禁呪 第一章・3

 

滑るように細い通路を進んで行くユトの後を、アスルとエレナの二人は、寄り添い合いながら、ついていった。
「ここじゃ。娘よ、ここに立て」
奥まった一室にたどり着くと、ユトはその部屋の中央に描かれた魔法陣を杖で指した。
不安げな瞳を一瞬合わせた二人は、握っていた手を離す。アスルは部屋の隅に下がり、エレナは恐る恐る
魔法陣の上に立った。
「それでは…はじめるぞ」
「は、はい…」
エレナの声は震えている。恐れと緊張のためだろう。
「……我が中に封じられし禁呪よ……」
ユトの詠唱が始まると、室内の空気は一変した。先程、ユトがエレナの熱を下げたときよりもさらに強い魔力が、
部屋中を満たしてゆくのがアスルにも分かった。
「今この時よりこの者を主となし、この者の意に従え……!!」
そう言うと、ユトはエレナにもアスルにも理解できない…おそらくは古代語か何かでブツブツと、呪文らしい
言葉を呟く。
「!!」
エレナは自分の中に異様なものが流れ込んでくるのを感じていた。まるで、体が張り裂けてしまうのではないか
と思うほどに、強く、禍々しく、それでいて清らかな…そんな力が、全身を駆けめぐってゆく。
ユトが杖を振りかざす。アスルはエレナの全身が、霧のようなものに包まれたのを見た…。

 

「……よし、終わったぞ」
その言葉と共に、部屋中に満ちていた、聖気とも邪気とも付かない空気は一瞬にしてかき消された。
「これでお主は、禁呪を扱えるようになった…」
エレナは恐る恐る目を開ける。儀式が終了したらしいと分かると、アスルは急いでエレナに駆け寄った。
「エレナ!大丈夫!?ど、どこか痛いところか、おかしいとことかないかい!?」
「…アスル…さん…あ、頭が……」
「頭…?頭が痛いの!?」
「ち、違い、ます…頭の中に…何か…」
エレナは震える両手で頭を抱える。
「どうしたんだ、エレナ!!」
「頭の中に、何か…浮かんでくる…」
「それが禁呪のスペルじゃ」
ユトが静かに言った。
「今、お主の頭に浮かんだその言葉が、わしが与えた禁呪じゃ。お主は、その言葉を唱えることによって、
禁呪を使うことが出来る……」
「……!」
アスルもエレナも、思わず息をのむ。
「その呪文があれば、どんなに危険な状況に陥ろうと、仲間を救うことは出来るじゃろう。じゃが、それを使えば、
お主は死ぬ…それが自己犠牲呪文…メガンテなのじゃ」
エレナの頭に浮かんできたぼんやりとした言葉は、やがてハッキリと一つの単語を作った。
それは……“メガンテ”だった。
「あ……あ…」
エレナは恐怖のあまり立っていられなくなり、その場に膝をついた。
「エレナ!しっかりして!!」
アスルはしゃがみ込んで、エレナの肩を抱いた。その華奢な肩も、小刻みに震えている。
「ア…スルさん…わ、わたし…恐い……」
「エレナ!!分かってるね!?絶対に、使っちゃ駄目だぞ!もし、使ったりしたら、許さないからな!!」
いつも自分の身を犠牲にして仲間に尽くそうとするエレナ。そんな彼女の性格を知ってるだけに、アスルの心
には、不安と恐れが暗雲のように立ちこめる。
「は、はい…わかって…ます……」
 エレナは頼りなさげな、か細い声で答えた。


 
アスルとエレナが戻ってくると、心配そうな表情のレオンと、檻の中の熊のように部屋中をうろうろしている
ランが待っていた。
ランは、エレナの姿を見つけると、急いで駆け寄ってきた。
「エレナっ!!だいぢょーぶっ!?」
「う、うん…」
「ホントに!?ホントに何ともないの!?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとうラン、心配してくれて」
力無く微笑むエレナの横顔を、レオンが何か考えている様子で見ていた。
「エレナ」
やがて、神妙な表情で口を開く。
「もしや、あなたに与えられた禁呪というのは…“メガンテ”ではありませんか…?」
「!!」
エレナの顔色がサッと変わる。その様子から、レオンは自分の予想が当たっていることを見て取った。
出来ることなら、当たって欲しくはないと思っていたのだが……。
「やはり、そうなのですね…。聞いたことがあります、自分の全生命力をなげうって敵を粉みじんにしてしまうという、
絶大な破壊力を持つ呪文…。攻撃用の呪文をあまり持たない僧侶に使うことの出来る、捨て身の攻撃呪文
として、昔多くの高僧が用い、人々を魔物達から守ったそうです…しかし、そのためにメガンテの使い手は
どんどん減っていき…今となっては、世界でも数人ほどしかいないだろうと…そう聞いています…」
「エ、エレナ!!約束したかんね!!絶対絶対ぜぇぇ〜ったい、使っちゃダメだかんね!!
あたしたち、強いんだから!!どんなに強い敵でも、よゆーのよっちゃんで倒せるんだから!!だから…
そんなもの、使ったって、無駄なんだからっ!!」
ランはエレナにしがみついて、何度も繰り返した。
「ええ…わかってるわ。大丈夫…使ったりしない……」
まるで自分に言い聞かせるかのように口の中で小さく呟いた言葉は、頼りなくて、ランやレオン、アスルの不安は、
解消されるどころか、強まってしまった。
 
