「わしとの約束を守らなかったこの娘が悪いのじゃ。この娘なら大丈夫かも知れぬと
思ったわしがバカだったようじゃな…」
「ユトさんっ!!」
突然アスルが地面に膝をつき、手をついて頭を下げた。
「ア、アスル…!?」
ランは驚いて泣き止んだ。レオンもぎょっとして振り返る。
「お願いします!もう一度だけ、エレナにチャンスを与えて下さい!!
エレナを生き返らせることで何か不都合が生じるならぼくがそれを正します!!
どんなことだってしますから…してみせますから、だから、だからどうかエレナを
助けて下さい!!生き返らせて下さいっ!!」
力の限り叫び、最後には声がかすれてきたがそんなことには構わず
頭を地面にすりつけて何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
普段はどちらかというと穏やかで、声を荒げる事など滅多にないアスルの
その必死な姿は、頑ななユトの態度に諦めかけていた仲間たちの心に
再び力を与えた。
「そ、そうだよ!!あたしもエレナを生き返らせてくれるなら何でもする!!
逆立ちして足で皿回しだってしてみせるよ!」
「ラン…それはちょっと関係ないのでは……っと、そんなことより…
 ユト様!わたしからもお願いします!!元大賢者という立場上、禁を犯すことは
さぞ御心苦しいこととは存じますが…その償いは全てわたしたちが受けますから!!」
ランとレオンも懸命に頼みながら、アスルに習って頭を下げた。
ユトはその様子をしばらく無表情を崩さずに見ていた。だがやがて、フウッと
小さな溜息をもらすと、もうよい、と一言言って三人を止めた。
「それじゃぁ…!!」
ランが目をキラキラさせて顔を上げる。だがユトは厳しい表情に戻り、
「ばかもん。駄目なものは駄目じゃ。いくら頭を下げられようとな」
「そ、そんな…」
さすがにアスルも絶望の色を隠しきれないようだ。ユトは、ゆっくりとエレナの方へ
歩み寄り、言葉を続けた。
「じゃがな、別の方法でならこの娘をこの世に連れ戻すことを許してやってもよい…」
「えっ!?」
再び三人の顔が明るく輝いた。
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、100パーセント成功するとは限らん。しかも、非常に危険な手段ゆえ
連れ戻そうとした者まで命を落とす可能性もあるぞ」
その言葉に三人はごくりと唾を飲み込み、互いに顔を見合わせた。
しかし、すぐにユトに向き直り、
「やります!どんなことでもするって、言いましたから」
代表してアスルが告げた言葉を聞いたユトは、かすかに微笑んだように見えた。
「そうか…ならば、こちらへ来るがいい」
「は、はい…」
三人はユトの元へ進もうとした。だが…
「あー、待て待て。一人だけでよい。人数が多いと魂を飛ばすのに失敗する確率が
上がってしまうでの」
「魂を…飛ばす!?」
「そうじゃ、今からやろうとしておることはいわゆる幽体離脱での…この娘は
死してからまだ間もない…今ならまだこの娘の魂は霊界と人間界の狭間にさまよって
おるはずじゃ…それを無事連れ戻すことが出来ればこの娘は甦る。
じゃがそこへは霊体でなければ行くことが出来ぬゆえ、幽体離脱の必要が
あるわけじゃて…」
三人は息を飲んでユトの説明に聞き入った。どうやら思った以上に危険な方法であるらしい。
しかしだからといってここで引き下がるわけにはいかない。
エレナをこの世に呼び戻すことが出来る可能性がわずかでもあるのなら、どんなに危険でも
止めるつもりはなかった。だが問題は、誰が代表者になるかだ。
「うっし!ちょっと怖いけど…あたし行くよ!エレナのためだもん!!」
「そんな、危険です!何があるか分からないのですよ!?ここは、わたしが行きましょう」
「待って、二人とも」
アスルがランとレオンを制する。そして二人に向かって微笑んだ。
「ぼくに、行かせて。絶対エレナを連れて帰ってみせるから」
「アスル…あっ!」
二人の返事も待たず、アスルはユトの元へ駆け寄った。
「さぁユトさん、早くして下さい!!」
「待ってよアスル!すんごいキケンなんだよ!?そんな簡単に…」
「時間がないんだ、早くしないとエレナが霊界へ行ってしまう!!」
そう言ってアスルはユトに視線を戻すと、コクリと頷いた。ユトは微笑するとアスルに頷き返した。
「よし、では行くぞ。一気に霊界の入り口まで魂を飛ばすからの。なるべく短時間ですますのじゃぞ、
そうでなければあの娘共々お前も霊界に引き込まれてしまう危険性があるからの」
「…はい」
ユトが杖を振りかざし、詠唱を始める。アスルは固く目をつぶり、一心にエレナのことを思った。
――エレナ、絶対ぼくが君を連れ戻すから…待っててくれ!!――
「ハーーッ!!」
「!!」
ユトが叫ぶと、杖の先端から薄紫色の霧のような物がわき出て、アスルの身体を包んだ。
「ぐっ…!」
とたんにアスルは激しい吐き気を覚えた。更に頭が割れそうなほどの頭痛を感じ、
立っていられなくなってその場に膝をついた。だがしばらくするとそれまでの苦痛が
嘘のように消え失せ、体が軽くなるのが分かった。
浮遊感……そう呼ぶのに相応しい感覚。
「……?」
不思議に思って下を見ると、ユトと二人の仲間、寝台に横たえられたエレナ、
そして自分自身の姿が見えた。それにより、アスルは自分が今霊体であることを
初めて理解した。が、次の瞬間フッと意識が遠のく。
――エレナ…エ…レナ…――
完全に意識を無くす直前まで、アスルは心の中で愛しい少女の名を呼び続けた……。
「アスルっ!?」
力無くその場に崩れ落ちたアスルに慌ててランが駆け寄った。アスルはエレナと同じように
固くまぶたを閉ざしていて、揺さぶっても頬を叩いても何の反応も返さない。
「……アスル…」
アスルの魂がエレナの元へ飛ばされたということを理解したランは不安そうな表情を見せる。
「後は信じて待つのじゃ」
ユトは一言そう呟くと、椅子に腰掛け静かに目を閉じた。
「…そう…ですね…アスルがエレナを連れ帰ることを…祈りましょう」
レオンがランの肩に手を置いて言った。
「うん…きっと、大丈夫だよね…アスルなら。だって…アスルとエレナはさ…」
ランの言葉に、レオンもかすかに微笑んで頷いた。
そう、アスルが何も言わなくても仲間たちはとうに気付いていたのだ。
彼の、エレナへの想い。
そして、エレナもまたアスルに対して同じ想いを抱いて
いたということにも――。

(00/12/13)

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