禁呪 第四章・2

 

空は青く晴れ渡り、所々に見える白い雲は、ゆっくり形を変えて流れていく。
鳥の声が遠くで、近くで聞こえている。

こうしてやわらかな草原に寝そべって時の流れに身を任せていると、
世界が魔王によって滅ぼされようとしていることなど信じられない……
アスルはそう思った。
――でも、実際こうしてる間にもバラモスは世界を自分のものにするために
様々な手段で人々を苦しめているんだ……ぼくたちは行かねばならない、
一刻も早く。 バラモスを倒し、本当の平和をもたらすために……だけど…!!――
アスルはごろりと身体を反転させた。

あの日――禁呪メガンテを使い命を落としたエレナを、やっとの思いで
この世に呼び戻した日から数日が過ぎていた。
その時、エレナには禁呪を手放す機会が与えられたのだが、
エレナはそれを強く拒否した。仲間たちの反対を押し切ってまで……。

その日以来、アスルは再びネクロゴンドの地に足を踏み入れることが出来ずにいた。
リーダーであるアスルがそのような状態にあれば、当然仲間たちも足止めを
余儀なくされる。三人ともそれぞれの思いを口には出さず、軽い鍛錬などして一日を
過ごしていたが、日ごとに焦りは大きくなっていた。アスルもこれではいけないと
分かっていたし、仲間たちの気持ちも察して何度も進もうとしたのだが、
そのたびにあの時の悪夢が頭をかすめ、 歩みが止まってしまうのだ。

温かく、けれどまがまがしい光に叫びは飲み込まれ、最後に悲しい笑顔を
見せた少女は、次に見た時には表情も血の気も失っていた。
――あんな思いは、もうたくさんだ……!――
エレナのことを大切に想う気持ちは変わらない。だが、だからこそアスルは、
エレナが禁呪の返還を拒んだことを重く引きずっているのだ。
――返してしまえばよかったんだ、返してしまえば楽になるはずなのに…!――
「楽に……なる…?」
アスルは自分が心の中で呟いた言葉にハッとした。
――誰が…?エレナが……!?違う。ぼくだ… エレナがメガンテを手放すことを
願っているのは、エレナのためを思ってのことじゃない…恐れているのはぼくだ、 エレナが
またあの呪文を使って、今度こそ二度と会えなくなってしまうことが怖いんだ…! ――
アスルはそれに気付いて自己嫌悪に陥る。
愛する少女を信じてやることも出来ない……そんな自分が許せなかった。

 

