入部特典・4

次の日、学校へ行き教室に入ると、黒板の真ん中にはぼくが頭に描いたのと
全く同じものがでかでかと描かれていた。
「……」
今日は少し早めに登校していたのでまだあまり人は来ていないが、黒板の前に
立ちつくすぼくの後ろで、昨日の女子達に加え、何人かの低脳な人間が
くすくすとあざ笑うのが聞こえてきた。
予想していたこととはいえ、やはり溜息が出てしまう。…とにかく、天羽さんに
見られたら気まずいことこの上ない。今のうちに消してしまおう。
そう思って黒板消しを手に取った時、
「上岡くん、おはよう」
最悪のタイミングで今一番この場に来てほしくない人が現れた。
ぼくは思わずムンクの“叫び”状態になってしまった。
「どうしたの?」
天羽さんはきょとんと首を傾げる。
「だ、だ、だめっ!!黒板見ちゃ駄目ーーっ!!」
とっさに叫ぶぼく。しかし、冷静に考えればわかったはずなのだが、それは
逆効果だった。
「黒板?」
天羽さんの視線は、黒板へと向けられてしまったのだ……。
――どうしよう。天羽さん、絶対気を悪くするよな…ぼくなんかと
噂立てられたんじゃ…。って、そーじゃなくて!これで気まずくなったら、
これから部活がやりにくくなってしまう。ま、まだ入ったばかりなのに困るよ〜っ!
「ご、ごめん、天羽さん!!」
ぼくは反射的に天羽さんに頭を下げていた。
「…どうして、上岡くんが謝るの?」
素っ気ない返事が返ってきた。
「これ描いたの、上岡くんなわけ?」
相合い傘を指さしながら尋ねてくる。
「え!?ち、違うよっ!」
「なら、上岡くんが謝ることはないじゃない」
そうだ。確かにぼくが謝る必要はない。でも…。
「あ、天羽さん…怒って…ないの?」
彼女のあくまでクールな反応に、ぼくは戸惑いながら尋ねた。
「怒る?どうして?」
彼女は心底不思議そうに聞き返す。
「え、だ、だって…」
「高校生にもなってこんな幼稚なことする人たち相手に怒ってどうするのよ。
…ま、呆れはするけどね」
――う、うわっ…――
しれっと言い放たれたその言葉に、後ろの方でこちらの様子を見守っていた連中のうち、
実行犯組は悔しそうに歯がみをしたり鋭い視線で天羽さんを睨んだりし、
(でも天羽さんの発言が正論であることはわかってるみたいなので
言い返そうとはしなかった)
見学組はつまらなさそうな顔をしたり羨望の眼差しで天羽さんを見ながら
溜息をついたりした。
で、ぼくはというと…安心と、何故だか“ちょっとぐらい動揺してくれても
良かったのに”という少しだけ残念な気持ちが混ざった複雑な心境だった。
 


「仕方ないわ、わたしたち部活仲間になったんだもの。色々言いたがる人は
いるわよ。だけどこれから一緒に行動することも多いだろうし…、いちいち
そういう人たちの言うこと相手にしてたらきりがないわよ」
その日の放課後、取材に向かう途中ぼくの隣を歩きながら、天羽さんは
そう言って苦笑した。
――今回の原因はそれじゃないけど…ホントのことはとても言えないや…――
ぼくは昨日の自分の行動を思い起こし、再び顔が熱くなった。
――それにしても――
ああいうのは確かに、相手にしたら負けだ。
しかし、わかっていてもさらりと受け流すことはなかなか出来ないものだ。
なのに天羽さんはあんなに冷静に対応して…
――やっぱり、天羽さんて大人だなぁ…――
改めてそう思いかけた時。急に天羽さんが駆け出し、中空を指して甲高い声をあげた。
「上岡くん!みて、ほら!オニヤンマよ!」
「え…あ、ああ…」
ぼくにはただのトンボにしか見えないけど、天羽さんはそれを目を輝かせながら
追いかけはじめた。無邪気な笑い声をあげながら…。
――あ、あれ?やっぱ…子供っぽい、のかな…?――
なんだかわけがわからなくなってきた。と、同時に妙におかしくなって、
ぼくは思わず吹き出してしまった。
「上岡くん!早く撮ってよ!」
「あ…うん、わかったよ!」
ぼくは苦笑しながらカメラを構えた。


――ぼくにはまだ、新聞部に入ったことが良かったかどうか分からない。だけど…――
ぼくはトンボの写真を何枚か撮り、そして…
――こんな君を見つけることが出来ただけでも、入った価値はあったかも
しれないな――
“新聞部に入るまでは知らなかった天羽さん”に向かって
シャッターを切った。
あとで怒られるかな?なんて思いながらも、ぼくは自然と笑顔になるのを感じていた。



イラスト・小太郎


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