エレナにライバル出現!?
能天気な遊び人・マリリン(5)


エレナがアスルの傷を治している間に、駆けつけたランとレオンが三匹の魔物を片付けた。

「ったく、あんな奴らにやられそうになるなんて情けないんだよっ!」
「だから〜!まともな武器をもってなかったし、それに一人じゃ…」
「言い訳無用!!このヘタレ!!」
「そ、そこまで言うことないじゃないか!!」
アスルはやたらに突っ込みの厳しいランと言い争い、エレナはそんなランを不審に思いながらも
どうにかなだめようとあくせくし、ランの機嫌が悪い理由を知るレオンは一人で可笑しそうに笑う。
そうこうしているうちに、四人は座り込んだまますすり泣いているマリリンのところへ戻ってきた。
「マリリンさん…」
アスルが声をかけると、マリリンははっとして顔をあげた。
「アスル君…!!無事だったの!?」
「はい、みんなのおかげでどうにか切り抜けられました。
マリリンさんが呼んできてくれたんですよね。ありがとうございます」
そう言ってアスルは、マリリンを安心させるように笑った。
「良かった…!アスル君、ホントに良かったぁぁ!!」
マリリンは涙をぽろぽろこぼしながら、勢いよくアスルに飛びついてきた。
―――うわっ…!もうエレナの目の前で抱きつかれるのはゴメンだぁっ!!―――
アスルは反射的にマリリンの肩を掴み、どうにか押しとどめた。
「アスル君…?」
不思議そうな顔をしてアスルの目を見つめるマリリン。
アスルは思わず、その視線を避けるように目をそらした。
「ま、マリリンさん、ほらもう日が暮れてきました。一日デートなんていいながら、
何も気の利いたことできなくてすみませんでした…ぼくたちは、もう発ちます」
「えぇ!?そんな、ナニも暗くなる前に出てくことないじゃな〜い!今日も宿に泊まって、
明日の朝にしなよぉ!」
マリリンの言葉に、アスルは首を横に振る。
「ぼくたちは一刻も早くバラモスを倒さなくてはいけないんです。
今日一日のんびりしてしまったから、その分の遅れを取り戻すためにも…行きます」
アスルが言うと、エレナ、ラン、レオンも静かに頷く。
「じゃぁ、じゃぁアタシも旅に連れて行ってぇ!!」
またしても突飛なマリリンの申し出。四人は思わず絶句する。
「な、何言ってるんですか!遊びじゃないんですよ!?さっきのような…いや、あれ以上の
凶悪な魔物たちと戦っていかなければいけないんです。命の保障だってないんですよ!」
「だ、だってぇ…アタシ、アスル君のそばにいたいンだもん…」
アスルが強い調子で諌めても、マリリンはなおも手を胸の前で組んでおねだりポーズをしながら
潤んだ瞳でアスルを見つめ、引き下がろうとしない。そんなマリリンに……
「いい加減にしなよっ!!」
ついにランがキレてしまった。
「……ランちゃん…?」
マリリンは驚いてランを見る。ランはキッとマリリンを睨みつけた。
「いくらマリリンでも…これ以上ジャマしたら許さないんだからねっ!!」
「…邪魔…?」
何のことだか分からず目をしばたかせるマリリン。
「ラン!!」
慌ててレオンがランの口をふさぐ。我に帰ったランは『しまった』というような顔をし、
反射的にアスルとエレナを見た。
――っちゃ〜、もしかしてあたしが密かに二人の仲を応援してるって気づかれちゃったかなぁ…――
内心焦るランのもとに、エレナが近づいてくる。
「ラン、そんな言い方しちゃダメよ」
ランの頭に手を置いて、少し困ったような表情で諭す。
「え…?」
きょとんとしているランを尻目に、今度はアスルがマリリンの方に向き直り、
冷静さを取り戻した落ち着いた口調で言った。
「…マリリンさん、ランが言ったことは謝ります。でも…旅が危険なのは確かなんです。
ぼくたちには、マリリンさんを守りながら戦う余裕はないんです」
どうやらアスルもエレナも、ランの言葉の『邪魔』という意味を"旅の邪魔"と解釈したようだ。
ランはホッとしつつも、そもそも二人がさっさと両想いの事実に気付けばこんなにやきもき
することもないのだと思うと複雑な心境だった。
アスルの言葉を聞きながら、マリリンは先ほどのランの様子を頭に思い浮かべていた。

