入部特典・1


「上岡くん、ちょっといい?」
そう声をかけられて振り向くと、そこにはクラスメイトの女の子、
天羽 碧(あそう みどり)が立っていた。
「天羽さん、どうかした?」
「うん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…上岡くん、写真撮るの得意よね?」
「写真…?うん、まぁ、写真部だしある程度は…」
どうしてそんなことを聞くのだろうと疑問に思いながらぼくは答えた。
すると彼女はにっこり笑って、そう、と満足げに頷き、それから上目遣いで
ぼくを見ながらこう言った。
「あのね…上岡くん、ものは相談なんだけど…わたしのアシスタントカメラマンに
なってくれないかしら?」
「え?何、どういうこと?」
話が飲み込めず、聞き返すぼく。
「つまり…うちの部、新聞部に移る気ないか、ってこと」
「ほ、ほへっ!?」
 


本当によかったのだろうか…?
確かに写真部の活動は地味だったけど、ぼくにしてみればそれなりに楽しかった。
それに、地味さでいけば新聞部も同じ様なものだろう、定期的に学内新聞を
発行してはいるけどほとんどの生徒は見向きもしない。
もっとも、中には熱心な読者もいて、何を隠そうぼくもその一人だったのだけど…
でも、二つ返事とまではいかないまでも、何故だかずいぶんあっさりと新聞部移籍を
OKしちゃった気がする。あんなに簡単に決めてよかったんだろうか?
もっと、考えるべきだったんじゃないだろうか…?
 


「おおおお〜っ!!ようこそ我が部へ!!歓迎するよ、
 上岡 進(かみおか すすむ)くん!!」
天羽さんが部長(川鍋というらしい)に事の成り行きを説明し、ぼくを紹介すると、
彼は目を輝かせていきなり抱きついてきた。
「うううっ…なにせうちの部は部員が少ない上にそのほとんどがユーレイ…
だがしかし!!お嬢の友人なら安心だぁ〜!」
友人て…ただのクラスメイトなんだけどな。それよりも“お嬢”ってのは…
「部長!わたしは天羽です。お嬢という呼び方は止めて下さいといつも
言っているでしょう!」
天羽さんが冷ややかな声で言い放つ。なるほど、天羽さんのことか。
そういえば、彼女のことを“お嬢”と呼んでいる人は結構いたっけ。
確かに彼女は、美人で成績優秀で真面目でその上家も金持ちらしいから、
そう呼ばれるのも無理もない気がするけど…ただ、その呼称に嫌味を
込めている人も多いって事は、自分で言うのも悲しいけどニブチンなぼくにも分かる。
やっかみも入ってるんだろうけど、彼女の歯に衣着せぬハッキリとした物言いや、
クールな態度に反感を抱くんだろう。
(もっとも、この部長さんには悪意が全く無いのは明らかだけど。)
「上岡くん!共に聖遼学園のジャーナリストの星を目指そう!!」
川鍋部長はぼくの肩に手を回すと、あらぬ方向を指さしていった。
う〜ん、ずいぶんと陽気な人だなぁ…。“新聞部の部長”ってもっと恐い人かと
思ってたのに。常に締切を気にしてピリピリ殺気立ってて、耳に鉛筆なんか
ひっかけてて、普通に喋っても怒鳴ってるように聞こえるような……って、
テレビの見過ぎかな、ぼく…。
「それじゃ、今日はもう帰っていいわよ。明日から、わたしの取材につきあってね」
天羽さんはそういい残すと、ぼくに小さく手を振って部室から出ていった。
どうやら取材に行ったらしい。
明日から、か…。一体どんな日々が始まるんだろう。
期待やら不安やらで色々思いめぐらしていたぼくに川鍋部長が向き直り、
そして声を潜めて言った。
「上岡くん、おじょ…いや、天羽くんは、根は良い娘なんだよ」
「はぁ、そうですか」
いきなりどうしたんだろう?
「だからね、ちょっとばっかり彼女に振り回されることになっても、ちょっとばっかり
キツイ事言われても、めげずにがんばっておくれよ、辞めるなんて言い出さないで
おくれよぉぉ〜!!」
部長は『絶対逃がさない!』とでも言いたげにぼくの袖をしっかりつかんで、
多少オーバーな気もするけど切実さが伝わってくる声で言った。
…よほど部員に恵まれてないんだな…学内新聞がぼくが読む限りそれなりに
見えたのは、やっぱり天羽さんの力が大きく貢献していたんだろう。
しかし、それより気になるのは、部長の言い方からするとどうやら
天羽さんのパートナーをつとめるのは容易なことではないらしい。
……ぼくは自分の肩にずっしりプレッシャーがのしかかるのを感じた。
今のところ、期待より不安の方が大きいということは認めざるを得ない。
…いいや、まだ何もしていないうちからそんなことでどうするんだ。
ぼくは気を取り直し、拳を握って胸を張り、気合いを入れた。
「よーしっ、やるぞ!」
「おおっ!そう、そうだよ上岡くん、その意気だよ!うん、君なら立派に
彼女のパートナーをつとめられるよ!!」
部長の口調は相変わらず大袈裟だけど、そういわれて少しだけ不安が和らぐ。
でも、ぼくは実のところ天羽さんのことをほとんどしらない。
一年の時、腐れ縁の友人・井之上に紹介されて、二年になってクラスメイトになって…
けど、他の女子と同じく特によく話すわけでもないし、
才色兼備でクールだから正直少し近寄りがたい気もするし…
う、うーん…こんなんで、本当に彼女のパートナーとしてやっていけるのだろうか。
不安が再び大きくなりかけたが、首を左右に振って押さえ込んだ。
深く考えずに気楽に行こう。
半ばヤケクソにぼくはそう思うことにした。
 

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