禁呪 第四章・3



フロストギズモは、今のアスルたちにとってそこまで手強い相手ではなかった。
しかし、数が多い上に街の中で暴れているのだ。街の人々を傷つけることなく
撃退するのは容易なことではない。
「ベギラゴ…」
レオンは炎の呪文を唱えかけて止めた。襲われている人々に被害が及ぶのを
避けられないと判断したためだ。
「うう…あたしこいつら嫌いなんだよ…」
ランは唸りながらも拳をふるう。しかし、冷気が集まって形を作っているだけの
ようなフロストギズモには思うようなダメージを与えられない。その上ヒャダルコを
唱えられ、呪文への耐性が低いランはまともにダメージを受けてしまった。
「うわぁぁっ!!」
「ラン!!大丈夫!?」
倒れたランに駆け寄り、素早く回復するエレナ。
「ぐっ…もうっ!これだからイヤなんだよっ!!」
「文句をいっている場合じゃないぞ!頑張ろう!」
アスルはそう言いながら剣でフロストギズモ達を切り裂いて行った。
「えいくそっ!!やったるわいっ!!」
ランは半ばやけくそ状態で、フロストギズモが何匹も固まっているその真ん中に
飛び込んで、反撃の隙を与えないような素早さで技を繰り出して次々飛散させてゆく。
「皆さん!少し離れるか、建物の陰に隠れて下さい!!」
レオンは街の人々にそう呼びかけるとエレナのほうを向いた。
「バギクロスを!」
「…はい!」
エレナとレオンは背中あわせに立ち、お互い頷くと同時に呪文を唱える。
『バギクロス!!』
左右に竜巻が起こり、それに巻き込まれたフロストギズモ達はかき消されたかのように
霧状になった。

