禁呪 第四章・1

 

――エレナ、アスル…絶対、絶対帰って来てね!!――
 ランはエレナの手を握り締め、心の中で同じ言葉を繰り返していた。

どれくらい時間が経っただろう。
いつしかランは、ウトウトとまどろみ始めていた。
…その時。
「……!?」
ランは、自分の手の中のエレナの手が、わずかに動いたのを感じてハッと目を覚ました。
「レオン!!い、今…」
「ラン!どうしました!?」
ランの上ずった声にただならぬものを感じ取ったレオンは、椅子から立ち上がって 急ぎランの元へ駆け寄った。
「見て……!」
そう言われて、レオンもランと同じようにエレナの顔を覗き込む。
しばらくはまた何の反応もなかったが、辛抱強く見守っていると、
硬く閉ざされていた瞼が一瞬ピクリと動いたのが分かった。
「やっぱり動いた!!」
「ええ!!」
二人は顔を見合わせ頷くと、身を乗り出してエレナに呼びかけ始めた。
「エレナ!!エレナ、起きてよっ!!」
「エレナ、目を開けて下さいエレナ!!」
何度も、何度も呼びかける。すると、それに応えるかのように、
エレナの青白かった顔に 徐々に赤みが差し始めた。
そして……わずかに口が開いて、そこからかすかな息が漏れたのだ。
「エレナッ!!」
「ん……あ…ラン……レオン…さん…?」
薄く開けたうつろな瞳で、それでも仲間の姿を認めたエレナは、かすれた声でその名を口にした。
「うっ…うぅぅぅ……うわぁぁぁ〜〜んっ!!!」
ランは見る間に目に涙を溢れさせ、エレナにしがみついて声をあげて泣き始めた。
「うわぁぁぁ〜〜〜よかったぁぁ、よかったよぉぉぉ〜〜っ!!」
「ラ、ラン…」
ランの背中をさすってなだめながら、エレナはぼやけた記憶を整理する。
――そう…わたしは、ユト様から禁呪メガンテを授かって…ネクロゴンドの洞窟で、
みんなを助けるためとはいえ 約束を破って使ってしまった……そして…マユカさんに会って、
霊界の門をくぐろうとした時アスルさんが来てくれて… 一緒にウィギーと戦って……――
「あっ!!」
突然エレナは飛び起きて、辺りを見回した。
「アスルさんは!?アスルさんは何処ですか!?」
その言葉に、レオンは慌てて、ベッドを背もたれにして座り込みうなだれているアスルの前に しゃがみこんで、
その肩を揺さぶった。
「アスル!アスル!!しっかりなさい!!」
「……ん〜〜〜…」
唸り声と共に、重たそうな瞼がゆっくりと開く。
「…あれ?みんな…」
「アスルさん!!よかった……」
「アスル〜!心配したんだぞ〜っ!!」
「ああ…本当によくやりましたね、アスル!!」

エレナがあの忌まわしい禁呪を唱えてから、まだ数時間しか経ってはいなかった。
しかし四人はまるで数十年ぶりに再会したかのように、互いに涙し、 手を取り合って喜んだ。
その様子を、少し離れたところからユトが見ている。
――大したものじゃ…あそこから娘を連れた上で無事戻るとはな…――
口には出さなかったが、ユトはアスルに確かな勇者としての器をみとめた。

 

「何でだよ!?分かっただろう、君があの呪文を持っているのは危険なんだ!!」
「……わかってます、でも…このままじゃわたし、何も変われないままで終わってしまいます。
お願いです、もう一度だけチャンスをください!」
エレナはアスルに懇願する。が、アスルは頑なに反対した。
今度もしメガンテを使えば、エレナは二度と生き返られないのだ。
それならいっそ、エレナがメガンテを使えなくなってしまえばいい。
だからユトの提案にアスルは――ラン、レオンも同じく、即賛成したのだ。
しかし、当のエレナはそれを受け入れようとはしなかった。
「わしはどちらでもかまわぬのだ。全ては僧侶の娘…お前が決めること。
お前がこのままで良いというのなら わしもそれでよい」
「ま、待ってよ!!ねぇエレナぁ、やっぱり禁呪返そうよ〜〜!」
ランがもう一度エレナを説得しようとする。

ユトの提案…それは、エレナが望むなら禁呪メガンテを自分に返還してもよいというものだった。

「エレナ、今の貴方は爆弾を抱えているようなもの…それがいつ爆発してしまうか、
わたしたちは心配でならないのです」
レオンもしきりに禁呪の返還を勧める。
「ごめんなさい…いつも心配かけてばかりで。でも、だからこそわたし、
心配かけなくてすむ様になりたいんです !」
エレナは申し訳なさそうに、けれど決心を変えるつもりはないといった口調でそう言った。
「エレナ…」
「決まりじゃな、禁呪メガンテは引き続きお前のものじゃ」
ユトが言うと、エレナはこくりと頷いた。
「では再び戻るがよい。そなたらがなすべきことをなすのじゃ」
ユトは、もう誰も口をはさむことは許さないとでも言うかのように、素早く呪文を唱えた。
四人の姿は一瞬にしてユトの前から消える。

「…見せてもらおう、お前の強さを。僧侶の娘、エレナよ……」
一人残ったユトは、小さくそう呟いた。

 

こうして、アスルたちの長い一日は終わりを告げた――。

 

(01/8/22)

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