入部特典・3

「…はぁ……」
天羽さんとその場で別れ、教室に荷物を取りに戻る途中、ぼくはずっとさっきの
彼女を頭の中で巻き戻し&再生するを繰り返していた。
――どっちかというと“かっこいい”だった天羽さんを“可愛い”と
思ってしまうなんて…――
それは随分衝撃的だったけど、なんだか少し嬉しかった。
彼女の新たな一面を見つけることが出来たからというのもあるけど、
彼女にあんな一面があるなんて知ってる人はきっと少ないだろう。
そう思うと、少し誇らしげな気分になって自然に笑みが浮かんでしまう。

「ねぇ、天羽ってムカつかない!?」
階段を上りかけたとき、突然上の方から聞こえてきた声にぼくの思考は中断された。
「なっ!?」
今まで天羽さんのことを考えていただけに、その言葉の刺がことさら冷たく、
ぼくの心に突き刺さった。
ぼくは足音を忍ばせてつつ急いで、声のした方に向かった。
「うんうん、ぜぇ〜ったいお高くとまってるよね〜」
「アタシらのこと見下してんじゃないの?ちょっと成績良いからってさ〜」
踊り場で顔を寄せ合っていたのは、三人の女子だった。みんなクラスメイトだ。
 天羽さんは人気も高いけど、同時に悪く言われることも多い(特に女子から)
ってことは、前から何となくだけど知っていた。しかし、こうも直接彼女への
誹謗中傷を聞いたのは初めてだ。
――あいつら…!――
もちろん、以前のぼくがこの現場に出くわしていたとしてもそれなりに
腹が立っただろう。しかしそれは、本人のいないところでこそこそ悪口を言う、
という行為への怒りだったと思う。
しかし、さっき彼女の新たな一面を見つけた今のぼくには、
何も知らずに好き勝手なことを言っているということがことさら許せなかった。
「知ってるぅ?あいつっていっつもツーンとすましてるけど、ホントはヒス女らしいよ〜」
「あははは、あとさぁ〜なんか、虫が好きとか聞いたことあるよぉ」
「え〜やだぁ、気持ち悪〜い!やっぱ変なやつぅ〜」
言いたい放題の後の耳にキンキン響く笑い声が、ぼくの怒りを増幅させる。
次の瞬間、ぼくは自分でも信じられない行動にでていた。
「勝手なこと言うな!!」
「えっ!?」
まさか聞かれているとは思わなかったのだろう。三人の女子は、一応悪口を
言っていた後ろめたさがあったのか、それともただ単にぼくの声に大きさに
驚いただけか、かなり動揺した様子を見せた。
「天羽さんには確かにきついとこもあるけど、人を見下したりなんてしてない!!」
彼女のさっきの笑顔が再び頭の中に甦る。
お高くとまってる人間にあんな自然な表情が出来るはずはない。
「彼女のこと、何も知らないくせに勝手なこと言うな!彼女は…純粋な女の子だ!!」
そこまで言ったとき、自分の声が耳に響き、とんでもなく恥ずかしいことを
言ってしまったことに気付いた。
自分で言うのも悲しいけど、ぼくはあまり積極的な方じゃないし、そもそも
目立つことが好きじゃない。
いくら腹が立ったからと言ってこんな行動に出るなんて……。
三人の女子は呆然としていたが、多分今のぼくの表情も同じ様なものだと思う。
「上岡……」
三人のうちの一人がぼそっと呟くと、揃って後ずさる。
「あ…あの……」
何か、何か言わなきゃ…フォロー入れなきゃ……ぼくは必死に思考を巡らせていたが、
三人はやがてキャーキャー騒ぎながら走り去った。
「……」
しばらくぼくはその場に立ちつくしていたが、
――やばい!!――
右と左に“天羽”“上岡”と書かれた相合い傘が教室の黒板に描かれるのを
思い浮かべ、血の気が失せる。
いや、大丈夫だ。ぼくは首を左右に振ってそのビジョンをうち消す。
彼女たちだって小学生じゃないんだ。いくら何でもそんな低脳な事するはず
ないじゃないか!
 

しかし…自分に言い聞かせながらも本当はわかっていた。
いくら高校生になろうとも、中身は小学生と変わらず、
いつまでも低脳な事をする連中はいるものだということくらい…。
 


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