解き放たれた輝き

 

「まったく、まだあんな奴らがいたなんて…」
焚き火に手をかざしながら青年は大きな溜息をついた。
「今後も、こういったことは続くと思います。影の民への偏見は、貴方が思っているよりずっと深く、
この世界の人々の心に根付いているんですよ」
少女は焚き火に火をくべている。辺りはすっかり夜のとばりにつつかれていたが、
空にはまばゆいばかりの満月が出ていて、互いの姿はハッキリと確認することが出来る。
「きっと、あの人達は分かって下さったはずです」
「まぁ…そう信じるしかないよな」
青年はそう呟くと、揺らめく炎に照らされた少女の横顔を見つめた。
「……?どうかしましたか?」
視線に気付いた少女が顔を上げ、怪訝そうに青年の顔を見つめ返してきた。
青年は慌てて目をそらす。
「あ、べ、別にどうもしないけど…」
「?」
「い、いや、ただ…さ…」
「ただ…何ですか?」
「うん……君は随分強くなったな、ってね」
「えっ?まぁ…スライムぐらいなら一人でも倒せるようになりましたし…」
「ち、違うよ!!そーゆー意味の“強い”じゃなくて…ほら、今日のこととか」
「今日の…」
「前の君は、あんなこと言われてもただ無視するだけだったのに、あんなにハッキリ言いたいことを
言えるようになったんだから」
「そ、それは…」
少女は俯いて、かすかに頬を染めた。
「それは…貴方のおかげです…本当は、すごく不安で、怖かった…
でも、貴方が側にいてくれたから、わたしは逃げずにすんだんです。言うべき事をきちんと
言うことが出来たんです」
そう言って微笑む少女に、青年の胸は熱くなり、少女に対する愛しい気持ちがますます強くなるのを感じた。
――ホントだよ楊雲、君は変わった…強くなったよ…――
青年は心の中で呟いた。
――おれは今本当に幸せだ…君と一緒にいられる、それだけでこんなにも…――  

青年が、かつて住んでいた世界。それはこの世界とは別の次元に存在していた。
ひょんな事からこの世界に迷い込んだ青年は、一時は元の世界に何としても戻ろうと躍起になった。
そしてチャンスは巡ってきた。しかし、それはあえなく失敗に終わってしまったのだ。とはいえ、
その気があれば何度でもチャンスを手にすることは可能である。だが青年が、二度目の挑戦を
する事はなかった。気力を失ったのではない。
もう帰りたいとは思ってないのだ。
その理由はもちろん、傍らにいる少女の存在である。
彼は今、他の誰よりも何よりも、彼女を大切に思っている。
元の世界に戻って少女と離ればなれになるぐらいなら戻れなくていいと、彼は心の底からそう思い、
そして少女と一緒にいられることに心の底から幸せを感じていた。  


「そうだ、今度影の民の里に行ってみないか?」
青年は、突然手を打った。その言葉に、少女の顔がぱぁっと明るくなる。
「は、はい!わたしも一度里帰りしたいと思ってたんです!」
「そっか、じゃ、次の目的地は決まりだな!」
そう言うと、青年は少女の肩を抱き寄せた。少女は少し戸惑いながらも、そのまま青年に身を寄せる。
「…美月…元気でいるかしら…」
「メイユェン?ああ、君の幼なじみの娘だっけ?確かおれも一回会ったことがあったっけな…」
「ええ、でもあの時は貴方のことろくに紹介もできませんでしたから、改めて紹介したいんです。
わたしも色々話したいことがありますし…」
「彼女、今の君を見たら驚くかな?」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
2人はしばらく言葉を交わしていたが、やがて会話は途切れ、静寂が訪れた。  
 
「なぁ、楊雲…?」
青年は月の輝く夜空を見上げたままで、再び少女に話しかけた。
――しかし、返事はない。
「楊雲?」
もう一度少女の名を呼んだ。やはり何の言葉も返ってこない。
「あ…」
少女の方を見ると、彼女は青年に寄りかかったままでかすかな寝息を立てていた。
一日中歩き通しで疲れたのだろう。
「……」
青年は微笑み、少女の寝顔を見つめながら呟いた。
「楊雲…これからもずっと、一緒だよ…」
少女の肩を更に抱き寄せ、青年も目を閉じた。
月の光が二人を優しくつつんでいる。
少女の胸元の天紅石のネックレスが、それを受けて淡い輝きを放っていた……。


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