エレナにライバル出現!?
能天気な遊び人・マリリン(4)


その頃、エレナとランとレオンは買い物に出かけていた。
「ねぇ、エレナ〜薬草いくつ買おうか?」
「…」
「エレナ、あなたもキメラの翼をひとつ持っていた方がよいのではないですか?」
「……」
ランが話しかけても、レオンが声をかけても、エレナは何も答えない。
無視しているわけではない。聞こえていないのだ。心ここにあらずといった表情で、
店先に並んだ品々をただぼうっと眺めている。
ランとレオンは互いに困惑顔を見合わせた。エレナがこんなことになっている理由が明白なだけに、
どう声をかけていいやら分からない。二人の口から同時にため息が漏れる。
朝、エレナが二人を笑って送り出したのは、マリリンに楽しい時をすごしてもらうために
無理をしたのだということは、二人にはよく分かっていた。
「…よし、こうなったら」
ランは突然、エレナの手を掴んだ。
「…え!?あ、何?ラン!」
エレナはようやく我に帰る。
「あたしおなかすいた!エレナ、おいしーご飯食べにいこ!!」
「う、うん…」
「なるほど。ランらしいですね」
エレナを一生懸命元気付けようとするランの姿をほほえましく思い、レオンは小さく笑うと
二人の後に続こうとした。しかし―――
「ん?」
遠くから聞こえてくる人々のざわめきに、レオンの表情は急に真剣なものに変わった。
「どったの、レオン?」
「しっ…静かに!…向こうが騒がしい…何か起きたようですよ…!」
「えっ…!」
「…行ってみよ!」
三人は騒ぎのする方へ急ぎ向かった。見ると、パニック状態の人々が散り散りになって
『何か』から逃げているようだ。
「あっ…みんなぁ!!」
聞き覚えのある声に振り返ると、マリリンが駆けてくるのが見えた。その表情は、見慣れた
能天気な笑顔ではなかった。目に涙を浮かべて、青い顔をしている。
マリリンのこんな顔は今まで見たことがない。それだけでただならぬ事態が予想できた。
「マリリンさん、何があったんですか!?…アスルさんは、一緒じゃないんですか!?」
エレナが息を切らしているマリリンの体を支えながら問い掛ける。
「ふえっ…あ、アスル君が…早く!!行って、あげてぇ…!!」
「えっ…!?」
すっかり取り乱しているマリリンから事の次第を聞きだすには少し時間がかかった。
だが、ようやく現状が理解できた三人は瞬時に顔色を変える。
「アスルさん…!」
エレナは小さくつぶやくと、はじかれたように闘技場に向かって駆け出した。
「あ、エレナ!待ってよ!!」
ランが慌ててそれに続く。
「マリリンさん、あなたはここで待っていてください!」
レオンはマリリンにそう言い残し、二人を追った。
「……」
マリリンはその場にへたり込んだまま、呆然と三人の後ろ姿を見送った。


「うわっ!」
マッドオックスの突進をすんでのところで交わしたアスルは、すかさず構えなおし、
短い詠唱の後叫んだ。
「ギラ!!」
手から放たれた閃光が三匹の魔物を包み、燃え上がる。魔物たちはのたうち回って苦しんだが、
すぐに起き上がり、先ほどよりも殺気に満ちた瞳を一斉にアスルに向けた。
「うっ…やっぱりこの程度じゃダメか…!」
アスルは思わず息を呑む。しかし、これ以上強力な呪文はまだ覚えていない。
「ええい、もう一回!」
アスルが再び詠唱しようとしたが、
「キー!!」
おおくちばしが、その名の通り大きな鋭いくちばしをアスルに向けて襲い掛かってきた。
「!」
その素早さに、今度は避け損なったアスルの腕から鮮血が飛び散る。
「く…」
アスルは唇をかむと、体勢を立て直して短剣の切っ先をおおくちばしに向けた。
「でやぁ!!」
勢いよく突進したのだが、やはり短剣では狙いを定めにくく、心臓を狙ったつもりが
くちばしに当たってしまった。短剣はその衝撃で、金属をはじくような音を立てて中に舞う。
「…しまった!」
慌てて拾おうとした時、鈍い音と共に視界がゆがんだ。
「な…」
キラーエイプの拳がアスルの頭部に直撃したのだ。
「うぅ…!」
アスルは思わず膝をつく。気力を奮い立たせ、立ち上がろうとするも、顔を上げるのが精一杯だ。
ぼやけた視界に、鋭く光る六つの目が映る。
「負けて…たまるかっ!」
アスルは負けじと魔物たちを睨み返し、歯を食いしばる。だが、それが精一杯だった。
「ウガァー!!」
三匹の魔物が一斉に襲い掛かってくる。
「!!」
アスルが反射的に目をつぶった時―――
「バギ!!」
人々がいなくなった闘技場にその声はよく響いた。
瞬時に鋭いナイフのような風が魔物たちの身体にまとわりつき、切り刻む。
「…あ…」
のた打ち回る魔物たちの横をすり抜けて、誰かが自分のほうへまっすぐ駆けて来る。
間違えようの無いその姿は、マリリンとのデートの間中ずっと頭の中に浮かんでいた――
「エレナ…!」
「アスルさんっ!!」
エレナは目を見開き、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
こんなときに不謹慎だとは思いつつも、アスルはその表情に胸が高鳴るのを抑えられなかった。
―――ぼくのこと心配して…急いで来てくれたんだろうか…―――
「大丈夫ですか!?アスルさん!!」
「あっ、う、うん…」
アスルは慌てて笑顔を作る。
「じっとしていてくださいね…」
エレナはアスルの傷口に手をかざすと回復の呪文を唱えた。
「ベホイミ!」
先ほどまでの痛みも苦しみも嘘のように消えてゆく。
エレナにはこうして何度も傷を癒してもらっているが、改めて感謝せずにいられない気分だった。


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