My Dear Father・3

 

「フェンネル」
双子姉妹像の噴水の前で泣いていたフェンネルは、突然自分の名前を呼ばれ、驚いて振り返った。
立っていたのは、オレガノだった。
「王子…様?どうして…」
「君が心配になって、様子を見に来たのだが……っと!?」
言い終わるか終わらないかのうちに、フェンネルはオレガノの胸に飛び込んでいた。
オレガノは一瞬驚いたが、すぐにフェンネルを包み込むように抱きしめた。
……司祭の返事は、フェンネルの様子を見れば誰にでも理解できる。

「司祭様はああおっしゃっていたけど…やっぱりわたし…このままじゃ…。…一体、
どうすればいいの……?」
オレガノの腕の中でようやく落ち着きを取り戻したフェンネルがぽつりと呟いた。
その時、オレガノはあることに気付いた。
「フェンネル、君は司祭殿のことを“司祭様”と呼んでいるんだな?」
「え?ええ…それが何か…?」
フェンネルはきょとんとした表情でまばたきをする。
「何故“お父さん”と呼ばないのだ?赤ん坊の頃から育ててくれたのだろう?父親同然ではないか」
「…そーいえば…。けれどわたし、今までずっと司祭様って呼んできましたし…」
「それだ!」
オレガノが突然叫んだ。
「え…?」
「結婚式の時、司祭殿に君からの感謝の言葉を伝える機会を作ろう、その時に彼を“お父さん”と
呼んでさし上げるのだ」
「お父…さん…」
フェンネルにとって、それはずっと、司祭に対して呼びかけたい言葉だった。
心の中では、彼を本当の父親だと思っている。“家族”として愛している。
けれど、司祭が、大きくなってから知る方がショックが大きいだろうと判断したためか、物心ついてすぐに
捨て子だったということを知らされていたフェンネルには、なかなか言葉に出すことは出来なかったのだ…。
「…司祭様は…それで、喜んで下さるのでしょうか……」
フェンネルが呟くと、オレガノは力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ!親というものは子供に、初めて自分を親だと認めてくれた証拠となる言葉を
かけてもらった時、無上の喜びを感じるものなのだから」
それを聞いたフェンネルは、ほうっ…と感嘆の溜息をもらし、オレガノを羨望の眼差しで見つめる。
「王子様って、やっぱり大人ですねぇ…そんなことが分かるなんて」
だがオレガノは、決まり悪そうに頭を掻き、少し声を潜めて言った。
「実は…今の言葉は母上のものなのだ…」
「へっ…!?――まぁ!」
思わず吹き出すフェンネル。それを見たオレガノは、ホッ、と安心したように息をついた。
「やっと、笑った。やっぱり君には、笑顔が一番似合う」
オレガノの、自分を見つめる優しい眼差しに、フェンネルの頬が紅潮する。
「王子様…」
「フェンネル…」
二人の顔は、お互いの吐息が感じられるほどに近づいていた。
…オレガノが更にゆっくり顔を近づけると、フェンネルは潤んだ瞳をそっと閉じ……
そして二人の唇が……
「…や、やっぱりダメです!!」
はっと我に返ったフェンネルが、慌てて飛び退く。
「フェ、フェンネル…?」
「結婚式まで、お預けです♪」
そう言って、照れ隠しをするかのように舌を出してウィンクする。
「ヤレヤレ……」
オレガノは肩をすくめて苦笑いをした。

 

1月15日、その日は朝から町中がにぎわっていた。
フェンネルは、教会の奥の部屋でローズマリー、コリアンダー、ディルら友人たちに手伝われ、
式の支度をしていた。
「ほらフェンネル、顔貸して!お化粧はわたしに任せてちょうだい、あなたが自分でやると
ピエロみたいになりかねないから」
「フェンネルさん、ドレスはゆっくり慎重に着て下さいね。生地が薄いから破れては大変です。
あっ、裾踏まないで!」
「ねー見て見てジョン君、キレーなドレスだよね〜」
友人たちは好き勝手なことを言いながらも、フェンネルを見事な花嫁に仕立てていった。



「あ…あの…どう、ですか?」
純白のウェディングドレスに身を包んだフェンネルは、はにかみながら友人たちに意見を求めた。
「はぁ〜…馬子にも衣装って、このことかしら…」
「素敵、凄く綺麗よ!」
「な、なんだか、フェンネルじゃないみたいだね、ジョン君…」
 その姿は天使のように清楚で、そして今まさに“少女”を卒業しようとしているかのような美しさがあった。
フェンネルは、躍る心を抑えきれず、その場でくるんと回転して見せる。…だが、
「あっ!!きゃぁぁ!!」
「ちょっ…フェンネル!!?」
ドレスの裾を踏んだフェンネルは、見事にずっこけてしまった…。
「ったく、何やってるのよあなたは!ホント、どこまでも“ずっこけシスター”なんだから…」
「あーあ…少し汚れてしまいましたね、ドレス…」
「や、やっぱりフェンネルだ…」
三人は呆れつつもどこか安心した。
フェンネルが“王妃になる”ということは、自分たちから遠く離れた存在になるということを意味して
いるのではないかと、心のどこかに不安があった。けれど、何になろうと、フェンネルはフェンネルの
ままなのだ。
それが分かった友人たちはその時初めて、心の底からフェンネルを祝福することが出来た。
「フェンネル、おめでとう。幸せになるのよ」
 ローズマリーが手をさしのべると、フェンネルはいつもの笑顔でその手を握り、頷いた。
「はいっ!ありがとう…みなさん!」

 

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