願い再び重なる春


「進、ちょっと来て!」
部室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、上岡 進にとって同じ新聞部のパートナーであり、
今はプライベートでも彼女という名のパートナーになっている天羽 碧だった。
「碧、どうしたの?」
パソコンの前に座っていた進は立ち上がって碧に駆け寄る。
「カマキリの赤ちゃんが出てきたのよ!」
「えっ…ああ、あの!?」
碧の言葉に脳内の記憶をたどった進は、半年ほど前のことを思い出す。
カマキリが校舎の壁に産卵しているところを二人で一緒に見たのだった。
産みたての卵、もとい卵鞘は鮮やかな青い色をしていたことに驚いたものだ。
そしてそれは、自分の中で芽生えかけていた碧への想いに気づくきっかけにもなった出来事だった。
「行こう!」
進は一眼レフカメラを首から下げると、碧と共に目的地へと向かった。

産みたての頃の面影はなく、すっかり土色に姿を変えた卵鞘には小さな穴があいており、そこから翡翠色の
小さな小さなカマキリがわらわらと這いだしてきていた。二人はその様子を、頭をつきあわせて見守った。
「かわいい…!」
カマキリを気遣ってかボリュームは抑えられていたが、碧の声は普段の2オクターブぐらい高く、興奮のほどが伺えた。
「すごいね…こんなに小さいのに、ちゃんとカマキリの形をしてるんだ…!」
進のささやき声も興奮気味だった。
爪の先ほどの小さな存在が生命体として動いていることにも、驚きと感動を禁じ得なかった。
「あっ…!」
視界に、小さめの蜘蛛が生まれたばかりのカマキリをとらえて運んでゆく姿が目に入った。
進は思わず、蜘蛛を振り払おうと手を伸ばしかけたが、碧の手がそれを制止した。
「ダメよ」
その声色と表情には、切なさがにじんでいた。
「碧…」
虫全般を愛でている碧にとっては、カマキリも蜘蛛も、等しく愛すべき存在である。この蜘蛛はカマキリの幼虫によって生きるための栄養を得るのだ。
カマキリとて、成虫になれば今度は他の虫を狩る存在となる。自然界の食物連鎖に、人間はなるべく介入すべきではないと分かっている。それでも――
「…一つの卵鞘から生まれるカマキリは約2、3百匹。だけどその中から成虫になれるのは4%にも満たないと言われているわ…」
「えっ…そんなに低いんだ…」
産卵を見守り、近くを通る度になんとなく見てしまっていただけに、愛着が生まれてしまった。
目の前でうごめく小さな存在達に愛しさを覚えてしまった。
「なるべくたくさん、元気に大きくなってほしいね」
「…そうね」
二人はそう願わずにはいられなかった。

カマキリの産卵を見守った秋。その時、互いを苗字で呼び合っていた二人は、今度は孵化するところを一緒に見たいと願っていた。
それが叶えられた今は春。あれから色々なことがあったが、二人はつき合うようになり、名前で呼び合うようになり、進級し、受験生となった。
来年の今頃は高校を卒業しているはずだ。まだ進路も何も決まっていないが、卒業後はそれぞれ別の道を歩む可能性も少なくはない。
けれど、例えそうなったとしても。
―― 来年も、その先もずっと…――
「パートナー」であり続けたい。二人の願いはまたしても重なっていた。

後日、新聞記事を書くためにインターネットで調べ物をしていた進の目に、不意にゴシップ記事の見出しが入ってきた。

「高校生カップルが結婚まで続く確率はせいぜい10%程度」

クリックして詳細を見ることはしなかったが、一瞬心がざわつき、不安が広がった。だが…
「カマキリが成虫になる確率より、ずっと高いや」
進はそうひとりごちて、小さな笑い声をもらした。


以前書いた、この話の続編です。
実際に家にうみつけられた卵から、カマキリの赤ちゃんが出てきたところを見ることができたのです!
そしてその時に、蜘蛛が早速運んでいった場面も見ました。いろいろ複雑な思いを感じつつ、即座に進碧ネタに使える!と
思ったわけです(笑)せっかくなので、碧ちゃんの誕生日お祝いとしてアップしました。碧ちゃんおめでとう〜vv
L季の時代は2000年前後だと思うんですが、学校のパソコンぐらいはネットに繋がっていたのではないかと。
進碧にはなんのかんのでゴールインして一生添い遂げてほしいですねvv

(25/7/19)

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