アスルが仲間たちのところへ戻ったのは、夕食時をとっくに過ぎ、本来ならば
眠りに付くべき時間だった。
だが三人はアスルの帰りをずっと待っていたらしく、アスルの姿を見つけると
駆け寄ってきた。
「あほ!!こんな時間まで何やってたんだよ!?」
「アスル…あまり心配をかけないで下さい。何かあったのではないかと思って
今探しに行こうとしていたところだったのですよ」
ランとレオンが口々に文句を言う。が、アスルはうつむいて「ごめん」と一言呟いたきりで
二人の横をすり抜けていった。
「ちょっ…なんだよ、アスル!!」
その態度に不満を爆発させたらしいランが更に抗議をしようとすると、
「あっ…アスルさん、お腹すいたでしょう?ご飯、冷めちゃったから…今、温め直しますね!」
エレナがその場を取りつくろうように明るい声を出し、ふたをしてある鍋に駆け寄った。
「えっと…アスルさん、今から火をつけるの大変なので、ちょっとメラしてもらえますか?」
鍋を持ち上げ、下に薪を敷きつめた後エレナは振り向いてそう言った。やはり、笑顔だった。
「……どうして…」
「えっ?」
「どうして君はぼくを責めないんだ!?勝手な行動をとって、君たちに心配かけたぼくに
どうして何も言わないんだよ!?」
アスルは、自分でもわけのわからないうちに叫んでいた。
「アスル!?どうしたんだよ、落ち着いてよ!!」
「アスル、何を言っているんですか!エレナはわたしたち以上に
貴方のことを心配していたのですよ!!」
ランとレオンの声はアスルの耳には届かなかった。 アスルはただ、エレナを見据えていた。
「だって…そんな……」
まだ笑顔を作ろうと必死に努めながら、エレナが震える声で呟く。
「わたしには…そんな資格ないですから…アスルさんのことを責める資格なんて……
だって、わたしが一番…迷惑……かけて…」
「エレナ!もういいから!!」
ランが今にも泣き出しそうなエレナをかばうように言葉をさえぎる。
そして、アスルを鋭い視線でにらみつけた。
「 アスル、あんたねぇ!ちょっとしつこいよ!!エレナはもう絶対メガンテは
使わないって言ってんだよ!?どうして信じてあげないんだよ!!」
ランにも…レオンにも、エレナにも分かっていたのだ。
アスルの、アスルらしからぬ言動の原因が何であるのか……
「それじゃぁ、ランは信じてるのかい?」
アスルは静かに問い掛ける。
「えっ…!?なななな、何言ってんだよ、 あっ、あったり前…じゃん!!」
感情をこれ以上ないぐらいに表に出すランに嘘がつけるはずもなく、
その言葉が本心でないことはすぐに分かった。
「レオンは…どう思ってる?」
アスルの視線がレオンの方に向けられる。
「そ、それは……」
レオンは思わず目をそらし、言葉を濁す。
重い空気が流れ、しばらくは誰も何もいえなかった。

「……ごめん…なさい…」
沈黙を破ったのは、小さくかすれた声だった。
「エレナ…!」
「ごめんなさい……やっぱり、わたしには…変わることなんか、 出来ないみたい…
ですね……それどころか…ますます…迷惑かけて…心配…かけて…」
ずっと抑えていた反動か、涙はあとからあとから溢れてエレナの頬をぬらした。
「エレナ!そんなことない、そんなことないよっ!」
「そうですよ、落ち着きなさいエレナ、貴方は今までどおりで居ればいいのです!」
ランとレオンは慌ててエレナをなだめようとする。だが、アスルは唇を噛み締めて
無言のままだった。アスルは、自分も泣きたい気分だった。一番傷つけたくない、
大切にしたいエレナをこんなに傷つけて、その上どうすることも出来ないことが
苦しくて、悔しくて、腹立たしくて……

「……します」
「え?」
「わたし…禁呪をユト様にお返しします」
涙を拭い、少し落ち着きを取り戻したエレナが小さく、けれどはっきりとそう言った。
「な…!?」
あれだけかたくなに禁呪の返還を拒んでいたエレナの突然の言葉に、
三人は思わず耳を疑った。 
「エレナ、でも…!」
「いいんです、やっぱりわたしにはあの呪文を持つのは無理だったんです…。
それに、みんながそれで安心してくれるのなら……もう、いいんです」
エレナは力なく微笑んだ。
三人の心の中に複雑な感情が渦巻く。
そうしてくれれば、自分たちは安心だ。だが、エレナはどうなのだろうか。
自分を変えるために身に付けた禁呪を、結局何も変わらずに、いや
それどころかますます自己嫌悪を強めたままで返還すれば、
苦しみをずっと引きずり続けることになるのではないだろうか。
「ユトさんのところに、行ってきます」
「ちょ、ちょっと待ってエレナ!そんな急ぐことないじゃない!!
それに、ユトのじーさんがどこにいるかわかんないでしょ!?」
ランが慌てて引きとめようとする。
「今までのことを考えると、ユトさんはきっと千里眼の持ち主なんだと思うわ。
もちろん、滅多なことではこっちからの呼びかけには応えて下さらないと思うけど、
禁呪を返還するのはわたしの自由だとおっしゃっていた……だから、わたしが
禁呪の返還が目的でユトさんのところに行きたいと強く願えば、きっと
導いてくれると思うの」
エレナは空を仰ぎながら答えた。
「…そうですね…恐らくその推測は間違っていないでしょう…」
レオンが同意したことで、エレナの考えはほぼ確実なものであることが分かった。
もういつでも、エレナと禁呪を無関係に出来る。
だが、それを望んでいたにもかかわらず、三人の心は晴れなかった。

