禁呪 第三章・5

 

「ん〜〜??」
その時、何かを感じたのか、ウィギーがゆっくり振り返った。
――まずい!!――
気づかれてしまったか、と二人は身を固くしたが、もうウィギーとの距離は手を伸ばせば 届くほどになっていた。
二人はそのまま突進し…ウィギーの背に黄金の錫上を突き立てた。 精一杯の力と、祈りを込めて……。
「ウギャギャギャギュギャァァァァ〜〜!!!」
ウィギーの、耳をつんざくような叫びが辺りに轟いた。杖は、背中から心臓を貫き、突き抜けている。
「やった!!」
「ええ!!」
アスルとエレナは、顔を輝かせ、抱き合って喜んだ。が、すぐに我に帰り、二人そろって 真っ赤になって、慌てて離れる。

「ヨ…ヨグモ…ギザマラ……コノ…オデサマヲヲヲ〜〜ッ!!」
ウィギーは口から紫色の血を吐きながら痙攣を起こしている手で杖を抜こうとした。
だが、杖を握ったその手は、ドロドロと溶け始める。
苦痛のあまりか、ウィギーは何度も耳をつんざくような叫び声を上げた。
さすがに痛々しくて、 二人は耳をふさぎウィギーから目をそむけた。エレナは、小刻みに震えている。
「ウギォ…嫌だ…死にだぐねぇ……ギャォォォオォ〜〜!!」
心臓部を中心に、ゆっくりと融けてゆく自分の体を目の当たりにし、ウィギーは恐怖に 彩られた声で叫び続けている。
――悪魔よ…二度と覚めぬ眠りにつきなさい…――
不意に、空間に声が響いた。ウィギー、そしてアスルとエレナは、同時に声の方を見やる。
「マユカさん!!」
声の主はマユカだった。明らかに衰弱している様子が見て取れたが、気丈にも背筋を伸ばして しっかりと立っていた。
鋭い視線でウィギーを見据えながら……。
「マユカァ…!なぁ、助けてくれよォ…オレとお前の仲じゃねぇかァ!!なぁ、助けてくれよ、 頼むよぉぉ〜〜!!」
殺そうとしておいて何が“オレとお前の仲”なのか知らないが、ウィギーは膝をつきガタガタ震えながら マユカに懇願した。
先程の高慢な態度は見る影もない。
だが、マユカは表情を変えないまま 手を前にかざすと、何やら呪文の様なものを唱え始めた。
「ヒッ…!!」
ウィギーはビクッと体を震わせた。胸に突き刺さった錫杖が光り始めたのだ。
それによって、先程までより体の融ける速度が進んだように思える。
「は…はわぁ…あわわぁぁ……」
「消えなさい!!」
光は杖全体からまばゆく発せられた。ウィギーの体は一瞬にして飛散し、光の中に溶け込んだ。
光はその断末魔すらも飲み込み……後に残ったものはマユカの黄金の錫杖のみだった。
それには、不思議なことにウィギーの血の一滴、肉の一片もまとわりついてはいなかった。
「あ…」
ふらりとバランスを崩したかと思うと、マユカは力なくその場に倒れた。 アスルとエレナは慌ててマユカに駆け寄る。
「マユカさん!!しっかり!」
アスルがマユカを抱き起こす。エレナはついいつもの癖で回復呪文を唱えようとしたが、 今は何もできる身ではないことを
思い出して留まった。
「わたしは…大丈夫、です…」
か細い声でそう言って、マユカは弱々しく微笑んだ。 どうやら命に別状はなさそうだ。二人はほっと胸をなでおろした。
「あの…ウィギーはどうなったんですか?」
恐る恐る、エレナが尋ねる。
「…消滅…しました。もう二度と、蘇ることは…ありません…」
「そうですか!よかった!!」
アスルとエレナは顔を見合わせて微笑みあった。
「それより…何故、危険を冒してまでわたしを助けたのですか…?あの杖を霊体であるあなた達が手にするなんて…
もう少し長く持っていたら、二人とも消滅するところだったのですよ…」
マユカの口調には、非難めいたものが感じられた。二人は思わず苦笑する。
「他に手段がなかったんです。だから…」
「そうではありません。わたしがウィギーに捕らわれている間に、逃げることも出来たはずです。 それなのに…何故……」
非難めいた口調はいつの間にか、疑問を投げかけるような口調に変わっていた。
「いえ、ぼくは…そうしようとしました。けれど、エレナが目を覚まさせてくれた…… 貴方を助けたのは、エレナです」
アスルが言うと、エレナは慌てて首を振った。
「そんな…わたし一人では何も出来ませんでした、アスルさんの力があったからこそ、 ウィギーを倒せたんです!」
互いに相手のことばかりを持ち上げようとする二人のやり取りを、マユカはしばらく静観していた。 だが、しばらくして
「…ぷっ……」
小さな笑い声をもらした。
「!?」
アスルとエレナは驚いてマユカを見る。
「もうお止めなさい、あなた方は何とかして相手のほうだけでも元の世界へ戻らせてもらおうと 思っているのでしょう?」
「う……」
図星を指されて二人は硬直した。
「…本当に互いを愛しているのですね……」
「な…っ!!」
“愛”などという言葉が出てきたため、二人はみるみる顔を紅潮させ、激しく動揺した。 その様子を見て、マユカは更に苦笑する。
「――まだまだ、時間が必要なようですね…――」
マユカは二人には聞こえないほどの小さな声で呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「あ、マユカさん!立って大丈夫なんですか!?」
「ええ、わたしは強い自然治癒能力を備えていますから…もう大分良くなりました」
そう言って、ウィギーを消し去った杖の元に歩み寄り、それを手にとった。 アスルとエレナはそれを見て身をすくめた。
もうこれ以上マユカに抵抗する力は残っていない。 あきらめて霊界の門をくぐるしかないのだろうか。
しかし、アスルには成すべき使命が残っている。ここでこのまま成仏してしまうわけには行かないのだ。
「……くっ…!」
どうすればいいのかと二人が焦っている間にも、マユカは近づいてくる。 そして…
「お戻りなさい。自身の肉体へ」
「…へ?」
思わず耳を疑う二人。互いに顔を見合わせ、間違いなく相手も同じ言葉を聞いたという事を確認する。
それでも信じられず、もう一度聞き返した。するとマユカは、また同じ言葉を繰り返した。
「そ、それって…あの…帰ってもいいってこと…ですよね…?」
恐る恐る、アスルが尋ねる。
「助けてもらったお礼です。今回だけ特別に認めましょう。ですが、次はありませんよ。 よく心得ておきなさい」
「――!!」
二人の顔がぱぁっと輝いた。
「マユカさん…あ、ありがとうございます!あっ、でも……」
ふとエレナの表情が曇る。
「そんなことしたら…マユカさん、神様に怒られるのではないですか?…だって、本当は いけないことなのでしょう?」
マユカは小さく頷いた。
「ええ…神からは何らかの罰が下されると思います。けれど、気にすることはありません。 あなた方を帰らせることは
わたしの意志ですることです」
「……マユカさん…」
事務的な口調に乏しい表情から、最初は神の意思を形にしただけの、いわば操り人形のような 存在だと思っていた。
だが、それは間違っていた。マユカはきちんとした人格と心を持った、 人間となんら変わらない少女だったのだ。
とたんに、二人の心にマユカに対する親しみが湧いてくる。
「お急ぎでしょう。わたしの力で、一気に肉体まで飛ばして差し上げます」
そう言って杖を二人に向ける。
「さぁ、目を閉じて……」
「マ、マユカさん!」
二人は慌てて叫んだ。
「どうしました?」
「あ、あの…本当に、本当にありがとうございます!!」
言うべき言葉が見つからず、アスルはただそれだけ言って深く頭を下げた。
「わたしが…わたしがみんな悪いんです…なのに、マユカさんが神様に罰せられるなんて… ごめんなさい…ごめんなさい!」
エレナの瞳は溢れる涙でぬれている。
「優しい人間達…今度はあなた方の寿命が尽きた時にまた会いましょう……」
マユカは少し寂しげに笑い、うつむいた。 杖が光りはじめる。ウィギーを消したときの輝きとは違う、淡く優しい光だ。
「マユカ…さん…」
エレナだけではなく、アスルも涙を浮かべている。
「あ、大切なことを言うのを忘れていました」
顔をあげ、マユカは二人を見た。
「え?」
きょとんと首をかしげる二人。
「ありがとう!」
今までで一番明るい笑顔で、マユカはそう言った。

