解き放たれた輝き

小さな村に二人連れの旅人が訪れた。
一人は、長身の青年。
着衣はこの地方のものだが、異国風の不思議な雰囲気を持つ面立ちをしている。
もう一人は流れるような艶やかな黒髪を持つ少女だった。
ダークブラウンの瞳は、しっとりと落ち着いた彼女の性格を思わせる。
胸元には天紅石のネックレスが光っていた。
  青年は自分達に集まる視線に少々と惑い、頭をかきながら照れ隠しにも似た作り笑いを村人達に向けた。
一方の少女は、そんな青年の様子とは対照的に、落ち着き払って村人一人一人の顔を丹念に見回している。
不意に、少女の視線が息を切らしながら畑仕事をしている老婆に吸い寄せられた。
「……」
少女の表情がにわかに曇る。だが、それはほんの一瞬のこと、少女はすぐにその老婆に歩み寄り、
深いしわがたたまれた手を握りしめて柔らかく微笑んだ。
「あまり、無理をしないで下さい…」
「え?は、はァ…」
突然そんなことを言われても訳が分かるはずもなく、老婆は首を傾げた。
「どうか、ご自分のお身体を大切になさって下さい。疲れを溜めていてはやがて倒れてしまいますよ」
どうしていきなり現れた旅人にそんなことを言われねばならないのか、老婆は不思議に思った。
けれど少女の手のぬくもりに、不思議な安心感を覚える。
「あ、あの…お前様は一体…」
老婆が問いかけたとき、
「そ、その女!!…影の民だ!!」
 誰かが恐怖に彩られた声で叫んだ。
――ヤバイ!!――
少女を見守っていた青年の顔がサッと青ざめる。辺りを見回すと、既に村人達の怯えた視線、
刺すような視線が少女に集中していた。
青年は慌てて少女に駆け寄った。そして、彼女をそれらの視線からかばうようにして両手を広げて
村人達と対峙し、彼らが彼女に非難の言葉を浴びせてきたらいつでも反論できるよう体制を整えた。
「か、影の民め!!」
「この村に災いをもたらしに来たのか!?」
「ワ、ワシらは何もしとらんぞ!一体何の恨みがあって……」
「ででで、出ていってくれ!今すぐこの村から出ていってくれ〜〜っ!!」
村人達は、好き放題に少女を罵倒し始めた。先程の老婆もガタガタ震え始める。
「か、影の民…!?あの、不幸をもたらすという不吉な……ひ、ひぃぃぃっ、お助けぇえ〜〜!!」
老婆は悲鳴を上げると、慌てて少女の手を振り払った。
少女は、そんな村人や老婆の様子に悲しげに目を伏せる。
「勝手なことを言うな!!この娘の方こそ何もしてないじゃないか!!」
青年は怒りを露わにして声を張り上げた。だが村人達はなおも反感の眼差しを向け続ける。
「いいか、この娘はなぁ……!」
「――止めて下さい」
後ろから肩を掴まれ、青年の言葉は途中で途絶えた。
「楊雲……でも、こいつら……!」
少女は首を横に振る。
「村人達といがみ合っては意味がありません。わたしたちの立場をますます悪くするだけです」
「だけど!!」
青年は、このままでは済まさないとでも言いたげだ。少女はそんな青年に、彼を落ち着かせるような
微笑みを見せて言った。
「…わたしに、言わせて下さい」
「えっ!?」
青年の返事を待たず、少女は前に進み出た。村人達は、彼女を睨み付けながらも後ずさる。
少女はもう一度村人たち一人一人の顔を見回した。大人達が何故怯えているのか分からず
首を傾げている子供から、後方で腰を抜かしている老婆まで。
そして最後に不安げな表情の青年をかえりみると、大丈夫です、と目で合図を送ってから再び
正面を向き、一呼吸置いてから話し始めた。
「皆さん、聞いて下さい。…まず、皆さんは大きな勘違いをしていらっしゃいます。
影の民の能力は他人を不幸にするものではありません、他人の不幸を予知するだけなのです」
皆がシーンと静まり返り、彼女の言葉に耳を傾けた。
「皆さんがおっしゃるとおり、わたしは影の民の一人です。…それも、特に強い能力を持っています」
村人達は再び騒ぎ始めたが、少女の後ろから青年に睨まれ、口をつぐんだ。
――少女は続けた。
「わたしも、以前はこの能力を忌まわしいものだと思っていました。何故自分にはこんな能力が
あるのかと、自分自身を呪っていました。…けれど、今はこの能力を、誇りに思っています。
この能力は、使い道によって人を救うことが出来るんだと分かったんです」
「楊雲…」
青年も村人と一緒になって少女の話に聞き入った。
「わたしは今、この能力で不幸な人々を救うべく、そして影の民の力を誤解している人々に真実を
知っていただくために旅をしています。影の民は未だ人々から迫害を受けることが多く、肩身の狭い
暮らしを余儀なくされています。けれど、影の民もあなた方と同じ人間です。…ですから、どうか正しい
知識を持ち、少しずつでも構いませんから差別や偏見をなくしていって欲しいのです…!これは、
影の民みんなの願いです……」
村人達は一様にうなだれ、黙り込んでいる。
老婆は、先程少女の手につつまれた自分の手をみつめた。確かに感じた、ぬくもりと安心感……
他人に不幸や災厄をもたらす者が、果たしてそんなものを与えてくれるだろうか。
困惑し、少女の方を見やる。話し終えた少女は、青年にはにかんだ笑顔を見せていた。
――普通の、年頃の娘と何ら変わりはない……老婆の心には、少女の手を振り払ったことに対する
強い罪悪感が生まれた。謝らなければ…そう思って立ち上がった時、
「おばあさん、先程も言いましたがくれぐれも身体には気を付けて下さい」
少女はひどい仕打ちをされたにもかかわらず、老婆に先程と変わらない優しい言葉をかけた。
「あ、あの……」
「わたしたちはもう行きます…いつかまた、この村に立ち寄ることもあると思います。
それまで、お元気で…」
少女は老婆にぺこりと頭を下げると、青年と共に村を後にした。

  「……あの娘、婆ちゃんを助けようとしてくれたんだな…」
呆然としている老婆の横で、村人の一人がポツリと呟いた。
「え…?」
「あの娘には見えたんだ…婆ちゃんの未来。このまま無理して働いてたらどうなるか、ってのが……。
あの娘は、それを教えてくれたんだ…」
「……!」
老婆はもちろん、村人達は皆自分達の少女に対してとった態度を深く恥じた。
慌てて二人を追いかけた者もいたが、二人の姿はもう見えなくなっていた――。  


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