――わたし、みんなに迷惑かけてばかりの自分を変えたいんです。強く…なりたいんです――

――心配かけなくてすむ様になりたいんです… !――

禁呪を受け入れることを決めた時、禁呪の返還を拒んだ時、
普段控えめなエレナが強い意思を込めて言った言葉がアスルの頭に蘇る。
その気持ちも変わったのだろうか?
そんなはずはない。自分のせいで旅が進まないこと、仲間達が
ぎすぎすしてしまっていることに責任を感じての決断に決まっているのだ。
――エレナ、君は本当にそれでいいのか…!?――
アスルは自分の考えが矛盾していることは分かっていても、
エレナがこのまま禁呪を手放してしまってはいけないような気がしてならなかった。
しかし、あれだけ禁呪の返還を勧めた手前、今更どう言えばいいのかも分からない。

そうこうしている間にもエレナは手を組み目を閉じて、 祈るようにユトに呼びかけ始めた。
「……ユトさん…聞いてください……」
その時、
「待って!!何か聞こえる!!」
突然、ランが叫んだ。
「えっ!?」
エレナも呼びかけを中断して目をあけ、耳を澄ませる。
風の音に乗って遠くから聞こえてくるもの……それは――
「悲鳴だ!それも、たくさんの人の…!!」
アスルが血相を変える。
「あっちは…アッサラームの方です!! もしや、街の人々に何か
あったのでは!?」
レオンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、四人は駆け出していた。


「あっ……!!」
アッサラームの街に着いた四人はその光景に目を疑った。
「そんな…まさか!!」
「ねぇ、こいつらって、ネクロゴンドにいっぱいいた化けもんだよね!?
なんで こんなところにいるのさ!?」
街の中で何匹ものフロストギズモが飛び回り、人々を襲っていたのだ。

大きな街であるアッサラームには、万一の事態に備えキャットフライや暴れ猿
程度ならば簡単にしとめられるような兵士が何人か常駐している。が、彼らも
相手が未だかつて相手にしたことのない、しかも空中を自在に浮遊し、
吹雪を吐き氷の呪文を操る魔物となるとまるで歯が立たず、民間人と
一緒になって逃げ回るのが関の山だった。
「もしや…」
レオンが口を開く。
「わたしたちがネクロゴンドの火山を噴火させたことで道が開けたため、
何らかの拍子にこちらへ渡ってきたのかもしれません。
こことネクロゴンドは海で隔てられていますが、フロストギズモなら
空を飛んで移動できますから…」
「それじゃ…ぼくたちのせいで!?…でも…!!」
それは仕方のないことだった。最後のオーブを探すため、
ネクロゴンドの地を進むため、ひいては バラモスを倒すためには、
どうしても火山を噴火させて道を開かなければいけなかったのだ。
「んなコト言ってる場合じゃないよ!早く、街の人たちを助けないと!!」
ランの言葉にアスルは我に帰る。
「うん…そうだね!」
「行きましょう!」
「ええ!」
四人は顔を見合わせて頷くと、街の中へ駆け出した。

 

(02/1/10)


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まだ章の途中だけど、4ヶ月以上も間があいてしまったのでちょっと言い訳を…
すみません〜なんか「文章スランプ」に陥っていたみたいです(汗)
これから先もまた間があくかと思われますが、どうぞ気長に待ってやって下さい;
でも、今回ほどお待たせしないようには心がけようと思いますm(_ _)m