四人の戦いにより、フロストギズモたちは一匹残らず消滅した……かに見えた。

「…ふぅ…ひとまずもう安心だね」
ランがほっと胸を撫で下ろし、笑顔を見せる。
「よかった…街の被害も大したことないみたいだ」
アスルにも安堵の表情が浮かんだ。
「あの、怪我をされた方は言ってください。治しますので…」
エレナはようやく落ち着きを取りもどし始めた街の人々に呼びかけた。
「ああ…ありがとうございます!!助かりました!」
「ホント、どうなることかと…」
「あなた方はわしらの命の恩人ですじゃ!」
街の人々は四人を取り囲み、口々に礼を述べる。
「いえ、そんな…」
――もしかするとぼくたちのせいかもしれないんですから…――
アスルは言いかけて、事がややこしくなっては困ると思ってやめた。
「うわぁぁん!!」
突然、叫びが聞こえた。アスルたちと街の人々が一斉にそちらを見やると、幼い子供が
五,六匹のフロストギズモに囲まれて泣いているのを見つけた。
「くっ…まだ隠れていたということですか…!」
レオンが歯噛みをしつつ再び杖を構えた。しかし、中心に子供がいるのでは呪文も
使えないし、簡単に手出しすることも出来ない。
「うしっ、あたしが一気に片付ける!!」
ランは言うが速いか、一気にダッシュして素早くフロストギズモ達を蹴散らした。
「もう大丈夫だよっ」
そして泣いている子供を抱えて戻ってくる。
「ひっく……ありがとう、おねえちゃん…」
子供が涙ぐみながらも笑って、ランにお礼を言った。
「え…えっと…うん…」
『おねえちゃん』などと呼ばれることに慣れていないランは、照れて思わず顔を紅くした。
「ハハハ…」
その様子にアスルが思わず吹き出し、エレナやレオンも声をあげて笑った。少しだけ
和やかな空気が流れる。だが…
「うわぁぁ!!まだいるぞ〜〜!!」
今度は三匹のフロストギズモが、逃げ惑う兵士を追い掛け回していた。
「そんな…!!」
アスルたちの表情は驚きと戸惑いに彩られる。
吹雪を受けて気絶してしまった兵士からなんとか引き離したフロストギズモたちをアスルの
べギラマとレオンのバギマで仕留めた。兵士が負った凍傷は、エレナのベホマによって
回復した。
「さすがにおかしいですね…倒しても倒しても次々と現れて…まるで湧いて出てきている
かのようです…これは大陸を越えて渡ってきたのではないかもしれません」
レオンが呟く。
「では、一体…」
エレナが言いかけた時、また叫び声が聞こえた。
「た、助けて〜!!」
若い女性だった。彼女を追いまわしているのは、やはりフロストギズモだったが今度は
一匹だった。
「なんだかだんだん数減ってきてるような気がしない?」
ランは素直な疑問を口に出した。
「とにかく、あの人を助けなきゃ!!」
アスルは急いで駆け寄り、そのフロストギズモを剣で一刀両断した。
「よし、今度こそ最後だ!!」
ドサッ…
アスルが息を切らしながら叫んだと同時に何かが倒れる音がした。
「何だ…?」
音がしたほうに恐る恐る近づいてみると……そこには肩で激しい息をしながらうつぶせに
倒れている、全身に苔をまぶしたような体色をした小さな魔物がいた。
「――!ミニデーモン!!」
「えっ!?」
アスルの声に三人が駆け寄ってくる。
「ちぃ…っ!!もう…召還する…魔力が…!」
舌打ちして顔をあげたミニデーモンは、自分が取り囲まれていることに気づき
戸惑いの表情を見せた。だがすぐに、不敵な笑みを浮かべると鼻を鳴らした。
「フン…随分油を売っていらしたみたいだなぁ?勇者様」
「どういう意味だ!?」
アスルはミニデーモンをにらみつけて問いただす。
「甘いな…こんなに長い間一定の場所に留まっていれば、雑魚モンスターにも
情報ぐらい流れてくる……殺しに来てくれと言ってるようなものだぜ」
「!!」
アスルだけでなく、他の三人も血相を変えた。
「待って、貴方さっき召還とか言ってたけど、もしかしてあのフロストギズモ達は…」
「ああそうとも。このオイラが呼び寄せたのさ。街が襲われれば、お前たちは
必ず人間どもを助けに来る…だが街の中では思うように戦えない。オイラの
読みどおりだったというわけだ……」
エレナの言葉に挑戦的な態度を崩さず答えるミニデーモン。だが、起き上がろうとして再び
倒れてしまった。よほど力を消費したのだろう。
「ただ一つの誤算は…お前たちが思ったより強かったってこと…だな…」
「でも、なんでフロストギズモなんだよ。もっと強い奴呼べばよかったんじゃないの?
トロルとかさ〜」
ランが言うと、ミニデーモンは真っ赤になってわめき始めた。
「うるせぇな!!お前らなんかあいつらで充分だって思ったんだよ!!それが誤算だった
つってんだろ!!」
「…ひょっとすると…貴方の召還術で呼び寄せられるのはフロストギズモが限界だったのでは
ないですか?」
レオンの言葉にミニデーモンは何も言わなかったが明らかに動揺した。
「…図星のようですね…」
「黙れ!!オイラは失敗したけど、お前らを殺して手柄を立てようと思ってる
モンスターはいくらでもいるんだからな!せいぜいのんびりして死んじまえ!!」
ミニデーモンは悪態をつくと最後の力を振り絞って呪文を唱えた。するとその姿は
アスルたちの前から掻き消えた。
「……ルーラですか…」
レオンが呟く。アスルはミニデーモンが消えたにもかかわらず呆然とその場に
立ち尽くしていた。
――結局、ぼくたちの…いや、ぼくのせいだったんだ…ぼくのせいで、街の人たちを
危険な目に…――
アスルの気持ちを察し、仲間達はいたたまれない気持ちになりうつむいていた。
だが、やがてエレナがアスルの方に進み出ると、その目をみつめて強い口調で言った。
「…アスルさん、旅を進めましょう。わたしたちは一刻も早く世界を平和に導かなくては
なりません」
「…エレナ……」
「ごめんなさい、わたしのわがままでこんなことになってしまって…わたし、ユト様に
禁呪をお返ししてきますから、先に行ってて下さい」
エレナは目を伏せて力なく微笑んだ。だが、アスルは首を横に振った。
「いや…もう、いい…」
「えっ?」
「禁呪は返さなくていい。君は本当は返したくないんだろう?」
「で、でも…」
「旅はちゃんと進める。もう立ち止まったりしないよ。そしてエレナ、もう一度
君を信じる。今度は絶対、約束を守ってくれるね?」
エレナはアスルの言葉にしばらく呆然としていたが、徐々にその顔に微笑みが広がる。
「はいっ!ありがとうございます、アスルさん!」
久しぶりに見るエレナの明るい笑顔に、アスルも笑顔を返した。
二人の様子を見守っていたランとレオンも顔を見合わせて微笑みあった。


