Alive(4)


ノイッシュと共にシレジアに逃れたフュリーは、シレジア城に着くと城に残っていた
自分の部下にノイシュの介抱を頼み、自分は主君レヴィンの母でありシレジアの王妃である
ラーナの元へ向かった。その時、フュリーは一つの決心を胸に秘めていた。

バーハラの悲劇を涙ながらにラーナに報告したフュリーは、
言葉を失うラーナに膝を突き、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、ラーナ様…!!わたしは…レヴィン様にお仕えする身でありながら…
レヴィン様を連れ帰ることが出来ませんでした…!この失態……命をもって、償います」
そしてフュリーは腰の短剣を抜くと、自分の喉に突き立てようとした。
「馬鹿な真似はやめろ!!」
ラーナが止めるよりも早く、謁見の間に大きく響いた声がフュリーの手を止めた。
「…ノ、イッシュ…」
怒りと悲しみが入り混じったような表情をして息を切らしている夫の姿がそこにあった。

意識を取り戻したノイッシュは、フュリーの所在を兵士に尋ね、満身創痍で
ありながら駆けてきた。自分の妻がどんな行動をとるつもりなのか――
彼女の性格を知り尽くしているから、分かってしまったのだ。
「……だって…わたしは、シレジアの騎士なのよ…?仕える主君を
守れず、おめおめと逃げ帰った身で、生き長らえることなんて…!」
「それならわたしも、シアルフィの騎士だ!!」
「―――!」
フュリーははっとした。そう、彼は敬愛する主君が紅蓮の炎に包まれたのを
目の当たりにしたのだ。生死不明のレヴィンとは違い、彼の主君――シグルドは、
彼の目の前で…その若い命を燃え尽きさせてしまったのだ……。
「君の気持ちは分かる…わたしも…あのままシグルド様にどこまでも
ついていこうと…死を受け入れようと思ったのだから。だが、わたしを
助けておいて自分は死のうなど、そんな勝手なことが許されると思うのか!!」
叫ぶノイッシュの目には、出会ってから初めて見る涙が溢れていた。
フュリーの手から短剣が滑り落ち、床に乾いた音が響く。
「…そうですよ、フュリー…」
気づくとフュリーは、ラーナに背後から抱きしめられていた。
「多くの命が失われた中、貴方は生き延びたのですよ…それを自分から
絶とうなど、シグルド様たちに申し訳ないとは思わないの…!?」
つとめて冷静な口調で…けれど言葉を震わせながらラーナは呟く。
「ラーナ様っ…」
フュリーは溢れる涙をぬぐうこともせず、ラーナの腕に手を添えた。
「それに、レヴィンはきっと生きています。あの子は、このシレジアの王になると
約束したのです。あの子は…どんなに時間がかかっても約束は守る子です。
必ず戻ってきて、シレジアの民を救ってくれます…」
そう言うとラーナは、やおらノイッシュの方へ歩み寄った。
「そしてきっと、シグルド様の無念を晴らす手伝いもしてくれるでしょう…
ノイッシュさん、貴方の心痛…察します。けれどどうか、フュリーと共に
生きてください!貴方たちの子、セティのためにも…」
「あ…!」
ノイッシュとフュリーは同時に反応した。二人はシレジアを離れる前、生まれて間もない
息子・セティをラーナに託していた。置いていく時には泣き叫ばれ、身を裂かれるような
思いがしたが、戦場に連れてゆき危険にさらすわけにはいかないと、涙を飲んで決断したのだ。

ラーナは奥の間へ消え、すぐに白い産着にくるまれた赤ん坊を抱いて出てきた。
「セティ!」
フュリーとノイッシュは数ヶ月ぶりに再会した我が子に駆け寄った。
セティは、安らかな表情で眠っていた。
「…しばらく見ない間に…大きくなったな…」
ノイッシュが感慨深げに呟く。ラーナやその家臣たちによって
手厚く保護されていたセティは、順調に成長していた。
ラーナは、セティを起こさないように気を使いながら、そっとフュリーに手渡した。
我が子の温かさが手の平から伝わり、全身に広がってゆく。
「セティ……ごめんね…ごめんね…!
あなたを置いていこうとして、本当にごめんなさい…!!」
ぼろぼろと涙を流しながら、フュリーはセティの身体を抱きしめる。
そのフュリーの肩を、ノイッシュが抱きしめた。
「フュリー…生きよう。シグルド様や命を落とした多くの仲間たちのために…
この時代に生きねばならないこの子を守るために。
それが、生き残ったわたしたちに課せられた義務だ…」

ラーナは二人を、シレジア城からはもちろん、人里からも離れた
山奥の小屋に案内するように家臣に命じた。
今でこそ、気丈夫な王妃として民や家臣に慕われるラーナだが、
王妃になったばかりの頃は、その重圧に耐えかねて心労で倒れたことがある。
その際、夫である今は亡きシレジア王から療養のための別荘として与えられたのが
その小屋だった。必要がなくなってからも定期的に手入れされており、二人が
子供と共に暮らすに足りる広さもある。
「いいですね。貴方たちは生きねばなりません。そのためにも絶対に
帝国軍に見つかってはいけません……もう、城に来てはなりませんよ」
別れ際、ラーナは声を震わせながら何度も念を押した。
そして最後に、哀しく、だが強い微笑みと共にこう言った。
「シレジアは例えどんなことになっても、いつか必ず再建されます。
風の…フォルセティの導きで…!」

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