「…よし、ではそろそろ行くがよい。いつまでものんびりしてはおれまい、仮にも勇者様のご一行なんじゃからのう」
ユトがいつの間にか四人の背後にたっていた。
「は、はい…でも、ぼくたち、道に迷ってここにたどり着いたんです。どうやって帰ればいいのか…」
アスルは気恥ずかしそうに頭をかいた。ユトはあきれたような表情を見せたが、小さく溜息をついた後、
頭を垂れてブツブツと呪文を唱えはじめた。
「じーさん、なにしてんの?」
ランの言葉を無視して、ユトは短い詠唱を終えた後、杖を高く振りかざした。
「では…健闘を祈るぞ、僧侶の娘よ……」
「ちょっと、ユトさん、あの…!!」
ユトに別れの挨拶を言う間もなく、アスルたちの姿はユトの前からかき消された……。


 
気付くと四人は森の外にでていた。山際には今にも夕日が沈もうとしており、空は赤く染まっている。
四人共しばらく誰も動かず、口もきかず、呆然とその空を見ていた。
「……夢…だったのかな…?」
沈黙を破り、ランがぽつりと呟く。その響きには、夢であって欲しい、という願望が込められていた。だが、
エレナは静かに首を振る。
「夢、じゃない……だって、覚えてるもの…禁呪…」
その声と身体は、まだ小刻みに震えていた。
また、沈黙が続く。次にそれが破られたのは、夕日がすっかり沈み、夜のとばりがおり始めた頃だった。
「……とにかく、どうやらユトさんが助けてくれたみたいだね。よかった、あのまま出られなかったらどうしようかと
思ってたんだ」
アスルは明るい声を出し、大きくのびをした。それが、話題を切り替えたくてとった行動だということは誰の目にも
明らかだったが、仲間たちはその気持ちを察して、いや…おそらく同じ心境だったのだろう。同じく無理をして
微笑んだ。
「あ〜っ、疲れちゃったね〜。レオン、ルーラして!早くどっかの街へ行こうよ、あたしもうお腹減って死にそう
だよ〜、今日は思いっきり食べるぞーっ!!」
「ラン、あなたはいつも思いっきり食べているでしょう?」
「そ、そんなことないよ、あたし普通だもん!」
レオンの突っ込みに、ランはぶうっと頬を膨らませた。それを見たエレナの顔に、わずかに微笑みが浮かぶ。
アスルはエレナを見つめた。そして心の中で呟く。
――エレナ…君を信じるからね…――
アスルの視線に気付いたエレナが顔を上げる。アスルの不安げな瞳とエレナの脅えたような瞳が、互いの姿を
映し合う。
エレナは、アスルの視線を避けるように目を伏せた……。


あとがき

 おいこら、メガンテはレベルさえあげれば使えるだろう、というツッコミはごもっともですが、それ言ったら
この話が成り立たなくなるので言わないで下さい(笑)
ちなみに、メガンテが禁呪という設定なので、この話の中ではザオリクやザオラルも禁呪扱いです、
普通の人には使えないということになってます。う〜ん、本編とは殆ど関係なさげだし、やっぱりDQ3のキャラを
使ったオリジナル小説、に近いものがありますね…。
この話ではエレナちゃんはちと暗めな感じになりますが、本来の設定では少々ボケ入った、控えめだけど
みんなに安らぎを与えてくれるタイプ、なんですよ…しかしそーゆー面はこの話においてはちょっと
表せないかも…(汗)
 わたしは心の成長物語を書くのが妙に好きらしいので、この話でもそーゆーのを描けたらいいなぁ…
というのは建前(爆)。本音は、
勇者×僧侶でラブラブものを描きたい!これに尽きる
でしょう(死)なんか、二人とも既に惹かれ合ってる状態ですけど…お互いが、いつ、何処に惚れたか、
とかいうのは実はハッキリ決めてないんですよね…とりあえず決めていることは、二人は幼なじみではないし、
一目惚れでもありません。…共に旅をしていて、その道中で惹かれ合った、と漠然とした設定だけはあります。
いつかこの辺の話も書きたいですけど…こう!と決めてしまうよりいろんなパターンを想像してたほうが
楽しいかな?とも思ってみたり…。

まぁ、それはいいとして、この話は少々暗いです。どちらかというと明るく爽やかな話を書く方が好きなんですが、
たまにはこういうのも良いでしょう(笑)
そうそう、オリキャラ“ユト”の名前は、高校の頃、世界史の時間に習った“ユトランド”とかいう国(だったっけ?)
の名前からとりました。実はこの「禁呪」、高校の頃にちょっと書いてた話なんです。文章にはかなり手を加えて
ますけどね。
完結はしてないので完全に一から書かなければならない日も来るでしょうけど、当分は手直しのみで済みそう
です、何せすごーーく長いですから(苦笑)。

では、次は2章ですね。ネタはあってもなかなか打ち込めなくて時間がかかりますが、気長に待ってください。
って、こんな話楽しみにする人なんていないか…(汗)


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