遠巻きに見ていた街の人々には、四人とミニデーモンとのやりとりは聞こえて
いなかった。そのため今回のことは何かの拍子に迷い込んだ強いモンスターを
たまたま近くにいたアスルたちが撃退してくれたのだと皆一様に解釈していた。
街の人々は、街を救った英雄たちのために盛大な宴を催そうとしたが、アスルたちは
それを丁寧に断った。そして真実を告げる代わりに、建物の修理代や警備の強化などに
当ててほしいと、持っていたゴールドをそっくり長に渡して街を後にした。
「みんな…今まで色々とごめん。ちょっと長い寄り道だったけど…これから遅れを
取り戻してみせるよ。一緒に頑張ってくれるかな?」
アスルが少しバツが悪そうに頭を掻きながら仲間達に言うと、三人は笑顔で頷いた。

そして四人は、再度ネクロゴンドへと向かった。今度はもう引き返さないという、
強い意志を胸に宿して。だが、四人の心には同時に不安も渦巻いていた。
それはやはり、エレナの禁呪のことだった。エレナのために信じると言ったものの、
やはりアスルの中にある、エレナがまた禁呪を使うのではないかという恐怖は
拭われておらず、それはランとレオンも同様だった。エレナ自身もそのことに
気づいており、また、自分が同じ過ちを繰り返してしまうのではないかという恐怖に
かられていた。
――ううん、今度は絶対に大丈夫…みんなやユトさんやマユカさんを
裏切るようなことも、悲しませるようなことももうしないわ…!――
首を振り、きゅっと拳を固め、唇を噛み締めて心の中で何度も繰り返す。
そして…ネクロゴンドの洞窟の前にたどり着いた時、
「アスルさん」
「エ、エレナ…?」
アスルはエレナが突然手を握ってきたことに戸惑う。エレナはアスルの方は見ず、
ただ手に少し力を込めた。
「…行きましょう……」
その手がわずかに震えていることに気づいたアスルは、返事をする代わりにそっと
握り返した。ゆっくりと歩いて洞窟に入ってゆく二人に、ランとレオンも続いた――。



すみません…なんか前回、少なくとも4ヶ月以上は待たせないようにするとか言っときながら、
気づいてみれば一年以上もサボってるではないですか!!(汗)
言い訳のしようもありませんですが、ずっと気にはなってたんです。
いっそのこと「休載中」にしてリンク外して、全部書きあがってから再度公開しようかなぁ…
なんてことも考えたのですが、そうするとますます後回しになりそうだったのでやめました。
今回、こうして重い腰をあげることができたのは、読んで下さっている皆様のおかげです。
こんなのでも楽しみにしてくださっている方がそれなりにいるのだとわかり、やる気が
わいてきたのですよ〜単純なもので(笑) それに勇×僧熱が最近ますます激しく
燃えてきたというのもありますね。
とりあえずいつかは書き上げるぞ〜ぐらいののんびりペースでがんばろうとおもいますので
暖かく見守ってくださるとありがたいです〜

(03/2/22)


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