エレナにライバル出現!?
能天気な遊び人・マリリン(1)


「困りますねお客さん!」
「えぇ〜ん、だってぇ……」
アスル、エレナ、ラン、レオンの一行が立ち寄った町。酒場の前を通り過ぎようとして、
店の中から聞こえてきた声にただならぬものを感じた四人は思わず足を止めた。
「払えないならしめて3000ゴールド分、働いていただきますよ!」
「ええー!?そんなぁ!お願い、ツケにしてよぉ〜!」
どうやら店主と客による金銭トラブルが発生しているようだ。
「なんだなんだ!?」
人一倍好奇心旺盛なランは真っ先に駆け出し、店の中を覗き込む。
「…ん!?あの人は…!!」
店主に捕まってぴいぴい泣いていたのは、酒場という場所柄一見従業員に見える、
バニースタイルの女性。そしてその彼女に、ランは見覚えがあった。
「あ…!」
「マリリンさん…!?」
ランだけではない。レオンも、エレナも、その人物を知っていた。
「え、何?知り合い?」
ただ一人、マリリンと呼ばれたその女性と面識のないアスルは首を傾げながらエレナに尋ねる。
「ええ、以前ルイーダさんの酒場にいらっしゃったマリリンさんという方です。
アスルさんが来る前に、面白いことを探しに行くとか言われて旅に出たのですが…」
「でもルイーダさんは怒ってたよね。ツケを払ってもらう前に逃げられた、って」
ランが話に割り込んできて続けた。

『仕事もしないし、かといって特出した能力があるわけでもない。
ただの遊び人だよ、あの娘は!』

ルイーダがそう愚痴をこぼしていたことを、三人は思い出す。
けれど、本気で怒っていたわけでも、嫌っていたわけでもないことはよく分かっていた。
確かに遊び人という言葉がぴったりのマリリン。だがその愛嬌と無邪気さは、周囲を明るく
照らしていた。現に彼女が酒場にいた間は彼女を中心に笑いが絶えず、彼女を目当てに
酒場に入り浸るごろつきも少なくなかった。

「ふむ…どうやら酒代が払えなくて困っているようですね」
「あははは…変わってないや」
苦笑して顔を見合わせるランとレオン。その横をアスルがすっと通り抜けた。
「すみません」
店主にゴールドの入った袋を差し出す。
「…なんですか?貴方は」
「この人の知り合いです。この人の代わりに、ぼくがお金払いますから…」
店主はしばらく目をしばたかせてアスルを見ていたが、やがて袋を手に取り、中身を確認した。
「ひいふう……確かに、3000ゴールドありますね」
そう呟くと、さっきまでのしかめ面を一瞬で消し去り、満面の笑みを浮かべる。
「いやぁ、大変失礼しました。またお越しくださいませ!!」
「……」
突然の出来事を把握しきれず呆然としているマリリンに、アスルがにっこり笑って声をかけた。
「さぁ、行きましょう」
「アスルさん…」
エレナはそんなアスルを見つめながら、柔らかく微笑んだ。

アスルに連れられて酒場の外に出たマリリンは、そこに見覚えのある人物を三人みつけて
顔を輝かせる。
「あっ!エレナちゃんにランちゃん、それにレオンくんじゃない!!」
マリリンはかなり飲んでいたはずなのだが酔っている様子はない。よほど酒に強いのだろう。
「お久しぶりです!」
「相変わらずだねぇ」
「お元気そうで何よりですよ」
四人は再会を喜び、はしゃぎだす。そしてお互いの近況を語り合った。

マリリンは一人で気ままに面白いことを探しながら町から町を渡り歩いているという。
力もなく戦闘に役立つ技も持たない、冒険者としては無能なマリリンが道中モンスターの
攻撃を受けることもなく(正確には、襲ってくるモンスターからうまく逃げ回りながら)
旅を続けられたのは、ひとえに生来の強運のおかげといえるだろう。
エレナとランとレオンは、マリリンが旅に出た直後に勇者アスルと出会い、
今共に世界を平和に導くための旅をしていることを話した。
「それじゃ、さっきアタシを助けてくれたその子が勇者なんだ」
「あ、はい。アスルです。よろしくお願いします、マリリンさん」
アスルは少し照れ笑いをして、マリリンに右手を差し出す。マリリンはその手を両手で握り、
ぶんぶんと上下に振った。
「よろしく〜っ!!さっきはありがとね〜ホント助かっちゃった!」
「あ、いえ…でも、飲みすぎはよくないですよ?」
その勢いに圧倒されつつアスルが言うと、マリリンは急にぐっと顔を近づけてきた。
「…マリリンさん?」
マリリンは無言のまま、しばらくアスルをまじまじと見つめていたかと思うと……
「アスル君、素敵!!」
「へっ…?う、うわぁ!!」
なんと、アスルの首元に手を回し、ぎゅっと抱きついたのだ。
「―――!?」
アスル本人はもちろんのこと、様子を見ていた三人も驚きに目を見開く。
「ちょっ…マリリンさん、何を…!」
「ねぇアスル君、アタシ、アスル君のこと好きになっちゃった!」
臆面もなくマリリンが宣言すると、四人は驚きを通り越して凍り付いてしまった。
「な、なななな…」
「だってアスル君優しいし、それに顔もアタシ好みだしぃ…ねぇ、恋人になって!!」
更なる大胆発言を繰り出すマリリンに四人はもはやパニック状態だ。
出会ってまだ数分の相手にこんなことが言えるのはマリリンなればこそだろう。
「ま、待ってください!マリリンさん、ぼくは今旅の途中なんです、そんなこと…
考えられません!!」
どうにか冷静さを保とうとしながら、アスルはマリリンを引き離してそう言った。

苦し紛れの言葉だったが、そのときアスルは少し胸が痛むのを感じた。
マリリンの告白を断るのが心苦しいからではなかった。
仲間たちがこちらを見ているのがなんとなく気配でわかるものの、
そちらへ目を向けることができない。
その中の一人と、今は目を合わせたくなかったからだ。


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