エレナにライバル出現!?
能天気な遊び人・マリリン(3)


地下に続く階段を下るにつれ、魔物の鳴き声と人々のざわめきが聞こえてくる。
怒号と歓声が渦巻くその場所は……
「…モンスター闘技場…ね」
「ホラ、アスル君早く!賭け札買わなきゃ!!ね、ね、どの子に賭ける〜!?」
賭博場でデートとは、なるほどマリリンが『遊び人』と称されているのも良く分かる、と
アスルは苦笑した。マリリンはそんなことはおかまいなしにはしゃぎながら、次の試合の
出場モンスターと倍率のリストを眺めていた。
アスルもランにねだられてモンスター闘技場で何度か遊んだことがあるが、あまり楽しいとは
思えなかった。確かに当たれば嬉しいが、それ以上に外れることの方が多く、結局ゴールドの
無駄遣いになってしまうのだ。
しかし、今は付き合うより他はない。アスルは仕方なくマリリンと一緒にリストを見た。
「よし、アタシ、スライムにしよっと!」
「ええっ!?ちょっと待ってください、他がごうけつ熊とスカイドラゴンなのに…無謀ですよ!」
「え〜だって、一番倍率高いんだもん♪当たったら大金持ちよ〜」
「……いつも大穴狙いなんですか?」
「うん♪」
「当たったこと、あるんですか…?」
「んとね〜、30回に1回ぐらいは当たるよ!」
マリリンは無邪気な笑顔で答えるが、アスルは頭痛を覚えていた。
「ねぇ、アスル君も賭けなよ!」
「え…いや、ぼくはいいです」
どうせ賭け札代を払わされるのは自分なのだ。おまけに昨日、マリリンを助けるために
3000ゴールドも使ってしまったので極力無駄遣いは避けなければいけない。
だがマリリンはそんなアスルの気持ちなど知る由もなかった。
「そんなのダメ〜っ!一緒にするの!!デートなんだからっ!!」
「…はぁ…分かりましたよ…」
アスルは再び大きくため息をついた。
――どっちにしよう…力ならごうけつ熊だけど、スカイドラゴンには炎があるし…――
アスルは真剣に悩んだ。そして結局、スカイドラゴンを選んで賭け札を購入した。

ゴングが鳴り響き、人々は声をあげて試合に熱中する。マリリンの賭けたスライムは、
1ターン目でスカイドラゴンの炎に焼かれてあっさり倒れた。
「あぁ〜ん!惜しいっ」
マリリンは唇を尖らせ、ペタンとその場に座り込む。
――どこが惜しいんだよ…――
アスルは内心そう思いながらも口には出さず、ごうけつ熊とスカイドラゴンの戦いを見守った。
激しい攻撃の応酬が続く。ごうけつ熊の鋭い爪が、スカイドラゴンの腹部を切り裂いた。
鮮血が中空に飛び散る。だがスカイドラゴンも負けてはいない。
熱気が闘技場全体を包むかのような激しい炎を、2回連続で吐き出したのだ。
これにはさすがのごうけつ熊もお手上げである。毛に覆われた全身の所々をくすぶらせながら、
ゆっくりと前のめりに倒れた。
「勝者、スカイドラゴン!!」
審判の声が響くと同時に、場内には割れんばかりの歓声と怒声が同時にあがった。
アスルはほっと小さく息をついた。とりあえず、自分とマリリンの賭け札分は
取り戻すことができたようだ。だが。
「きゃあぁん!!すごいじゃない、アスル君!!勝ったよぉぉ!!」
落ち込んでいたはずのマリリンはアスルに抱きつき、はしゃぎまわった。
「ちょっと、マリリンさん…!」
「さ、この調子で次行ってみよ〜っ♪」
「はぁっ!?ま、まだやるんですか?」
「あったり前じゃない!さ、行こ行こ♪」
戸惑うアスルを引きずるようにして、マリリンは賭け札売り場に向かった。