あの目には見覚えがある。前も、あんな目で見られたことがある。

―――パパを取らないで!!パパは、ママのものなんだからっ!!―――
立ち寄った町で出会った親切でたくましい男性に心惹かれた。何度目だったか忘れた恋。
けれど彼には既に妻子がいて。懸命にアプローチをしていた時、彼を迎えにきた幼い少女が
そう言って、信じられないほどの力で男性を自分の方へ引き寄せた。
そう、先ほどのランの目はその時の幼子の目によく似ていた―――

「……」
マリリンは少し考えた後、再びアスルに接近した。
そして他の三人には聞こえないように、耳元に小さく囁く。
「ねぇ、アスル君…もしかしてぇ…好きなコいる?」
「…えっ!?」
アスルの顔は瞬時に紅潮する。それだけで答えは明白だったが、しばらく口ごもっていたアスルは――
紅く染まった顔を上げると、マリリンの目をまっすぐ見つめて力強く頷いた。
これ以上曖昧な態度でマリリンを振り回してはいけないという思いと、エレナへの想いが
確かなものであることを自分で改めて確認する意味をこめて。
その瞬間、マリリンは何度目だったか忘れた失恋を悟った。
「……そっか…なら仕方ないなぁ。…アタシ、メンド〜なコトはヤだし…やめとこっと」
ふっと軽いため息をつくと、苦笑しながらアスルから離れる。
「…すみません、マリリンさん…」
アスルは心苦しそうに俯く。
「やだ、謝らないでよ♪アタシこう見えても経験豊富なのよぉ。こんなこと慣れっこなんだから。でも…」
マリリンはそれまで見せたことの無い、寂しそうな笑顔でぽつりと呟く。
「やっぱりちょっと悔しいから、せめてアタシにだけは教えてよ。その人の名前…
誰にも言わないからさ」
「えっ…!?」
アスルは動揺し、ためらった。いくら自分の気持ちをハッキリさせたとはいえ、
それを口にするには(本人に対してではないにしろ)また更なる決意がいる。
だが、マリリンを傷つけてしまったせめてもの償いが出来るのならばと、アスルは…
「…わ、分かりました。でも、本当に誰にも言わないで下さいね…」
耳まで紅くして、おずおずマリリンの耳元に囁く。
「……なるほど、ね」
その名前を聞いて、ランの怒りにも納得したマリリンは思わずクスッと小さな笑い声を漏らした。
ルイーダの酒場にいた頃から、ランとエレナの仲の良さはよく見せ付けられていたものだ。
―――エレナちゃんじゃ…勝ち目ないなぁ―――

マリリンは思い出す。飲みすぎて体調を崩したとき、エレナは本気でマリリンの身を案じ、
回復するまで付き添ってくれた。
面倒見が良く、てきぱきとよく働くエレナに密かに羨望の眼差しを向けていた。
そして先程の、アスルの危機を聞いた時のエレナの様子。
改めて思えば、単に『仲間』の身を案じていただけではなかったように感じられる。
そう、きっと――エレナもアスルと同じ気持ちを抱えているのだろう。
「ねぇ、二人で何話してるんだよ!?」
ランが不満そうに呼びかけると、マリリンは振り返り、無邪気な微笑みで答えた。
「ふふ、お別れのあいさつよ♪」
「へっ?」
目をしばたかせるランにウィンクし、
「ゴメンね、"邪魔"して!アタシやっぱり自由に旅したいしィ、付いていくのやめる!」
「マリリンさん…」
「頑張ってネ、アスル君」
マリリンはすっかり元通りの笑顔でアスルに囁き、軽やかな足取りでその場を離れると
今度はエレナのところへ向かった。
「あ、あの…」
何と話し掛ければよいのか逡巡しているエレナに、マリリンは微笑みかけた。
そして、今度はエレナの耳元に口を寄せて囁く。
「取られないように、気をつけなきゃダメよォ♪」
「ふぇっ!?」
エレナは思わず素っ頓狂な声を上げる。もしやマリリンに自分の気持ちを見抜かれたのだろうか。
態度に出しているつもりはなかったのに……自分の行動を必死に頭の中で思い出しながら
パニックをおこしかけているエレナを見て、マリリンはクスクスと声を立てて笑った。


前へ/次へ

戻る