Alive(3)
あの悲劇の日、降り注いだ炎の雨の犠牲となった一人の兵士の下敷きに
なったため、エーディンは一命を取り留めたのだという。
呆然としたままで何日も何日も歩き、どこかさえ分からない場所で倒れた
エーディンは、通りがかったイザーク人によって、村へ運ばれ介抱された。
そこでイザークの辺境ティルナノグにある隠れ里に、イザークの王子が若い騎士と
幼い子供数人と共に隠れ住んでいるという話を耳にしたのだ。今は王子も幼いが、
時がくれば必ずイザークを帝国の圧制から解放してくれる…
人々はそう信じていた。それがシャナンやオイフェ、そして無念の死を遂げた
シグルドの遺児・セリスたちのことだと分かったエーディンは、その後すぐに
ティルナノグに向かった。それ以来修道院の手伝いをしながら、
子供たちの面倒を見ているのだという。
そう、フュリーがたまたま上空から見つけた村こそ、その隠れ里だったのだ。
「この子を身ごもっていると分かったのは、ここに来てからなの。
アゼルはいないし、かくまってもらっている身だし、産まない方がいいのかも
しれないとも思ったのだけど…村の人たちはせっかく授かった命なのだからと、
協力してくれたわ。オイフェやシャナンも、不安に負けそうになるわたしを
いつも支えてくれた…おかげでこの子は、無事この世に生を受けることができたの」
セリス以外にも、激化が予想される戦いに巻き込まぬようにと、オイフェたちに託された
子供たち数人もそこにいた。その中にはエーディンとアゼルの第一子、レスターもいた。
「レスターは妹が出来たことをとても喜んだわ。他の子達も、
ラナのことを可愛がってくれているの。セリス様なんてね、
"大きくなったらラナをお嫁さんにするんだ"なんて言ってるのよ」
「…まぁ!」
微笑ましいエピソードに、フュリーは思わず吹き出してしまう。
だが…すぐにその表情が歪み、再び大粒の涙が頬を伝い始めた。
「フュリー…!?どうしたの…?」
「ごめん…なさい…ごめんなさいっ…!わたし、あの時…
ノイッシュしか…自分とノイッシュしか、助けられなかった…!!」
共に戦った仲間たちが次々と目の前で倒れていったあの絶望的な状況の中で。
フュリーは朦朧としそうになる意識を奮い立たせ、夫の姿を探した。
ようやく見つけることが出来た彼は、意識を失い焼け野原に倒れていた。
その身体を引きずるようにして必死の思いで天馬の背に乗せ、無我夢中で空を駆けた。
後ろを振り返ることもなく…無意識に、愛する故郷・シレジアの地を目指して。
「わたし…きっと、心のどこかでノイッシュさえ助かればいいと思っていたんです!
他の人たちも、助けられたかもしれなかったのに…!
もしかしたら…アゼル様だって…!!」
「フュリー!」
エーディンは、涙と共に悔恨の言葉を溢れさせるフュリーの手を強く握った。
「エーディン…さま…」
「自分を責めるのはおよしなさい。あの状況では、自分が助かることさえ
難しかったのよ。そんな中で、ノイッシュの命を救ったあなたはとても立派だわ…」
エーディンは子供をあやすような口調でそう言って、微笑を浮かべた。
「それにわたしはね、アゼルが死んだとは思っていないの」
切り株に再度腰掛け、腕の中の小さなラナに優しいまなざしを注ぎながら呟く。
「アゼルはきっとどこかで生きてる…わたしたちと同じようにね。
いつか必ず、また会える日が来るわ。そう…信じているの」
フュリーは涙をぬぐい、木洩れ日を浴びているエーディンを見つめた。
―――この方は、なんて強いんだろう。
まぶしげに目を細めながら思う。
そして、アゼルが生きていること、彼がエーディンと再会し、
ラナを腕に抱く日がくることを願わずにはいられなかった。
共に過ごしていた時、アゼルとエーディンの仲むつまじく微笑ましい姿は周囲を和ませていた。
フュリーも例外ではなく、二人を心から祝福していたものだ。もっとも、自分とノイッシュも
周囲にアゼルとエーディン同様の印象を与えていたことには気づいていなかったが。
「それにしても、ノイッシュも無事だったのね。本当に良かったわ!
あなた達は、今どこで暮らしているの?」
「あ…はい、シレジア…です…」
エーディンに問われて、今度はフュリーが今に至るまでの経緯を話し始めた。