その後も、マリリンは性懲りもなく一番倍率の高い魔物に賭け続けた。
やはり一度も当たることはなかったが、戦いの中で培った的確な読みのおかげか
アスルの予想は当たり続け、わずかずつだが手持ちのゴールドは増えてきていた。
しかし、アスルの心は晴れなかった。
――いっそのことすっからかんになった方がよかったかも…そしたらもう帰るしかなくなるし…――
アスルの脳裏には、エレナの顔が浮かんでいた。朝からずっと、マリリンと話をしていても、
モンスターたちの戦いを見ていても、ずっと消えることはなかった。
一刻も早く、エレナのところへ戻りたい…そんな思いが次第に強くなってゆく。
「アスル君て、ホントにステキねぇ」
マリリンの言葉に、アスルはまたしても思考を中断される。
「な、何がですか?」
「だぁって〜優しくて、顔も可愛くて、それに勇者ってからには強いんでしょ?
おまけにギャンブルにも強いだなんて言うことなしじゃない♪」
「そんな…褒めすぎですよ。それに、別にギャンブルに強いわけじゃ…」
言葉が途切れる。マリリンが、アスルの頬に小さな音を立てて口付けたのだ。
「―――ッ!!マリリンさん!?」
決して嬉しいわけではなく、むしろかなり困惑しているのだが、純情なアスルの顔は
真っ赤に染まってしまう。アスルはそんな自分が情けなかった。
「アタシ…本気になっちゃってもいいかな…?」
マリリンは熱っぽい視線でアスルを見つめる。
「なっ……!」
アスルが思わず後ずさりしようとしたその時―――
「うわぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁ〜〜!!」
良くも悪くもエキサイトしていた観客の声が、瞬時に恐怖に彩られたのが分かった。
「皆さん、落ち着いてください!!落ち着いて避難を…ひぃぃぃ!!お助けぇ!!」
どっと出入り口に向かって駆け出す人々に、審判も加わった。
「この騒ぎは一体…!?」
ただならぬものを感じたアスルは状況を把握するために人々の流れとは逆に向かって駆けた。
「ああ〜ん、待ってよアスルく〜ん!!」
マリリンはのんきな声をあげてその後に続く。
「!」
なんと、次の試合を待っていたはずのモンスターたちが、地を這うような咆哮や
耳をつんざくような鳴き声を上げながら、リングを抜け出して暴れていたのだ。
リングを囲んでいた高い石壁を破壊しただけでは飽きたらず、
闘技場の壁にも大きなヒビを作っている。
「きゃぁぁン!!」
マリリンはその様子に、悲鳴をあげてアスルにしがみついた。
「あ、あんたらも、もたもたしてねぇで早く逃げろよ!!」
予想屋をしていた男が、逃げながらアスルに声をかける。
「一体、どうしてこんなことになったんですか!?」
「あ、あいつら…オリを破りやがったんだ!!ちくしょう…闘技場のモンスターは
調教されてるはずじゃなかったのかよ!!リングを囲んでる石壁だって、動く石像が
殴ったってヒビもはいらねぇはずなのに…ここの支配人、経費をケチって
手ぇ抜いてやがったんだ!!ひぃ!こっちに来る!!」
予想屋の男は一目散に逃げ出した。
「くっ…」
アスルは魔物たちを見た。
キラーエイプにマッドオックス、おおくちばし。普段なら勝てない相手ではないが、
武器を宿屋に置いてきているため、護身用の短剣しか持ち合わせていない状況では
かなり不利だ。しかも…
「アスルく〜ん…」
全くの戦力外どころか、足手まといになることが明白なこの遊び人を守りながら
一人で戦うのは相当厳しい。
「マリリンさん、ここから逃げて!そして、エレナたちを呼んできてください!!」
アスルは短剣を取り出しながら叫んだ。
「え〜でもぉ、アスル君は…」
「いいから早く!!」
鬼気迫る表情で、それまで聞いたことのないような大声でそう言われては、さすがのマリリンも
従うより他なかった。おずおずと後ずさり、きびすを返して駆け出す。
「…みんなが来るまでどうにか持ちこたえられればいいけど…」
アスルは冷や汗をぬぐい、短剣を構え直した。
三匹のモンスターのギラギラとした六つの目が、アスルの姿を捉えた―――


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