二人の目の前に、白い壁が広がった。その光はマユカとの間に壁を作り、彼女の姿は一瞬にして 見えなくなった。
そして、どんなに叫んでも、その声はもうマユカには届かなかった…――。

 

…エレナ…いるかい?


わたしはここです、アスルさん……


マユカさん…いい人だったね……


ええ、本当に……


また、会えるよ……


そう、ですね…でも、覚えてくれているでしょうか、わたしたちのこと……


大丈夫、きっと…覚えててくれてるさ……


そうですよね、きっと……


うん……

 

二人は自分の身体へ戻るまでの間、しっかりと手を繋いでいた。
意識を失ってもなお、その手は離れることはなかった…――。



あとがき

うう、目茶目茶長くなりましたね…しかも既にドラクエじゃない(爆)
でも今回(3章の5)はいつもより少し早めにアップできました。
偉いぞ自分(どこが)

この章で登場したオリキャラ、マユカさんにはモデルがいます。分かる人にはバレバレでしょうが
あえて秘密にしておきましょう…ヒントは…名前をそのキャラの声優さんからとったというところかな(謎) 
ちなみに、ウィギーも、名前だけモデルにしたキャラがいますが、それは極秘事項です(爆)

さてさて、実はノートに書き溜めてあるのはここまでだったりするんです。ゆえに、次回からは完全に
書き下ろさねばなりません。今まで以上に時間かかるかもしれませんが、ちょっとでも楽しみにしてくださってる
方は、待ってやって下さい(ぺこり)

(01/4/14)

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