Alive(6)


「ただいま!」
ドアを開けた瞬間、フュリーの身体は何かに強く引き寄せられた。
「きゃ…ノイッシュ…!?」
「遅かったじゃないか…!」
フュリーを抱きしめながら、ノイッシュが絞り出すような声で呟く。
「…ごめんなさい、心配かけて…」
目を閉じ、フュリーは思う。自分は幸せだ。愛する人が側にいて、こうして
そのぬくもりを感じることが出来るのだから……。
「…セティ、どうしたの?」
気が付くと足元にセティがいて、フュリーの脚にしがみついていた。
「ずっと起きてたんだ。セティも君とフィーのことが心配だったんだろう」
ノイッシュはセティの様子に苦笑する。
「ごめんね…セティ」
フュリーはしゃがみこんで、少し抱き上げるのに苦労するようになったセティを
優しく抱きしめた。
「それで、フィーはどうだったんだ?」
フュリーの背中ですやすやと寝息を立てる娘を見て、ノイッシュが問い掛ける。
「ええ、それがね……」


安心したためかすぐに眠りに落ちたセティを、フィーと共にベッドに横たえて
毛布をかけた後、フュリーとノイッシュは小さなソファに二人並んで座る。
フュリーから話を聞いたノイッシュは、エーディンとの再会を驚いたが、
オイフェとシャナン、セリスを初めとする子供たちと共に元気でいることを
心から喜んだ。フュリーもノイッシュの嬉しそうな顔に笑みをこぼしたが、
ふいにその表情に影が差した。
「ねぇ…ノイッシュ」
帰り道、天馬の背中でふと思い、それからずっと心に引っかかっていた小さな疑問を、
フュリーは思い切ってノイッシュにぶつけることを決意し、口を開く。
「…ティルナノグへ、行きたい?」
「え?そりゃ、わたしだってオイフェたちには会いたいさ」
「そうじゃないわ、ここを…シレジアを出て、イザークに…ティルナノグに
住みたいと思わない?」
「どうしたんだ、突然…!?」
「だって…セリス様がいらっしゃるのよ。貴方が心から敬愛していた、シグルド様の
ご子息が。貴方なら…セリス様の側にいて、セリス様を守り、育てていきたいと
思うんじゃないか、って…」
俯いてしまった妻の横顔を、ノイッシュはしばらく見つめながら何かを考えるように黙っていた。
「…心配ないさ。オイフェがいて、シャナン王子やエーディン様もいるのならば」
頭の後ろで手を組み、ソファに深く身を沈めながらノイッシュは答えた。
「でも…!!」
「君はシレジアを離れたいのか?」
今度は、ノイッシュのほうが逆にフュリーに問い掛けた。
フュリーは思わず言葉を詰まらせる。
「えっ……」
「君の正直な思いを、聞かせてくれ」
フュリーは再び俯き、それからぽつりと呟いた。
「…離れたくない…ずっとここで暮らしたい。どんなことになったって、ここは
わたしの故郷だもの。でも、それはわたしのわがままだから…貴方をここに
縛り付けておく権利は、わたしには…ひゃっ!」
突然、頭の上に大きな手が乗ってきて無造作に髪をなでたため、
フュリーは素っ頓狂な声をあげてしまう。
「君の故郷である以上、わたしの故郷でもある。そうだろう?」
そう言って、ノイッシュは微笑んだ。
「ノイッシュ…!」
「それに…かつてシグルド様たちと共にシレジアで過ごした1年余りの時は、
とても安らぎなど感じられる状況ではなかったはずなのに、あの戦いの中で一番
安息に満ちていた。それは、ラーナ様のおかげだと思う」
ノイッシュの言葉に、フュリーはエーディンも同様に話してくれたことを思い出す。
「そして、わたしたちがこうして生きていられるのもラーナ様のおかげだ。
ラーナ様のためにも、この国の行く末を見守り、そして時が来たら…かつての平和を
取り戻すために再び戦いたい。そう思っているのは君だけではないことを、忘れないでくれ」
ノイッシュの手は、今度は優しくフュリーの髪をなでた。
「はい…ありがとう、ノイッシュ…!」
フュリーは瞳ににじんだ涙をぬぐい、心からの感謝と晴れやかな笑顔をノイッシュに向けた。
「でも」
「ん?」
「わたしもいつか…貴方の故郷に、シアルフィに行ってみたい」
「フュリー…」
「いつか、連れて行ってくれる?」
「…ああ!きっと行こう!セティとフィーと一緒に…四人で!!」
力強く答えるとノイッシュはフュリーを抱き寄せ、その額に口付ける。
「うん…!」
フュリーは愛しい夫に身を任せるように寄り添った。

コン コン

ドアを叩く音に、二人は慌てて密着していた身体を離す。空耳かもしれないと
顔を見合わせたが、しばらく置いてまた同様の音が聴こえてきた。
「…こんな夜更けに…誰だ?」
「まさか…帝国軍に突き止められたんじゃ…!?」
恐ろしい考えに、二人は血の気が引くのを感じた。
「出ない方がいいかしら…」
「でも、誰かが重要な知らせを持ってきたことも考えられる…
よし、わたしが出よう。君は万一のことを考えて、子供たちと一緒に隠れるんだ」
「そんな…!それならわたしが出るから、貴方が隠れて!」
「ダメだ!!」
「どうして!?」
二人は声を潜めながら、言い争いを始める。だが、ドアの外から呼びかけてきた声は
それを中断どころか終了させるのに充分だった。
「おーい、誰もいないのか?」
ドア越しだったためくぐもってはいたが、フュリーがその声を忘れるはずもなかった。
「―――!!」
ノイッシュもまた、まさかと思いながらもその声の持ち主の顔を瞬時に頭の中に思い起こす。

二人は震える手で、同時にドアを開いた。
「…よう。元気にしてたか?」
軽い調子でそう言って片手を挙げた『来訪者』の顔を、フュリーは
溢れ出した涙によってはっきりと見ることが出来なかった。
頭の中にラーナの言葉が不意に蘇る。

―――レヴィンはきっと生きています。あの子は、このシレジアの王になると
約束したのです。あの子は…どんなに時間がかかっても約束は守る子です。
必ず戻ってきて、シレジアの民を救ってくれます…―――

「レヴィン様―――!」

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